西瓜割り【中篇】 |2015 summer request・西瓜割り

 

 

「・・・医仙・・・」
「なあに?」
副隊長はとても複雑そうな顔をして私を見る。
そして次に私の横で黙ったまんま、口をへの字に曲げて腕組みしてる隊長を見た。
「あれは・・・」
副隊長が指さしたのは鍛錬場の端っこ、10メートルくらい離れたところに、ひとつぽつんと置いてあるスイカ。

「スイカよ?」
「・・・ええ。それは、拝見すれば。では、この棒は」
「これで割るのよ?」
「その手の布は」
「目隠しよ、もちろん」
「はあ・・・勿論、ですか」
「うん」
横のこの人は副隊長の顔も、そして私の顔も見ないように、ずっと目を逸らしてるけど。
私は遠慮なく目の前の迂達赤のみんなに言った。
「順番を決めて?」
「何の順ですか」
「スイカ割りの順番」
「・・・はあ」

副隊長はぼそぼそと、迂達赤のみんなに向けて
「各組、壱より出ろ」
元気なくそんな風に指示を出した。

取りあえず4人の迂達赤のみんなが出て来たところで
「じゃあ、ルールを説明するわね?まず、4人で順番を決めて?」
そこで、甲組さんの一番手が一歩出てくる。
「甲乙丙丁の順で行きます」
その甲組さんに目隠しをするための黒い布を渡しながら
「じゃあ、まずこれで目隠しして?」
そう言うと彼は素直に、その黒い布でしっかり目を隠した。
「隠れた?」
「はい」

確かめるために、目の前でひらひら手を振ってみる。何の反応もない。ちゃんと隠れたみたいね。
「じゃあ他のみんなは、ここからスイカのところまで、両側に道を作ってあげて?」
その声に残った迂達赤のみんなが、スイカまでの10メートル、左右に分かれて両側に道を作る。
私だけは目隠しした甲組さんの隣で、その手に棒を渡しながら
「じゃあこの棒を地面に立てて。で、棒の先に、おでこをつけて?」
「え」
甲組さんが、意味が分からないように声を上げる。
「うーんとね、こうやるの。ちょっとごめんね?」

そう言って目隠ししたままの彼の頭を、自分の手で棒の先に下ろす。
そこでなぜか横の隊長が大きな足音を立ててこっちへ来ようとして、でも溜息をついて、また下がって行った。
早くしなきゃ、置いたスイカがぬるくなっちゃうのに。
私は甲組さんの額が、棒の先にきちんとついたことを確認して、
「そのまま、10回、その場で回って?」
「はあ」

彼が時計回りに回り始める。
「こうですか、医仙」
「そうそう、上手」
一周したところで
「ハナー」
私が声を掛ける。彼はくるくる回り続ける。
「トゥール、セー、ネー」
左右に広がったみんなも、興味津々でこっちをじっと見てる。
「・・・アホーッ、ヨルッ!!終わりー!!」

回り終わった彼は、もう足許がフラフラしてる。
「じゃあ。しっかり棒を握ってね?」
頭をつけてた棒に手を添えて、彼の手にしっかり握り直してもらう。
「は、はい」

そう言って構えた棒がいきなり私の方を向いて、驚いて避ける。
「じゃあ甲組の皆は、彼がスイカのとこまで行けるように、 しっかり声かけて場所を教えてあげてね?
他のみんなは割られたら負けだから、邪魔していいのよ。1回振り下ろしたらそれで終わり。頑張って!」

そう言うと別れて道を作ったみんなから、
「真っ直ぐ進め!」
「ああ違う違う、もうちょっと左だ!」
「行きすぎだ、こっちに来い!右だ右!」
一斉にそんな応援と邪魔の声が大きく上がり始める。

「そこだ、そこそこ、打て!」
「ふざけるな、まだまだ進め!」
「あと四歩!」
「そこじゃない、下がれ!」
まるで子供みたいにむきになって張り上げる声を聞きながら、私もその中に混ざるために、スイカに向かって駈け出そうとする。

