浮き輪 | 2015 summer request・浮き輪

 

 

【 浮き輪 】

 

 

太陽の色が真夏とは違う。朝晩の空気も。
虫の声はまだ聞こえないけど、夜中のセミの声は小さくなってる。

庭の薬木の葉っぱの隙間、空を見上げて呟く。
「もうすぐ、秋よね」
「ええ」

でもまだまだ、昼の間は暑い。今くらいがちょうどいいのよね。
昼の暑いうちに泳いで、夕方からはちょっと涼しくて。

もうこの時期を逃したら、来年までプールも海も川遊びもなし。
もうすぐシーズンが終わっちゃうのに、まだ1回しか着てない。
せっかく繍房のオンニに頼み込んで作ったあのビキニ。
だってあなたと1度しか泳ぎに行ってないんだもの。

「秋になったら、もう泳げないわよね?」
「・・・お勧めはしません」
「そうよね。ねえ、ヨンア。もう一回くらい泳」
「着ないで下さい」

先手を打って、鋭いあなたに先に言われてしまった。
「え?」
「言ったはずだ」
「ねえ、ヨンアってばー」
「懲り懲りです」
「絶対?どうしても?」
「変わりません」

どうしてこの男こんなに頑固な訳? 理由は分かる、分かってる。
最後にほめてくれたのも覚えてる。覚えてるけど。
「泳ぎやすかったでしょ」
「は」
「私があなたに作ったあの短いパジ、泳ぎやすかったでしょ?」
「・・・ええ」

嘘をつかないのは、いいとこなのよね。
いい事はいい。嫌な事は嫌。はっきり言ってくれるのは嬉しいんだけど。
「でも、私のビキニは嫌なのよね?」
「はい」
即答されちゃったわ。だけどね。

「だけど、こーんな服」
そう言って、私は身に着けてる長いトゥルマギ風のジャケットと、その下のパジを指した。
「これで水になんか入ったら、あっという間に吸水してずっしり重くて、溺れちゃうと思うのよね。却って逆に危ないわよね?」
「それは」
「第一、私何度も見てるわよ」

これは本当。昔の授業で習っただけだったけど、高麗に来てこの目で見た。
「川でソッチマとソッチョゴリだけの女性と、ソッパジだけの男性がみんなで一緒に行水してるじゃない、夏なんて真昼間っから」
「それは」
「みんな露出しまくりで半分裸だし、思いっきり透けてたわよ?」
「そうかもしれませんが」
「透けない生地でビキニを作った私の方が、慎み深いと思うわ」

鬼の首でも獲ったように得意げに私が言うと、この人は黒い瞳を閉じた。
「それ程泳ぎたいですか」
「だってもうすぐ夏が終わっちゃうじゃない!」
「衣は身につけたくないと」
「だって言ったでしょ?危ないのよ。あなただって知ってるでしょ?服着て泳いだら危ないって」
「・・・成程」
「ね?だからやっぱりここは、泳ぐなら」
「安全に」
「そりゃそうよ、あなたに心配かけたくないもの!」

この人の黒い瞳が、すうっと開いた。
その奥にある嬉しそうな光に私がうんうんと頷くと
「お気遣いは有難い」
「そりゃあ、当然よ。愛する人の為だもの」
「そうですか」
「もちろんじゃない!」

もうひと押し。
そう思って口を開こうとした瞬間に、この人が薄く笑って言った。
「ならば、安全に泳がせて差し上げます」

 

*****

 

「・・・ねえ、ヨンア」
翌日の夕方。仕事から帰って来た自宅の寝室の寝台の上。
広げた荷物をじっと眺めて、私は部屋の中の椅子に伸びるみたいに、脚を投げ出して座ってるこの人を振り向いた。
「はい」
あなたは楽しそうに、寝台の横で茫然と立ってる私を見上げる。

「これ、何?」
私は寝台の上の荷物を指でさす。
「ソッチョゴリとソッパジです」
「見ればわかる。何で藍色なの?」

寝台に並んでるのは足首までの長い濃藍色の薄手のソッパジとソッチョゴリ、そして丸く切った木。
「白では透けるので、タウンに急ぎ染めさせました」
「わざわざ?」
「ええ」
「・・・ああ、そう・・・で、この木は?」
「杉です。コムに切らせました」
「ううん、種類じゃなくて」

