威風堂々 | 20

 

 

「懐かしい!」

平虜領の入り江の村。それぞれの馬を牽き、舟から降りる。
揺れる舟から渡し板を伝い、地に足を付けた瞬間に、この方が嬉し気な声で大きく叫ぶ。
引いて支えていたこの手を解き、その声に頷きながら周囲へと素早く眸を走らせる。

開京よりもずっと北の国境に近い。供は連れていない。
何か起きれば己の腕のみが頼りと鬼剣の柄を確かめる。

澄み切った秋空の朝、北の村はすっかり冷え込んでいる。
あの頃はどうだったろう。この時期は寒かったか。
この方を待っていたあの頃。
いつも寒かった気がする。例え真夏の炎天、蝉時雨の下でも。

木々は葉を落とし、寒々しく細い枝を半ば剥き出している。
そこに白い雪が細く積もるのも、そう遠くはないだろう。

遠景の山並は空を切り取る緑の稜線の中、赤や黄が点々と散っている。
天門に向かう丘の欅の木も、もう葉を落としただろうか。

待った四回の秋が脳裏を過る。
あの頃はどうだっただろう。この時期は紅葉だったか。
この方を待っていたあの頃。
周囲の色が思い出せない。葉の色も空の色も、空気も風も。

凍らない、生きて待つと誓っておきながら。
俺は此処にいると呟きながら半ば凍っていたのだろうか。
それともあの頃は、この眸に色が映っていたのだろうか。

誰よりも何よりも色鮮やかなこの方が戻って来て以来、他の色など全く思い出せない。眸にも入らない。

イムジャ。いつでもあなただけが俺の世界に色を落とす。
殺風景なこの心の中に、あの時黄色い花を咲かせたように。

しかし咲かせた当の本人は周囲を眺め、
「懐かしい。もう1年も経ったのね。すごく早かったような、うーんと遅かったような」

そう言って背伸びをするよう、天門の山の方を見詰めるだけだ。
判っておるのかおらぬのか。その無頓着な様子が不安にさせる。
いつでも己の心の方が、この方の想いより大きく重い気がする。

懐かしいと繰り返すようやくこの方が鞍に跨るのを確かめ、続いて牽いたチュホンの鐙へ己の爪先を掛ける。

一晩の船旅の後で走りたくて仕方がないか。
愛馬は珍しく尾を忙しなく振り立てながら、絞ったままの手綱に不満げに首を廻す。

鞍から僅かに乗り出して首を撫でつつ、横のこの方へ眸を遣り
「このまま、行ける処まで」
そう声を掛けると
「分かった!」
この方が隣で頷き、声を返す。

緊張の汗を吸い込む皮の手綱を緩め、俺は愛馬の脇腹へと軽く沓の踵を当てた。

あの頃開京へ辿った道を、今はこうして逆に戻る。
馬車で王様や王妃媽媽と移動した時とは、比べ物にならぬ速さで。
戻って来たこの方を護り、戻った時よりも速く。

黙家に狙われる訳でも、奇皇后の追手が掛かっている訳でもない。
それでもチュホンの脚は止まらずに、天門への途をひた走る。

横のこの方の跨る馬ごと護れる、精一杯の近さの保つ。
鞍の上で深く呼吸をし手綱を絞る。
賢い奴だ。此方が焦っていれば手綱越しに気配を読む。
これ程の速さではその脚に負担もかかろう。

「チュホン、楽しそうねー」
暢気な声でそう言いながら追い付き並んだこの方が、駆ける愛馬を横から覗き込む。
「船の中で退屈しちゃった?」
「かもしれません」

焦らせぬよう速度を落とした鞍上で声を返すと、横の馬上でこの方が声を上げて笑う。
「じゃあ早く行こう!」
そう言って跨る馬の脇腹を、小さな沓の踵が軽く蹴る。

弾かれたように速度を上げたこの方の馬の脇に寄り添うように、チュホンは嬉し気に脚を速めた。
愛する方もそして愛馬も、皆よほど急いていると見える。
鞍上の俺の心中は、それ程穏やかではないものを。

御挨拶、御詫び、誓い。

三つの言葉だけが脳裏を巡っている。
チュホンの足並に合わせ、上下する頭の中で木霊する。

御挨拶、御詫び、誓い。

それを成せば次は婚儀。天門が近くなるほど心が逸る。

御挨拶、御詫び、誓い。

秋草の中、半ば葉を落とした林の陰。
三つの言葉を繰る俺と愉し気なこの方を乗せ、天門への途を二頭の馬は駆ける。

 

 

 

 

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2 件のコメント

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    いよいよ着きましたね
    天門まで あとわずか。
    この一年で
    呪文?が 増えた~!
    「愛してる。」 「我慢しろ、揉めるな。」
    「御挨拶、御詫び、誓い。」 
    うふふ 
     

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    さらんさん、実に素敵なお話を更新して頂き、ありがとうございます❤
    いよいよ天門ですね…(*v.v)。
    ヨンはどんな挨拶をし、どんな言葉で詫び、誓うのでしょう…。
    本当にさらんさんのところのヨンは誠実で、シャイで、かっこよくて、言葉遣いが丁寧で❤、たまらなく男前で、もうため息しか出ません。
    さらんさん、今日の日中は暖かかったですね。
    ゆっくりお過ごしになれましたか?(*^.^*)

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