夏暁【廿参】 | 2015 summer request Finale

 

 

庭の気配にふと眸を開ける。
開けた瞬間に脇に立て掛けた剣の鞘を握り、そのまま腰を上げて部屋の扉口へと立ち塞がる。

つい先刻まで啼き喚いていた蝉声が止んでいる。

眸を閉じ深く息を吸い、静まり返った邸の扉外の空気を読む。
晋城大君媽媽の部屋の外、庭土の上に撒いた砂利が音を立てる。

一つ、二つ。最後にもう一つ。三人かと目星を付ける。

唯でさえ盛夏の只中。
こうしてじっとしていても汗が出る。

絹布団の表と媽媽の絹の夜着が触れ、衣擦れの音が聞こえる。
背後の絹布団の上、目を覚ました大君媽媽が、目の前の扉前に立ち塞がるこの背の影に小さく息を呑み身を起こす。
その気配へと振り返りそのまま枕元へと静かに駆け寄り、枕元の床へと片膝をつくと己の唇前に指を立て、続く御声を塞ぐ。

窓から射し込む真夏のぼんやりした月灯りだけが頼りの部屋内、大君媽媽は目だけで俺に頷いた。
頷き返し、絹布団から立ち上がった大君媽媽を背に庇い、壁へ向かってじわりと下がる。
そこへ媽媽を残し、もう一度扉へと一足飛びに寄った瞬間。

部屋の扉が外から破られる。

瞬間に剣を鞘から抜き、勢い良く突込んで来た一人目の胴を迷いなく一刀で薙ぎ払う。
続いて飛び込んで来ようとした二人目の目前で、内側へと開いていた扉の一枚を思い切り蹴りつけて閉める。
その勢いに弾かれて回廊へともんどり打って転げ出た体を避けようと、三人目の刺客の足が惑う。
勢いの止まったその三人目の胸を両腕で握った剣で貫いて、刃を抜きざまにそのまま回廊へと駆け出る。

殺すわけにはいかん。一人だけは必ず生かす。
生かしたままで吐かせてみせる、この急襲の黒幕を。
扉に突き飛ばされた勢いのまま態勢を崩し、回廊から庭へと転げていた最後の刺客は、飛び出してきた俺に慌てて立ち上がろうとした。

態勢が整う前にその首筋に向け、血塗れの剣の刃を当てる。
動くことのできなくなった刺客は、そのまま躰を固くした。

部屋の中から眺めるよりは、庭の方がまだ月も明るい。
光に照らされた庭、蝉が安心したよう再び啼き始める。
「何処の者だ」
「・・・・・・」

刺客は黒い覆面で顔の下半分を覆ったまま、無言で首筋の刃へと目を下げる。
「命じたのは誰だ」
俺は刺客の首筋に沿ったまま、当てた刃先を上げて行く。

「聞こえぬ耳なら、用はないな」
その声と共に上げた刃を刺客の耳朶へと当てて、浅く斬る。
耳朶を半分斬り落としただけで情けない悲鳴を上げた刺客はその黒い覆面を濡らす程の汗を滴らせ、慌てて叫ぶ。
「い、い、イム・サホン様です!」
「・・・イム・サホン」
「従事官様!!」
「ご無事ですか、大君媽媽!」

今更のように邸の中、松明を片手に門から走る寄る門衛達の大きな叫び声を聞きながら怒鳴る。
「この男を縛れ!自害させるな!」
「は、はい!」
駆け寄った門衛の先頭の一人が、慌てた様子で官服の懐から罪人を縛る赤い紐を取り出した。
「宮へ早馬を出せ!」
続く衛士にそう叫び、部屋内へと駆け戻る。

「大君媽媽」
飛び込んだ部屋内。
先程足を止めて頂いた壁際で、大君媽媽はその姿勢のまま頷いて、俺の戻りを迎えて下さった。
このお若さで騒ぎの中、腰を抜かさなかっただけでも立派だ。
「・・・ソンジン」
「ご無事ですか」
「何ともない。そなたは」
「イム・サホンとは誰です」

