威風堂々 | 47

 

 

「大護軍!!」

兵舎の門をくぐりながら叫ぶ声。じき暗くなる鍛錬場に出揃う全員が一斉にその声へと振り向いた。
構えた鬼剣の柄を片手で持ち直し鞘へと納め、振り向いた俺の眸に映る男の姿。

余程焦ったか、それとも嬉しいか。もしくは早馬の背で吹き晒された寒風の所為か。
紅い顔をしたテマンが破顔しながら手を振って、傾いた陽の中を真直ぐ此方へ駆け寄って来る。
「お、和尚様から!」

お前が焦る事はない。宥めたくなる程に指先を震わせながらテマンは懐から文を取り出そうとする。
「テマナ」
「はい!」
「鍛錬の後にしろ」
「え」
「後だ」

恐らく決めて頂いた日取りが書かれた文を持ち帰ったのだろう。
今読もうと後で読もうと、文の中身は変わらん。
読むのが数刻遅れた処で大事に至るわけではない。
陽の傾いた今から王様に拝謁を申し出る訳にはいかん。
兵の前で鍛錬を放り投げ、手放しで喜んで文を開く訳にもいかん。

誰よりそれを理解しているこいつが、俺の声に頷いて胸許の手を戻す。
「済みませんでした」
「良い」
もう一度鞘から鬼剣を抜く俺の脇、三歩下がってテマンは控えた。

 

*****

 

「今日は終いだ」
夕の鍛錬を終えた鍛錬場、最後に鬼剣を鞘へ戻す。
その声と同じくして彼方此方で腰を抜かしたよう、兵達が鍛錬場の地べたへ尻をつく。
「大護軍」
肩で息をつく奴らを尻目に鍛錬場を出て行く俺の背に、テマンが一歩半まで寄る。

「今日は全部終いですか」
「ああ」
「じゃあ、風呂が終わるまで待ってます」
「おう」

汗をかくまでも無く終えた鍛錬。
読むのを待った文。
典医寺にて出迎えを待つあの方。
鍛錬場で浴びた砂埃を洗い流し、急いで向かわねばならん。

兵舎への足を止めず声に頷く俺にテマンが伝える。
「和尚様が文に書いた日に大護軍の御邸へ行くから、待つようにと」
「そうか」

やはり日取りの返答を持ち帰ったか。
安堵の息と共に顎で頷いた俺にテマンはさも嬉し気に声を重ねた。
「はい、五日後だそうです!」

その声に兵舎へ向かう足がぴたりと止まる。
「・・・テマナ」
「はい!」
「五日後」
「はい!和尚様がおっしゃって」
「・・・見せろ」
「え?」
「文を」

焦ったようにテマンが懐へ手を突込み、破れぬようにそっと文を取り出して手渡した。
開いてみれば和尚様の手蹟で、五日後の日取りが確り記されている。

問題は今日が既に暮れようとしている事。
今から王様には拝謁を賜る事は叶わぬ事。
そして中三日しかない事だ。
未だにあの方の白絹の婚儀の衣装すら受け取っておらぬと言うのに。

「テマナ」
俺の硬い声に目前で俺の様子を伺うこいつの背筋が伸びる。
「は、はい!」
「手裏房へ走れ」
「はい」
「師叔とマンボに伝えろ。婚儀が五日後だと。俺も後で必ず行くと」
「分かりました!」

確かにテマンに持たせた文には書いた。
部屋の中で卓に向かい、墨の色さえ満足に出ぬままに。
急いでおります。出来るだけ早急な佳き日を。
だからと言って五日後などと、一体誰が思うのだ。

西陽の傾く中、兵舎の庭に長い影を伸ばし走り出したテマンを追うよう踵を返し、今しがた来た道を駆け戻る。
鍛錬場の土の上、座り込む兵の合間を抜けつつ、奴らに怒鳴るチュンソクの声が聞こえて来る。
「だらしがない!立て!」
その声に被せるように、大きく奴を呼ぶ。
「チュンソカ!」

珍しい呼び名の声に驚いたように口を噤み、チュンソクが慌てて此方を振り返った。
その顔の間近まで走り寄り奴へ告げる。
「五日後だ」
「・・・は?」
「婚儀が五日後に決まった」
「大護軍、それは余りに」

分かっている。急すぎる。それでも決まった。
「五日だ」
「正味四日しかありません」
「判ってる」

チュンソクは覚悟を決めたように大きく頷いた。
「手配をします。迂達赤には全員声を掛けて良いですか」
「掛けるのは良いが、来んだろう」
「大護軍」

何故か呆れたように息を吐き、チュンソクは首を振る。
「では万一、歩哨の役目を除く全員が伺っても構いませんか」
「任せる。とにかく報せろ」
「王様には明日のお報せで良いのでしょうか」
「今から拝謁はお願いできん。仕方ない」
「市井には手裏房が報せますか」
「ああ」
「王妃媽媽と武閣氏にはチェ尚宮様が」
「そうだ」
「では俺は迂達赤と禁軍、官軍へ繋ぎます」
「頼む」
「あとは御邸の護りですね」
「おう」

深く頭を下げる奴を置き去りにそのまま鍛錬場を抜け、大門へと駆ける。
鍛錬の後、土埃塗れの衣は気に掛かる。しかし暢気に風呂を浴びる余裕などない。

あの方が待っている。典医寺へとなるべく早く。
その上で伝えねばならん。何が何でも、白絹の衣装を明日には受け取らねばと。
あの小さい手を引き走ってでも、一刻も早く。

 

 

 

 

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2 件のコメント

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    あんなに 待ってたのに
    5日後! って なんて 急展開。
    でもでも~ 
    嬉しくないはずないし~
    はやく ウンスに伝えたいし
    あ~ もう ドキドキですね~
    頑張れ あともう 4日!

  • SECRET: 0
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    さ、さ、さらんさん!
    5日後ですと⁈
    そりゃあ、幾ら何でも早すぎやしませんか、和尚さま~ヽ(´o`;。
    待って待って、待ち続けた仕上げに来てのサプライズ、ウンスもコモもびっくりでしょうね。
    さあ、忙しくなるぞ~!
    さらんさん❤︎、楽しんで来られましたか?
    今日もお話の更新、ありがとうございます❤︎

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