西氷庫【終章】 | 2015 summer request・かき氷

 

 

皮と布。
二重の袋へ入れた大きな氷を下げ、ヨンが宅への門をくぐる。
「ヨンさん、お帰りなさい」
「あとで厨へ来てくれ」
「はい」
この貫目だ。何れにしろ己たちだけでは喰いきれぬと、ヨンは門で出迎えたコムに伝えた。

「お帰りなさいませ」
宅の玄関で出迎えたタウンへ嬉し気に手を振って頭を下げ、ウンスが大きな声で告げる。
「タウンさん、ピンス一緒に食べましょう!」

 

*****

 

厨の中、沸かした湯で漱いだ鉋で、ヨンが搔いた氷を銅器へ溜めて行く。
庭で捥いだ桃や杏を籠に入れ、弾むような足取りで厨へと戻って来たウンスが、ヨンの脇へしゃがみこむ。
「すっごい、ヨンア天才じゃないの?」

銅器の中に降り積もる夏の雪。
それを横で座り込んで見詰めながら、ウンスがヨンの手許を覗き込む。

「剣上手が氷上手なわけではないと、今日しみじみ判りました。
氷なら剣より幅広の鉋の方が、余程掻きやすい」
厨から居間へと上がる段に腰を下ろし、ヨンは真剣な顔で氷を搔きながら息を吐く。
「次に豆氷水を作る機会があれば、水刺房に用意しておくと良い。
誰でも削れます。迂達赤を呼ぶ必要もない」
「なるほどねえ。これなら未来のアイスシェイバーに似てるし」

ヨンの鉋捌きを見つめながら、ウンスはまたしてもヨンには理解できない天界語で言った。
「今のうちに果物を剥いて下さい。この調子ならすぐ削れます」
「分かった!」
ウンスは笑って頷き、籠を抱えてその場から腰を上げた。

 

「ヨンさん、これは」
「氷だ」
「ええ。それは」
氷菓の盛られた銅器を前に、コムとタウンが口籠る。
「頂けません。どれほど高価な物か」
「タウン」
ヨンはタウンの声に眉を顰めた。
「溶けるぞ」
「大護軍」
「溶ければ只の水だ」

駝駱を入手できなかったことが悔やまれる。ヨンは太い息を吐く。
駝駱さえ手に入れば卵と共に、ウンスにあいすくりーむとやらも拵えてやりたかったのにと。
「イムジャ」
「食べよう、溶けちゃう」
「次はあいすくりーむです」
「やったーぁ!」
他の呼び方が判らぬから慣れない天界語で言うヨンに、ウンスが満面の笑顔で頷いた。

「タウンさん?」
「はい、ウンスさま」
未だに匙をつけずに惑うタウンに、ウンスは大きく笑う。
「ほんとに溶けちゃう。ヨンアが言う通り、溶けたらべたべたのただの水だから。食べよう?」
そう言いながら己の匙で氷菓を指すウンスにも、タウンたちの指は動かない。
「コム」
「ヨンさん」
「こんな下らん事に、俺の命など出させるなよ」

いよいよ不機嫌を装うヨンの様子に、コムがタウンを見る。
コムの目を受けタウンが渋々頷き、ようやく杓文字を握る。
「頂きます」

頭を下げてそう言って、白い氷にタウンとコムの匙が刺さる。
「・・・あ」
「ふわっふわでしょ?」
ようやく動かし始めたタウンの匙に、嬉し気にウンスが叫ぶ。
「はい」

タウンが驚いたように、目の高さまで上げた杓文字の上の氷をじっと眺める。
「氷なのに、不思議です」
「うん。私たちはこうやって食べてたの。でも中でも私が一番好きなのはねぇ」

ウンスは笑いながら杓文字を咥えて、内緒話をするように声をひそめた。
「冬に、オンドルをがんがんに焚いた中で食べるアイスクリーム。おいしいんだから!」

冬にあいすくりーむ。それなら夏場よりは余程拵えやすい。
こうして知っていく。初めての事を。
覚えれば二度と忘れぬように頭に刻む。
ヨンは杓文字を動かしながら微笑んだ。

