威風堂々 | 26

 

 

「こんにちは!」
軽い足音を立てながら、この方が仕立て屋へと半歩先で駆け込む。
普段なら歩くのが早いと此方に文句を言う方が。
珍しい事もあるものだと、半歩後ろで脇を護るこの足が続く。
それ程に急いているのか。仕立て終えた衣を受け取るだけで。

「いらっしゃいませ、奥方様」
店の奥から出て来た店主が、この方へ向かって頭を下げる。
「もう出来たって聞いて。ありがとうございました」
「とんでもありません。近年では最高の出来です」

誇らし気な店主の声にこの方の瞳が輝いた。
「ほんとに?今、持って帰れますか」
「ええ、勿論です。昨晩遅くに全て仕上がりましたから」

店主は一旦店奥へと引込み、次にその手に畳んだ黒緞子の衣を抱え、奥から再び姿を見せた。
「どうぞお確かめ下さい」
俺を見つめた店主の声に
「・・・ああ」

頷くだけは頷き、目を輝かせたままの小さな横顔を見遣る。
いつまでも動かぬ手に気付いたこの方が、ようやく黒緞子から鳶色の瞳を外し、もう一度此方を見て下さるまで。
「ヨンア?」
「はい」
僅かに目許を緩めて頷くと、丸い瞳が尚更に丸くなる。
「見ないの?」
「・・・イムジャが」
「いいの?」
「はい」

男が見る事すら厭う程に、心待ちにしていらした筈だ。
好きなだけ確かめてほしい。俺の身に纏う衣に最初で最後に触れる女人であってほしい。

俺の全てはあなたのものだ。例え纏う衣であろうと変わらない。
この心の中まで見通す方だから、きっと伝わるだろう。

「ありがとう!」
この方は本当に嬉し気にそれだけ言って、細い指で滑らかな緞子の面の筋雲模様を撫でる。
そして静かに畳んだ衣を持ち上げ、畳んであったその絹をゆっくりと開いていく。

袖を開き、襟の仕立てを確かめるよう指で辿り、身頃の面を開いた時、嬉し気な息遣いが一瞬止まる。

開いた絹、身頃の胸部分に縫い取られた銀糸の刺繍。
この方の指の動きだけを追っていた俺の眸もそこで止まる。
迂達赤の鎧で見慣れていたはずの麒麟。その麒麟が光る。
幾重にも重ねた銀糸が、緞子の上に重々しい鱗を輝かせる。
「ヨンア」
この方の囁き声の調子は、満足した証だ。
「・・・ええ」

さすがの己も頷かぬわけにはいかん。
衣に興味がないとはいえ、どれだけの仕事かよく判る。
「主」
「は、はい、大護軍様」
低く不愛想な呼び掛けに怯えたような店主の声が返る。
「お気に召さねば、もう一度すぐに」
「感謝する」

この方が満足している。これ程嬉し気な姿を見られた。それだけでも十分だ。
「大護軍様、では」
「このままもらって行く」
「・・・ありがとうございます!!」

心から安堵したように溜めた息を吐き、店主が深く頭を下げる。
「礼を言うのは此方だ」
「絶対絶対このお店、開京でも宣伝します!!」
撫でていた緞子からようやく指先を離し、この方が力強く請け負った。
その声が聴けただけで十分だ。それだけで何にも代え難い。
店主がもう一度深く頭を下げ
「本当に光栄です。大護軍様の婚儀にお召し頂けるなど」

目を潤ませんばかりに頷く様子に苦く笑みつつ、店主が再び畳み直し別布で包んでいく黒緞子。
俺達は黙って目を交わし合いながら待つ。

 

*****

 

「大護軍様!」
肩に緞子を包んだ荷を結わえ、馬の待つ裏道の先へと戻る。
この姿を目敏く見つけたムソンが、離れた木の下から叫ぶ。
「どうでした、衣は?」
「ああ」
顎先で頷くだけでは足りぬと思ったのだろう、横からこの方が
「最高、もう最高に素敵だった!!」

そう声を添え、わくわくしたように小さく飛び跳ねる。
「ムソンさん、ほんとにほんとにあ」
そう言って伸びかけた細い腕を、脇から抑える。
まさかこの眸の前で火薬屋の手を握るつもりではあるまいな。
抑えられた腕を、そして続いてこの顔を仰ぎ見て、この方は困ったように眉を下げる。
「だって、嬉しかったんだもの」

判っている。判っているが勘弁してくれ。
あなたと同じだ。他の男になど二度と触れてほしくない。
己が居ろうと居るまいと。この眸があろうとなかろうと。

これだから困る。慾が深くなるばかりで持て余す。
この方を独り占めなど、できる訳も無いのに。
医官だ。治療がある。脈を読み顔色を診、患者に触れる。
それならば当然だ。我慢は出来る。

それでもその時以外は。
天界の銀色の治療道具を手放し、一日の役目を終えこの腕の中へ戻ったら。

もっともっとと望んでしまう。
他の男を見るな。声を聞くな。気にも留めるな。いると思うな。
その瞳に映すのはこの姿だけで良い。その耳が聴くのはこの声だけで良い。
その心で追うのはこの心だけで良い。あなたの世にいるのは俺だけで良い。
俺がそうなのだから、文句を言うなと。

まるで餓鬼の駄々だ。成せるわけもないのに。
けれど信じる。きっとあなたも望んでいると。
これでは叔母上に色惚けと罵られ、頭を叩かれて当然だ。
それで構わん。惚けるほど愛しい女人でなくば、誰に誓えると言うのだ。

この力の全てで護ると。この命の限り共に居ると。
二度と離さぬと。喪えばこの世に未練など無いと。
俺の愛する、この世で唯一人の女人。
その方に誓わず誰に誓えと言うのか。

生涯色惚けていてやる。胸を張り、堂々とこの方だけに。

「・・・礼を言う」

細い手を抑えたままでようやく告げた声に、火薬屋は首を傾げながらも嬉し気に頷いた。

 

 

 

 

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2 件のコメント

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    さらんさん、ヨンの心の声に悩殺されましたσ(^_^;)。
    ああ、こんなに堂々と色惚けを認められたら、コモだって怒る気力も無くすでしょう。
    ヨンの衣装、素晴らしい出来だったのですね!
    ひゃあ~\(//∇//)\、凛々しい姿を見てみたいなぁ~(#^.^#)。
    さらんさん、今夜はヨンの心の声を読み返して、ウキウキ気分で良い夢が見れそうです。ありがとうございます❤︎

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