この声に大君媽媽は息を呑み、そして首を振る。
「刺客が、そう申したのか」
「共にいらして下さい」
埒が明かん。
俺は背に大君媽媽を庇い、再度部屋を駆け出る。

「答えろ」
赤縄で縛られたまま、庭へと両膝を着かされた刺客の目前に膝をつきしゃがみ込む。
この近さで刀は抜けん。万一背後の大君媽媽に当たれば大事だ。
しゃがみ込み己の腰後ろの小刀を抜いてその顎下へ当て、周囲の衛士の据えた松明の中で仰向かせ、大君媽媽に面を確かめて頂く。

「お前を寄越したのは誰だ。もう一度答えろ」
「イ、イム・サホン様です!」
「偽りならこの場で、その頸搔き斬る」
「真です!」

耳朶を半分斬られた恐怖を思い出したか。
頬まで赤黒い血で汚し、刺客は震え声でそう言った。
「イム・サホン・・・」
背後で繰り返す大君媽媽の声がする。
「御存知ですか、大君媽媽」
「兄上の・・・王様の、家臣だ」

そこまで声を聞き刺客の前、庭についていた膝を上げる。
「大君媽媽。右参賛大監への早馬をお許し頂けますか」
大君媽媽へ振り返りその目を見て尋ねると、松明の灯に照らされ強張った面持ちで大君媽媽は頷いた。

 

「大君媽媽!」
夜中というのに大声で叫びながら、血相を変えたパク・ウォンジョンが邸へと駆け込んでくる。

延べていた床を上げ、刺客に壊された戸を外し、ようやく整えた部屋内。
飛び込んできたパク・ウォンジョンは卓前に腰を下ろした大君媽媽にそのまま縋りつかんばかりの形相で
「ご無事でいらっしゃいますか!お怪我は!」
顔中から汗を滴らせながらそう叫ぶ。

「落ち着かれよ右参賛。ソンジンがいてくれた。何もない」
歯の根も合わぬ程に震えながら、パク・ウォンジョンが大君媽媽のその声に、どうにか頷いた。
「ソンジン、お手柄だ。よくやった、本当によくやってくれた」
パク・ウォンジョンの声に顎を下げると、大君媽媽は深く頷いた。
「正しく。ソンジンが居てくれねば」
そう言って目の前のパク・ウォンジョンへ視線を戻した大君媽媽は、低い声で続ける。
「右参賛。刺客が吐いた。私の目前で」
「・・・何をでございますか」
「刺客を送ったのは、イム・サホンだと」
「・・・・・・・」

そのまま石のように黙り込んだパク・ウォンジョンを、大君媽媽と俺の二組の眸が凝と見詰める。
大君媽媽の蒼褪めよう。現王の家臣と告げた折の声。そしてこの目前のパク・ウォンジョンの沈黙。
現王は、大君媽媽を弑そうと決めたか。
大妃がいる限り其処までには及ばぬと思うた俺が甘かったか。
しかし弑すると決めたなら、この後どれ程の襲撃があるのか。
この人数だけでは必ず何処かに手薄な場所が出来る。
このように易々と刺客に攻め込まれたのがその証だ。
「大監。邸の衛を増やして頂く事は」
「・・・出来ぬ」
俺の声に、パク・ウォンジョンが首を振る。
「しかしこのままでは」
「ソンジン」

パク・ウォンジョンは俺に目を当て、もう一度首を振る。
「兵を増やせば人目に付く。大君媽媽に謀反の兆し有りなど下らぬ口実を与えてはならぬのだ。
絶対にならぬ。そうなれば大妃媽媽の今迄の御心痛も御尽力も、水泡に帰す」
「・・・母媽媽が、何に御力を尽くしていらっしゃるのだ」

パク・ウォンジョンの声に、大君媽媽が小さく叫ぶ。
「まさか宮中で私の事で何か御無理を、兄上と仲を違えるような無茶な事をされていらっしゃるのか!」
「・・・大君媽媽」
「答えよ、そなたらは母媽媽に何を!」
「どうぞ御気をお鎮め下さい、大君媽媽」
卓前の錦の座椅子から腰を上げ、目の前のパク・ウォンジョンに掴み掛からんばかりに身を乗り出した大君媽媽の脇へ寄り、
「大君媽媽」
低く呼び掛けると大君媽媽は大きく怒りの籠った息を吐き、半ば上げた腰を無理に座椅子へと納め直した。
「・・・失礼致します」