私の声に、あなたが首を傾げる。
「種類は重要です。浮き易いもの、浮き難いものが」
「・・・そうなの?」
「はい」

してやったりとばかり片頬で笑いながら、あなたが頷く。
「以前倭寇と戦っていた頃。
海に落ちた仲間が、壊れた船の切れ端に掴まって浮いていたのを助けた事があります」
「・・・うん」
「これに掴まっていれば、安全に浮く」
「・・・そうね」
「鎧を着けていても浮くほどです。何の問題も無い」
「・・・そうよね」
「丸ければ、船の切れ端より掴まりやすい」
「そこまで考えたわけ?」
「俺の大切な方が怪我を負っては困るので」

あなたはしれっとそう言いながら、
「薄い衣、浮かぶ木。これを着て木に掴まって浮いていれば良い。
安全に泳げる。びきにで肌を見せる事はない」

そんなに嫌だったわけね。わざわざこんなもの用意するほど。
周到に準備して、こっちを論破する現物まで用意するほど。
「ねえ、ヨンア?」
「イムジャが心配を掛けぬようお気遣い下さった。
決して無碍にはしません」

そう言って黒い瞳でじっと私を見つめる。
瞬き1つしないその目に射られて、私は口を閉じた。
「これで、お好きなだけ、泳げます」

一言一言、はっきり区切るように断言するあなたの気迫に押されて、ただ頷くことしかできない。
「沢で泳ぎますか、典医寺の裏の水桶にしますか。
ご希望ならば碧瀾渡まで遠出しますか」
あなたの嬉し気な声が、開いた窓から庭まで聞こえるくらい響く。

 

*****

 

「ねえ、ヨンア?」
「はい」
「暑くない?ソッパジとか着てるからかなー、って思うんだけど」
「・・・暑いならば、水に」

典医寺の裏の水桶の横。
水桶って言っても、プライベートプールくらいの大きさはあるし。
日当りはいいし、使ってないから人は来ないし、いいんだけどね。

「これなら杉は不要でした」
あなたは石桶の周りを、ぐるっと見てから頷いた。
「溺れる程の深さもなく、縁に掴まれば浮ける」

そして私へ振り返ると
「泳ぎたいとおっしゃるので、また沢へ行くかと」
「行きたかったわよ。あなたと一緒に、夏の最後に楽しく。
ビキニを着て2人っきりではしゃぎたかったわよ、年甲斐もなく」
「びきにでなくば、楽しめませんか」
「そうじゃないけど気分的に、盛り上がりに欠けるの」

そう言って拗ねた私に、黒い瞳が当たる。
そしてその瞳が困ったように笑って逸れて。
あなたは少し考えるみたいに俯いて、私を見ずに呟いた。
「あなたさえ居れば、何も要らぬと思った」
「それは、私だって同じよ?」
「・・・はい」

あなたはまだ目を上げないままで、横顔で少し笑う。
「戻ってさえ来れば、どれ程手が掛かっても構わぬと」
「覚悟してくれてたものね」
私達が離れる前に、迂達赤の兵舎で言った言葉。
あなたはきっと忘れないでいてくれる。私だって忘れてない。

あなたは困ったみたいに、ぽつんと言った。
「帰ってくればこの様だ」
「どんな?」
「閉じ込めたい、隠したいと」

この人の告白に、小さく笑う。
「ねえ、ヨンア」
「はい」
「私だって思ってる。あなたを誰にも渡したくないなって」
「俺は」
「うん、分かってる。あなたは誰のとこにも行かない。きっとずっと私の事好きでいてくれる。
そう思えなかったら、信じられなかったら、帰ってなんて来なかった」
「イムジャを疑っているのではなく」
「うん」
「変わってほしいわけでも」
「そうねー、きっと変わらないしね」

私が他人事みたいに言うと、あなたは苦笑いで頷く。
「そうおっしゃると思っていた」
「お互い、無理することないのよ。私もあなたは頑固だなって、時々腹が立つ事あるけど、変わってほしいとは思わない。
そんなあなたも愛してるもの」
「変えられません」
「そう言うと思ってた」
お互いの目を見交わして、私たちは噴き出した。

