威風堂々 | 1

 

 

【 威風堂々 】

 

 

頭上の空が高くなればなるほどに。
陽射しが透明になればなるほどに。
渡る風の涼しさが増せば増す程に。

「ヨンア」

気持ちばかり急く。何も成しておらぬのに。
必ず成さねばならぬ誓いが残っているのに。

「ヨンア、ねえ」

己の脇でこの方が呼び、その細い指で手首をそっと握る。
手首に指を当てるだけで俺の足を止めるなど、この方しか成せん。
「大丈夫?」
「・・・はい」

頷き返す横顔に鳶色の瞳が当たる。
余り眺めないで頂きたい。それも人通りの烈しい往来の真中で。

前後から来る人波が立ち止まるこの二つ身で左右へ割れる。
雨の後、水嵩を増した渓流の中州の岩にでもなった気分だ。

碧瀾渡の市の賑わいの中でこの方に眸を当てる事もせず、視線を空へ投げ上げる。

頭の上この眸に映る空は、もうすでに秋の青。
眩しさに眸を眇めれば、髪を弄るのは秋の風。
そして眸を地へと戻せば、落ちる影は秋の色。

待って、待って、ようやく訪れた六度目の秋。

「・・・イムジャ」
俯いたままの呟きは、往来の騒めきに掻き消される。
この顔を覗き込もうと、この方が大きく腰をかがめる。
「どうしたの?」
「行かねばなりませんか」
「・・・当然でしょ!」

俺の問い掛けに言葉を失ったように黙り込んだ後、この方は芯から驚いた様子で、大きな声を返す。
周囲で割れた人波がその声に、此方を横目で眺めて過ぎて行く。

「止めて、お願い。今更ここまで来てやめるなんて絶対ダメ。そんな事言ったら本気で怒るわよ?分かってる?」
その懇願と怒りの声に反意を示す事も、宥める事もする前に
「おーい、大護軍様!!」

往来の向こう、渓流に逆らい跳ねる魚のように、火薬屋ムソンの大きく飛び上がる頭が見えた。

 

*****

 

「何だ、例の話じゃないんですか」
先般王様へと渡された、新しい火薬の事を言っているのだろう。
跳び上がった頭へと寄った俺に、不満気に口を尖らせムソンが呟く。
「それなら一人で来る」
「・・・そりゃそうだ」
不機嫌な声にムソンは己の脇のこの方をちらと伺い、小さく笑うと改めて此方を眺めた。
「じゃあ何故わざわざ碧瀾渡まで。幾ら開京より近いと言っても」

ああ、お前の言う通りだ。俺とて来たくて来たわけではない。
怒鳴り返しそうな声を飲み込んだ俺の代わりに、脇のこの方が嬉し気に声を張る。
「婚礼衣装の生地を、探しに来たの」
「婚礼、衣装ですか」
「そうよ!」

透き通るような秋の陽。川面を渡る秋の風。
全てが眩しく明るく、そして婚儀が控えている。

これ程待って、待って、待ち続けた六度目の秋。

俺のこの方が満足気にしている。それは嬉しい。それだけが、嬉しい。
「婚礼衣装、この人のね?」
「大護軍様の」
堂々と言い放つこの方へ、ムソンが呆れたように声を返す。
「着るんですか、大護軍様」
「・・・らしい」
「それにしたって大護軍様は武人でしょう。鎧なり迂達赤の正装なり」
「ちょっと、余計な事言わないで、ムソンさん!」

まるで撓る鞭のように空気を裂き、俺のこの方の声が飛ぶ。
往来で男を堂々と怒鳴りつけるなど、この方にしかできぬ。

「いい?私がここまでこの人を引っ張って来るのに、どれだけ苦労したか。時間があれば今ここで、全部話してあげたいくらいだわ」
「あ、いや、そりゃちょっと」

腰が引けた様子で後退りながら、ムソンが両手を顔前で振る。
「そうでしょ?聞きたくないでしょ?私だって同じなの。2度とあんな大変な事したくないの。だから黙ってて。分かった?」

ムソンの鼻の前にか細い人差し指を立てて突き出し、この方が睨みつけるように言い放つ。
その勢いに気圧されて、ムソンは無言で幾度も頭を上下させた。

 

 

 

 

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5 件のコメント

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    初コメ失礼します\(__)
    さらんサンの二次創作物に出会ってから、毎日楽しみに読ませて頂いてます!
    過去記事と新着を同時進行で進めているところです♪
    シンイに魅せられて、本編の続きがないかとイロイロ検索した甲斐がありました(*^^*)
    もうアメンバー申請は受付ないのでしょうか??
    限定記事以外でも十分楽しめるのですが、やっぱり限定記事も気になって仕方ありません(>_<)
    ぜひぜひアメンバー申請させて頂きたいです!!

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    さらんさん、こんにちは♪
    いよいよ、本編 チェヨンとウンスの登場ですね♪ヽ(´▽`)/
    夏リクもいろいろなお話で とっても楽しませてもらいました。ありがとごじゃいます。
    不覚にも、ソンジンにもキュン(〃ω〃)としてしまった私。でもでも、やっぱり私はチェヨンよ~♪と威風堂々で復活です!
    さらんさんワールド。キュンキュン(〃ω〃)したり、切なくなったり、ホッコリしたり、涙したり、と 同じ事の繰り返しが多い日常の中で、私にとって 心動かされる大切な世界です。
    威風堂々、楽しみにしています。

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    10月下旬にこのブログを知り、初めの1ページから読み進めてやっとこさここまできました。
    そしてアメンバー申請できないと。なんでやねん。全部読みたいです。
    威風堂々、期待してます。

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    10月下旬にこのブログを知り、初めの1ページから読み進めてやっとこさここまできました。
    途中、最終のアメンバー申請締め切りのお知らせを読みましたが、もしかしたら読み進めていくうちに再度、募集してるかも…と淡い期待をしておりましたが、やっぱないんかい。うー、全部読みたいです。再度の募集、切に願います。

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    さらんさん❤
    やはり、さらんさんところのヨンは素敵ですね(#^.^#)。
    照れ屋で寡黙で…、無理をしてでも 結局は愛するウンスの望みを叶えてあげちゃうのですよね。
    新たにスタートした「威風堂々」ですが、第一話から心臓どころか右脳左脳まで鷲掴みされました。
    何を着ても似合う人ほど、自分のファッションに無頓着なものなのでしょうかねえ。
    もしかしたら、文句なしにカッコいい迂達赤の正装から、高麗の方々がビックリするような婚礼衣装に「お色直し」なんぞ されるのでしょうか?
    ああ…。ご祝儀たっぷりはずみますから、ヨンの婚儀に招待頂きたいです。
    (〃∇〃)
    さらんさん、またまた 毎日PCやスマホを開く楽しみをありがとうございます❤

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