その時外した扉枠の影から掛かった女人の声に、大君媽媽とパク・ウォンジョンの目が一斉に扉枠へと当たる。
良い間合いだ。読ませた孫子も無駄ではなかったか。
俺は息を吐き、大君媽媽へと眸で頷く。
「・・・入りなさい」

大君媽媽の声の後、木枠の影からソヨンの顔が覗く。
「お話し中、申し訳ございません」
良い間合いだった。俺は密かに満ち足りた息を吐く。
これ以上大君媽媽が詰問せず、パク・ウォンジョンが答に窮さず、二人の間に気持ちの行き違いが起きる寸前に。

「内医院から処方箋を頂きたいのです。大君媽媽の」
「処方箋」
パク・ウォンジュンが繰り返す声に、ソヨンは頷いた。
「はい。媽媽の御体を拝診している医官様より。この騒ぎで媽媽もお疲れでいらっしゃいます。
気を養って頂くよう、薬湯を煎じる事をお許し頂ければ・・・」
「そうか、そうだな。そなたも良く気づいてくれた、ソヨン」
「では、お許し頂けますか」
「勿論だ。すぐにも医官を呼びに行かせる。暫し待て」
「畏まりました」

ソヨンが退く寸前に、顔を伏せたままちらりと俺を見る。
小さく顎を下げほんの少し歯を見せるとソヨンは安心したように目で頷き返し、媽媽の部屋の扉枠の陰から退いた。

「媽媽。御気持ちは小臣パク・ウォンジョン、お察し致します」
ソヨンの姿が消えたのを確かめてから気を取り直すように言って、パク・ウォンジョンは深く平伏した。
「我々が一丸となり、必ず大妃媽媽と大君媽媽を御守り致します。
決して長くはお待たせ致しませぬ。今暫し、暫しこの忠義心に免じお待ち頂けませぬか」
「右参賛」
「伏してお願い申し上げます。大妃媽媽や大君媽媽に、二度と危険が及びませぬようどうにか策を講じます。何とぞ」
「母媽媽は本当に御無事だな。甲子士禍のような忌まわしい件に万一にも巻き込まれる事はないと、命を懸けて誓えるな」

大君媽媽は固い表情のまま、念を押すようそう尋ねる。
パク・ウォンジョンはその目を確りと捉え頷き返した。
「お誓い致します」
「・・・ならば、良い。ソヨンの願いを叶えてやってくれ」
「只今。誰か居らぬか!」
パク・ウォンジョンが一礼して立ち上がり、部屋外へと声を張る。
この声に慌てて駆けつけた男に向けて
「内医院のチョ医官に早馬を飛ばせ。大君媽媽の薬湯の件で至急此方へ参上せよと。急げ!」

男が駈け出して行くと同時に、 大君媽媽はパク・ウォンジョンに向け静かに告げた。
「そなたも帰宅するが良い。夜も更けた。わざわざ済まなかった」
そう言って頷いて見せる。もう詰問はせぬ、そういう事だろう。
その意思の表れに安堵したよう息を吐いたパク・ウォンジョンはゆっくりと頷き、大君媽媽の御前を辞した。

しかし俺とソヨンの寝苦しい夏の夜は、まだ終わりそうもない。
ソヨンは内医院の医官の到着を待ち薬を煎じ、大君媽媽へ出す。
俺は今一度、邸内の全ての敷地の陣を練り直さなければならん。
頭数は限られている。門衛士、邸内の他の衛。総勢でも足りん。
それでも増員は望めない。ならば大君媽媽の身の安全が一番だ。
少人数で多くの敵と戦うならば、袋小路の狭い道。出来れば袋小路の奥の部屋にも窓がない方が良い。

そんな場所を探す為、邸内の図を頭に描く。
「媽媽」
「何だ、ソンジン」
「暫し袋小路の奥でお寝み頂いても宜しいですか」
「・・・言っておるではないか」

媽媽は俺の問い掛けに、ようやく目許を綻ばせた。
「そなたを信じている。良い。袋小路でも我慢しよう」

 

 

 

 

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