私はあなたと楽しみたい。人生は辛い事ばっかりじゃないって伝えたい。
みんなもがいて生きてる、だけど辛い事ばっかりじゃない。
ちっちゃな事に楽しみを見つけようって伝えたい。
例えばご飯がおいしいね、空がきれいだね、花が咲いたね、そんな事。
お花見、水遊び、夏祭り、秋夕やお月見、そして雪見。
私が先の世界でどんな風に楽しんでたのか知ってほしい。
もう私1人で楽しみたくない。あなたと一緒に楽しみたい。

「ねえ、ヨンア」
「はい」
「あの板。作ってくれた、丸いの」
「はい」
「あれねえ、真ん中に穴あけて体にくぐらせるといいわよ」
私は手近な枝を拾って、地面にしゃがみ込んで土に絵を描く。
「今は、ただの丸い板じゃない?そのまん中に、穴をあけるの。こんな風に」

土に枝で書いた絵は、不格好なドーナツみたいになったけど。
「で、この穴に体をくぐらせて、お腹辺りで持つといいのよ。
掴まり続けるには腕力もいるけど、体にくぐらせちゃえば手を掛けとくだけでいいし。
先の世界にもあるわよ。浮き輪。木じゃなくて、ビニール製だけど」
でも船とかに木製の浮き輪みたいなのが飾られてるのも見た事あるし、ビニールが発明されるまではそれもありよね。
「来年の夏は、その浮き輪で遊ぼう」

出来ない事も、いっぱいあるけど。
先の世界みたいに思うようにやれない事もいっぱいあるけど、ここでしかできない事もいっぱいあるはずだから。
どこにいたってあなたが隣にいて、2人で楽しい事が出来れば、私はそれだけでいいから。

「来年はもう結婚してるし、安心でしょ?」
「安心、ですか」
「だから、ビキニ着て、浮き輪で遊ぼう」
「・・・ですから」
「何よ、結婚すればもう心配なんてないでしょ?」
「そういう事では」
「結婚してもまだダメなの?」
「イムジャ」

私はこうやってあなたを困らせるかもしれないけど。
でも、あなたが選んだんだから仕方ないのよ?

「次の夏より、今日です」
「なに?」
「泳ぐのですか、泳がぬのですか」
「うーん」

夏の終わりの空。でもまだ秋は遠いから。
そして秋になれば結婚式。楽しい事はたくさんあるから。
「そうだ、結婚式!」
「・・・は」
「白い衣装じゃない!陽に灼けたら、なお黒く見えちゃう!」

今更気付いたのかと言いたげに、あなたは私を呆れたように見る。
「ダメ、日焼け厳禁!」
私は慌てて傍に置いてた上衣をつかんで、頭からかぶって立ち上がる。
「今日の水遊びは終わり!今からパックするけど、ヨンアもする?」
「ぱっく」
「ああ、もう説明するよりやってあげる!一緒に来て!」

フェイスパックは売ってないけど、緑茶の粉末も精製してない黒糖も全部パックで使える。
こうやって楽しみを見つければいい。
あなたの顔中に緑茶パックを塗りたくったらどんな顔するのかな。
その表情を想像するだけで笑っちゃう。

「でも、私より色白になんないでね?」
睨むみたいにあなたを見ると、
「・・・分かりました」
真面目な顔で頷き返すあなたがおかしくて、私は笑いながら大きな手を引いて、裏の扉から典医寺の中へ駆け込んだ。

 

 

【 浮き輪 | 2015 summer request ~ Fin ~ 】

 

 

 

 

まあちゃんさんからのリクエスト。
「浮輪」
私的にも浮輪でどうヨンアに
からめるのか?(笑)
よろしくお願いします^^ (victoryさま)

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1 個のコメント

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    さらんさん、甘甘のお話をありがとうございます❤︎
    凛々しくて強い男と、誰からも思われているヨンが、ウンスの前では頑固で素直で、やきもち焼きの男の子になってしまうのが、可愛くて可愛くて…(#^.^#)。
    奇想天外で手のかかるウンスも、魅力的ですよね❤︎
    ああ~♪(´ε` )、ため息が出るほど、甘くて素敵なお話でした。
    私も、杉の浮き輪を作ってほしいなぁε-(´∀`; )
    さらんさん、朝晩とても涼しくなってきましたね。お風邪を召しませんようにね❤︎

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