その腕を、横のこの人が黙って掴む。
「隊長、早く行って、声かけてあげないと」
「此方が先です」
「隊長!」

無言で少しだけ強く、腕を掴んで鍛錬場の裏へ引っ張られる。
鍛錬場のみんなの楽しそうな声が遠くなる。

鍛錬場の裏でようやく腕を離したこの人は、怖い顔をして私をじっと睨んだ。
「何で怒ってるの」
「当然だ」
「だから、何で」

何で急に怒り出すの?理由を言ってくれなきゃわかんないのに。
「こんな事で時間を潰すなど」
「潰してるわけじゃないわよ」
「部屋で解毒薬を見ていれば良いでしょう」
「見てたってどうしようもないのよ、知ってるでしょ?」
「元の断事官も徳興君も奇轍も何を企んでいるか。
いつどう状況が変わるか判らん。だから一日も早く」
「ねえ、隊長?」

急に呼ばれて、この人が黙る。
「私、必ず解毒を成功させるから。だから大丈夫」
今は笑わせて。部屋の中にいたら、悪い考えばっかり過るから。
「そんなに心配しないで?私を信じて、ね?」
「・・・信じている。そうでなく」
「だから、今は」

表の鍛錬場から、大きな笑い声が聞こえてくる。
「スイカ割りよ。あなたもやってね?」

そう言って走り出す私の後ろで、あなたが大きく息を吐く。でも振り返らない。振り向けばそれだけ心配させるから。
きっと私は今、自信ない不安そうな顔をしてるはずだから。
「隊長、早く早く!急いで!!」
振り向かずそう声を掛けて、私は表の鍛錬場に飛び出した。

 

何か他の事をするのかと思っていた。
この方がそうしたいならば勝てぬと諦めた。
それが本当にただ西瓜を割るだけだったとは。
ましてや先程のように、兵の体に触れながら。

一体何なのだ。これ程焦っているのは己だけか。
薬の完成を待ちながら出来る限り共に居たいと。
次にどうなるか判らぬからこそ、いつ戦になっても不思議はないからこそ。
一刻も無駄にできぬと、心が急いているのは己だけなのだろうか。

徳興君との偽の婚儀を退け、ようやく心が通じ合ったと思えた。
後は解毒薬の完成を待つだけと、無理に言い聞かせているものを。
この方が楽し気に兵に囲まれ、楽し気に笑う姿を何故このように、目の前で見続けなければならんのだ。

だからこそ裏まで呼んで話したものを、この方は俺の不快な理由など想像すら出来ぬ顔。
挙句の果てには何故怒るのかとまで問いかけられるとは。
返事すら聞かず、待ち切れぬような様子で振り向きもせず、鍛錬場に駆け戻るなどとは。

呆れて物も言えん。戻らず済むならこのまま兵舎へ戻りたい。
誰の前でも気にせず小さな手を鷲掴みにして、引き摺って兵舎へ戻れればどれ程溜飲が下がる事か。

他の男に触れるのが嫌だ。
そう正直に吐いてしまえれば、どれ程に楽になるだろう。
それでも言えぬ、何処かで押し留めるものがある。
下らぬ矜持か、小さな見栄か、それとも口にせずこの方に自ら気付いて改めて欲しいのか。

ただ共に居たい、二人きりで居たいと思うのは己だけか。
次の瞬間にでも元の手が、徳興君の手が、奇轍の手が伸びてくるかもしれぬ今だからこそ共に居たい。
この方にも同じ気持ちを持って欲しいと願うのは、余りにも贅沢すぎる高望みなのか。

腹が立って仕方がない。
だからと言って、このまま一人で兵舎に戻るわけにもいかん。
結局あそこに戻るしか手はない。

あの方の後姿を追い、鍛錬場へと足早に戻る。
まるでこの地が何か悪さを仕出かしたかのように、足許の土を力一杯踏みつけながら。

 

 

 

 

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