空から本当の雪が降る頃には、必ず駝駱を手に入れて来よう。
いや、それよりも。
「コム」
「はい、ヨンさん」
「牛舎を建てる場所はあるか」
「はい、それは」
「ヨンア、牛まで飼うの?」

ウンスの驚いたような丸い目に、ヨンは無言で頷いた。
此方の心の判らぬこの方を黙ったまま喜ばせるのに、牛一頭なら易いものだ。

 

*****

 

「・・・うーん」
西氷庫で手に入れた氷を食べた夜半。

寝屋の暗がりの寝台の上、小さな囁き声でチェ・ヨンは眸を開く。
腕の中ではウンスが小さく丸まり、寒そうに己に身を寄せている。
「・・・如何しました」

窓から射す夏の月灯りの中、餅のようにぺたりとヨンに寄り添い、ウンスが困ったように眉を寄せるのが見える。
「イムジャ」
「ごめん、起こしちゃった」
「どうしました」

己の体に添うウンスの細い体が、いつもより少し温みが足りない。
答えないままのウンスへと、ヨンは腕を回したまま己の体ごと寝返りを打って向き合う。
「お腹、冷えたみたい」
「腹」
「ピンス食べ過ぎたかなあ」

ウンスが小さな両掌で、その腹をゆっくり摩る。
「薬湯を」
慌てて身を起こそうとするヨンの夜着の袖をウンスが引く。
「そこまでじゃないの。あったかくすれば大丈夫」

腕の中で首を振るウンスに息を吐き、ヨンは大きな掌で細く縊れた腹から腰をゆっくり摩る。
そうしながら肚裡で呟いた。
こうして覚えて行く。初めての事ばかり。
この細い腹は冷たいものに弱いのだ。
衣越しの掌の当たる腹も腰も、夏とは思えぬ程に冷えている。

牛を飼うのは取り止めだ。
飼おうものならこの方が調子に乗ってあいすくりーむを拵えて、こうして腹を痛くする。
冬に喰えば今より腹が冷えるのは、火を見るよりも明らかだ。
喜ばせたい一心で調子に乗ってあれ程鉋を振るうたのも悪い。
己が削ったせいでこの方が氷水を喰い過ぎた。
ああ、畜生。

「はぁ、あったかい」
ヨンの掌に安心したように、ウンスがその耳許で息を吐く。
その耳に掛かる吐息さえ、いつもより少し冷たい気がする。
腕が二本なのがもどかしい。
四本あれば二本は腹を摩り、残りの二本で抱き締めて温めるものを。

ヨンは唇を引き結んだまま、ゆっくりと掌を動かし続ける。
「貴重だと思ったら、ついつい食べ過ぎちゃった」
腹を掌に摩られながら、月明かりの許。
ウンスが腕の中で鼻先を合わせ、ヨンの黒い眸に笑いかける。
「また一緒に食べようね?これに懲りたりしないでよ?」

こうして先手を打つところもウンスらしい。
「・・・二度と御免です」
「ほらあ、絶対言うと思った。ただ欲張っただけなんだってば」

氷で冷えるのは夏の暑さだけで充分。
この方の具合の悪さに肝が冷えるのは懲り懲りだ。
頑なに首を振るヨンに呆れたようにウンスが腕の中、小さな体をその胸へ摺り寄せる。
「じゃあ、冷えたらまたこうしてあっためて」

見た事か。此方の気持ちなど全く判っていない。
やはり西氷庫と己とは、悉く相性が悪いようだ。
あの氷さえなくば、この方がこうして腹を痛ませる事も無い。
それでも判っている。
ねだられれば己はまた氷庫へと、一目散に駆けて行くだろう。

だからこそ釘を刺しておかなければならぬと、ヨンは腕の中のウンスヘ眸を降ろす。
「ん?」
腕の中から己を真直ぐ見上げる、月明かりを映す瞳。
判っている。勝てるはずなどない。
「・・・喰いたくば、鉄原へ」
「分かった、約束する!」

本当に手が四本も欲しい。
諦めの嘆息を太く吐き、ヨンはウンスの腹を掌で静かに摩り続けた。

 

 

 

【 西氷庫 | 2015 summer request・かき氷 ~ Fin ~ 】

 

 

 

 

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