威風堂々 | 4

 

 

「叔・・・チェ尚宮、さま」

媽媽の拝診の終了後。
道具を一纏めにして片付けながら、お部屋の隅に置物のよう佇む叔母様にそぉっと声を掛けてみる。

秋色に染まった、媽媽のお部屋の外の庭の木立。
窓からの風の向きも、真夏とは変わったんだろう。
夏の間あれ程涼やかな風が吹き込んで来た窓は閉じられ、今は外からの透き通った陽射しだけがさんさんと射し込む。

こんな気分じゃなきゃ最高に気持ちがいいはず。

きっとあの人と市場に出掛ければ秋の美味しい野菜もある。
コムさんが庭に植えてくれた柿の木だって、丸い実がゆっくり赤くなり始めてる時期だし。
そうよ。薬草だって摘みたいし、冬になって雪が降り始める前にやらなきゃいけない事はたくさんある。

こんな気分じゃなきゃ最高に楽しいはずなのに。
それなのに、最低の気分。

どんよりした私の呼び声に驚いたのか、媽媽がチェ尚宮の叔母様へと振り向いて、その目で確かめる。

医仙はどうされたのだ。

叔母様は困ったように小さく首を振り、静かに頭を下げる。

私にも分かり兼ねます。

お2人のそんな無言の会話をじっと見つめながら、情けなさに大きな溜息が漏れる。

聞けばいいじゃない。あの人に堂々と聞けばいい。
ねえ。寝言で呼んでたわよ?聞こえちゃった。メヒってだあれ?

そう訊けばあの人は答えてくれる。
たとえどんな答えでも、はっきり伝えてくれる。
訊けないのはただ私が怖いから。
どんな答か想像も出来なくて怖いから。

だからってこんな風に裏で嗅ぎまわるのも情けない。
女同士のネットワークに頼って、2人の問題なのに正面から正々堂々とあの人に訊くことも出来ないなんて。
こんな自分が一番嫌い。私らしくない。だけど怖い、どんな答えが返って来るのか。
その揺れる心がどちらかに傾くのを待つのもイライラする。

ううん。逆かもしれない。想像が出来過ぎて怖いから。
あの人があの声で誰か女性の名前を呼ぶ。そんな相手は1人しか思いつかない。

叔母様から聞いた、許嫁の女性。
同じ赤月隊にいたっていう女性。

あの人の隊長が当時の王に殺される理由になった、そして耐えられずに自ら命を絶ったという女性。

あの人が7年間死んだみたいに生きる理由になった女性。
あなたに死に場所を探させる理由になった女性。

あの夜叔母様から名前まで聞く事はなかったけど、でもその女性しか考えられない。

でもどうするの?どうしたいの?
問い質して、心の傷を思い出させて、辛い想いさせる必要なんて本当にある?

あの時あなたを刺して、敗血症を引き起こした時。
いつまで経っても意識を取り戻さないベッドの上のあなたに、チャン先生が言った。
隊長は戻って来る気がないのかもしれません。

ベッドの上、いつまでも眠り続けてるあなたに言った。
人生は辛い事ばっかり。でも、みんなもがきながら生きてる。
だって、だってね。

そしてあなたのアレストで、そのままになっちゃった。

まさかあの最悪の出会いが今日に続くなんて思いもせずに。
あのサイコの誘拐犯が世界で一番大切な人だったなんて。

ねえヨンア。誰もがもがきながら生きてる。
だってね、だって死を選ぶのは本当に最後の手段だから。
残された大切な人を思ったら出来ない事だから。

死を選ぶほど苦しんだ人を責める資格は、私にはない。
あなたの事も。あなたの許嫁の女性も。
だけど私は自分では死ねない。つらくてもその道は選ばない。

他人は言うわ、残された人に簡単に。
笑いなさい。倖せになりなさい。
だけどそんな事じゃない。
あなたが死んだら私は生きて行けないくらい悲しい。自分も死ぬほどの悲しみを抱いて、でも生きて行く。
きっと1日1日を、どうにかやり過ごす事で精一杯で。泣くだけで立ち上がれないくらい辛い日もあるはず。

それでも後は追わない。自分に与えられた最後の日まで。
あなたが愛してくれる、私が愛してる今の全ての思い出を踏みにじりたくない。
そしてそんなに悲しい想いを他の誰かにさせたくない。

あなたも私も、きっと人の命を人より間近で見てる。あなたは戦場で、私は医療現場で。
あなたは奪って心を痛めて、私は救えない怖さに怯えて。そして鈍感になろうとする。
でも2人とも戻って来たわ。あなたは私を守る為に、私はあなたを守る為に。
あなたは守る為に、必要なら心を痛めても斬る覚悟をした。
私は守る為に、どれ程怖くても失わないように学ぶ覚悟を。

眠り続けることなく、私の帰りを待っててくれたあなた。
そしてどんな危険を冒してもあなたに戻りたかった私。

だから知ってる。皆もがきながら生きてる。
そしてようやく見つけ出した、自分よりずっと大切な相手をまた傷つける事、思い出させる事がどれ程残酷かが分かる。
自分の馬鹿げた嫉妬心や、小さな寝言で心が揺れるなんて。

「・・・医仙」
呼んだもののいつまでも話そうとしない私に、チェ尚宮の叔母様が不思議そうに呼び掛ける。
その目を見つめ返しながら、頭を抱えたい気持ちになる。

ねえヨンア、私どうしたらいいの?

 

 

 

 

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1 個のコメント

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    さらんさん、ウンスの複雑な胸の内、聞かせて頂きありがとうございます。
    ヨンの思いも、夢の中のことも、さらんさんからしっかり見せて頂いている読み手の私たちには、「イムジャ、大丈夫だよお。気にするところじゃないよお」と笑い飛ばしてやりたいところですが、ウンスにしてみたら、そりゃあ複雑ですよね。
    だからこそ、分別もあり頼りになるコモや、我がことのように親身になって心配してくれる媽媽の存在は、とても力強いです❤
    ただ、どう切り出すかが難しいですよね^_^;

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