「ヨンア」
もう何回繰り返したんだろう。居間の卓で向かい合って。
縁側で。この人の膝の上で。夜の寝台のその腕の中で。
約束した。迂達赤の麒麟鎧は着ないって。それは信じてる。
「・・・衣ならばあります」
「うん、でもね、ヨンア」
「鎧は着ません。約束します」
「うん、分かってる。でもね」
「黒い衣とおっしゃいましたね」
「そうね、やっぱり新郎って言えば黒のタキシードって気が」
黒、と口の中で呟いた後、しばらく黙ってたあなたは、何かを吹っ切るようにゆっくり首を振った。
「・・・黒は」
「嘘でしょ、なんで」
「・・・黒は王様が龍袍でお召しに」
「言い訳してない?じゃあ、赤は?」
「・・・緋は高官の官服の色です」
「じゃあ何色ならいいのよ?」
「藍、灰、そのあたりであれば問題はないかと」
「ちょっと待ってよ」
思った通りじゃないの。
「それじゃ、いつも着てるのと変わらないわ!」
「ええ」
我が意を得たりとばかり、あなたは満足そうに頷いた。
「ですから特別な仕立てなど」
「だって待ってよ、ウェ・・・ああ、婚儀よ?特別な日よね?違う?一生に1度しかない、ほんとに特別な日なのよ?」
「イムジャ」
私の叫び声に、困ったみたいに眉をしかめたあなたが首を振る。
「俺もそう思います」
「でしょ?それなら特別な服を着なきゃ」
訴えかけるみたいな目にあなたは困ったように笑って、私の左手をそっと握る。
そして持ち上げて目の前にかざすみたいにしながら、黒い瞳が私の目を静かに覗き込む。
「金の輪は着けます。永久の誓いゆえ。ですが」
有無を言わせないその黒い瞳にじっと見つめられて、私は困って目を逸らす。
分かってる。こういうマテリアリスティックな思考をあなたは本当に苦手だって。
何しろお父様の見金如石の精神を受け継いでる人だもの。
即物的。物質的。そう思われたって仕方ないわ。
指輪をもらった。白絹も探してくれた。
私の望む事がどれだけ高麗の常識からかけ離れてても、全部理解して、受け入れてくれようとしてる。
分かってるのヨンア。分かってるけど、でも。
特別な新しい衣装で、白い衣装で、あなたの花嫁になりたいの。
そしてあなたにも新しい衣装で、私の事を迎え入れて欲しいの。
誰に触れた事も、触れられた事もない、まっさらな衣装で。
そんな風に言ったらあなたは笑うかしら。それとも怒るかしら。
迷って迷って、でも言えないままで。
こういうのが一番嫌いよ。自慢できるほどの恋愛経験なんてない。
黙ってるのは私には向かない。だけどそれでもさすがに分かるわ。
これだけはあなたが話すまで、絶対に聞いちゃいけない事だって。
あの日。
あなたに守らないでって伝えて、あなたが差し向けたトクマン君が付いて来てくれたあの日。
あの夜。
チェ尚宮の叔母様が、キチョルのところに向かうあなたを止めろと教えに来てくれたあの夜。
あの時は考えもしなかったの。
馬であなたへ駆けつけた夜の先に、こんな日が来るなんて。
ただとても驚いただけだった。
私が見ていたあなたが、とても悲しい過去を背負ってた事。
考えなしに突っ込んで最後に転んで痛い目を見て来たけど、そんな恋愛下手な私にだってさすがに分かった。
だから聞かなかった。あなたの心の傷の理由が分かったから。
いつ死んでも構わない、いつもその黒い瞳の奥でそう言ってた理由が分かったから。
あなたの愛してた女性の事。結婚まで考えた女性の事。
私だって過去がない訳じゃない。どんなに最悪な思い出でも。
触れられるのも嫌だわ。思い出したくもない。
でもそれはあんな馬鹿な男を好きだった自分が悔しいからで、あなたが愛してた女性を失った理由とは違う。
あなたが私の前に誰かを愛してた。
どうしようもない状況でその女性を失った。
こんな事考えた事もなかった。あなたの気持ちを疑った事なんてなかった。
ずっと意地を張って遠回りして最後に覚悟を決めた時、こんな風にあの夜の事を思い出すなんて思いもせずに。
どうして聴いちゃったんだろう。あの時、あなたの声を。
どうして確かめちゃったんだろう。こんな後悔するなら。
昔の人はうまい事言うわね。ほんとに後悔先に立たずだわ。

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さらんさん!
そうそう!そこ、知りたいところですよね。
…いや、ちょっと待って!
もしかしたら知りたくないかも…。
でもやっぱり…もやもやする~!
と、婚儀を前にしたウンスの不安が乗り移ったような気持ちで拝読させて頂きました。
愛する人の過去など 聞かないほうが身のためだと分かっていても、知った上で「今はお前だけだ」と言われようとも、それが真実だろうと信じようとも…。
過去と喧嘩しても勝てるはずが無いのに、つい、何もかも知りたくなってしまうのは、人間の愚かなサガなのでしょうか。
でも、きっとヨンとて 気になりますよね?
誰よりも愛するウンスの…ええっと、ええっと…(〃∇〃)。
まだ、誰にも染まっていない「白」の衣装を着けるウンスと、ウンス以外の誰の色にも染まらない「黒」の衣装を着けるヨン❤
ああ、見てみたい!
しつこいようですが、ご祝儀たっぷりはずみますから、どうにか二人の婚儀の末席にでも…^_^;。
さらんさん、ごめんなさい。
風邪が悪化したわけではありません。(///∇//)
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もしかして、これからメヒとの事掘り下げてくれるの?
この事ずっと引っかかってたのです。
こんなにも一途なヨンだから尚更。
また、この事に関してのウンスはいい子過ぎるなーって。
婚儀を挙げる前にぶつかっておくべきと思ってました。
さらんさんのヨンとウンスでスッキリさせて下さいね~
さらんさんご自身も着々と準備中のようですね。
吉報お待ちしておりますぅ
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チェヨン君、言われないとわからないですよね~
ウンスちゃん、言えないよね~