星雨【伍】 | 2015 summer request・流星群

 

 

真青に晴れ渡った空の下。

チェ・ヨンは托克托と並び、小高い丘の上から眼下の景色を見下ろした。
其処に見える泰州の中央。馬一駆けですぐに攻められる。
「アン・ジェ」
「全軍整っている」
チェ・ヨンの斜め後からアン・ジェが返す。
「テマナ」
「着きます」
アン・ジェの逆横、チェ・ヨンの真後ろでテマンが返す。

もう残す声も無い。チェ・ヨンは横の托克托へ頷いた。
「参る」

チュホンの手綱を開き、その頭を後方の二千騎へと向ける。
鶴翼陣。
己が先陣を切らぬ分、軍の士気を上げておかねばならない。

チェ・ヨンは自陣に向け、真直ぐその黒い眸を当てた。
「高麗軍!」
「は!」
二千から一斉に返る声に、周囲の元の軍が驚いたよう息を呑む。

「俺が見えるか」
「は!」
真直ぐ馬上のチェ・ヨンを見つめる二千騎の視線に圧倒され、横の托克托が鞍上で身動いだ。
「声が聞こえるか」
「は!」

元であろうと高麗であろうと、返る声は変わらない。
俺はお前たちを守る。一騎も欠けずに必ず帰す。
元の為に犬死などさせん。
二度と逢えんかもしれん異国の土に、お前たちを一人でも埋葬するなど御免蒙る。

チェ・ヨンは肚で息を整え、蒼穹の下、最後の鬨の声を放った。
「勝つ!!」

二千の男たちが一斉に叫ぶ。
その手の弓を、剣を、槍を握り、その腕を元の空へと突き上げ声を限りに叫ぶ。
怒涛のように湧き上がり足許の地を揺らす声。
元の兵たちが茫然と馬の上から、目前の高麗軍二千騎を見詰める。

「進軍!!」
チュホンの手綱を返し、目の前の坂道を全速でチェ・ヨンが下る。
その姿を追い駆けて後方の二千騎が土を巻き上げ、草を散らし一斉に続いた。

 

鶴翼に開いた陣の中。
敵は網に追い込んだ魚のように、面白い程その中へ飲み込まれてくる。

刃向かってくる者だけに、先陣の弓隊が射掛ける。
射掛け損ねた敵兵を斜に開いた槍隊が馬上から突き、刀隊が次々に斬り捨てる。

チェ・ヨンはテマンと共に最後尾。
前に出たがるチュホンを抑え、鶴翼陣の中央最後方に陣取り、堪え続けていた。

敵の様子が見渡せるように。何処かが手薄になれば真先に駆けられるように。
油断なく陣全体を見守り、其処から眸を光らせている。

托克托の大軍が閉じた泰州の中央、豪殿への分厚い木の門扉を数に任せて破る。
一斉に駆け込んだ高麗軍へ、殿の石塀の上から弓が射掛けられる。

「開け!」
チェ・ヨンの声に先陣の弓隊が開く。
急に左右へ割れた鶴翼陣の両翼。
敵の弓隊が狙いの的を失い、射矢の勢いを止める。

「打て!」
チェ・ヨンの怒号と共に、高麗軍が一斉に反撃の弓を射掛ける。
石塀上の敵が倒れていく中。
後方から、そして逆の門から豪殿へと傾れ込む元軍が、敵兵に射掛け斬り倒していく。

チェ・ヨンは高麗軍を従えたまま、その一軍には加わらず、ひたすら殿の奥を目指す。
最奥であろう主殿の前、目の前に騎馬兵たちが居並ぶ。
鶴翼陣の両翼はまるで冬の蒼天を舞う鶴が羽搏くよう一度大きく開くと、次の瞬間目にも止まらぬ速さで閉じていく。

一瞬遅れて駆け込んで来た托克托たち、元の一軍が其処へ加わる。
左右から閉じていく鶴翼に抱かれ、中央のチェ・ヨンは愛馬の脇へ思い切り踵を当てる。

愛馬チュホンが陣の中、目前の仲間の馬たちを擦り抜けながら、チェ・ヨンを行きたい場所へと運ぶ。
チェ・ヨンはその背に身を任せながら鬼剣を構える。

眸の前の敵兵の弓を定めようとした腕を斬り落とし、その生暖かい血飛沫の掛かる前に駆け抜ける。
続いて突き出された大槍を身を伏せて避けざま、その馬に跨る兵の脛当から僅かに覗く膝を斬る。
斬られた兵はそのまま鞍から転げ落ちる。

身を起こし目前に迫った兵を躱し、次の兵を横から構えた鬼剣で真直ぐ斬り払い。
馬上で回した体の勢いで次の兵を腰から斬り上げ、チェ・ヨンはチュホンと共にまっしぐらに敵陣最奥を目指す。

必ずいる。守りが厚くなってきている。
この奥にいる。敵の頭が。
数に任せた托克托の大軍の前、成すすべ無く斃れていく敵の骸の山の中。
チェ・ヨンはチュホンの脚を止める。

目前に並ぶ馬上、此方を睨みつける一軍。
周囲から射掛けられる矢雨の中、刀を振ってそれを避けながら、一軍はチェ・ヨンを先頭にした高麗軍へ向かい駆け込んで来た。

「陣を開け!」
チェ・ヨンの号令に、閉じた鶴翼陣の両翼が開く。
その先陣を切る、最も豪奢な鎧を纏う男のみを狙い、チェ・ヨンは駆ける。

来い。

矢雨に当たり、鞍から落ちる兵。
チェ・ヨンの斬った馬から落ち、槍で貫かれる兵。

来い。

その屍を超えて駆けるチュホンの上でチェ・ヨンは鬼剣を構え直す。
擦れ違う一瞬にしか勝機はない。

来い。

距離を詰める二頭の馬の上、相手の男の目が恐怖に見開かれる。
そこまで見える至近から、鳳頭勢に構えたチェ・ヨンの鬼剣が敵の鎧の胴を真横に斬り裂き、その身肉に潜り、逆脇へ抜けた。

脇から盛大に飛び散る血飛沫が、見慣れぬ蒼穹に輝く白い陽の中、黒い雨となって烈しい音で大地へと降り注ぐ。

 

 

 

 

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3 件のコメント

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    さらんさん❤︎
    今日のお話、いつも以上にワクワクしながら、拝読させて頂きました。
    戦いの様子や、表情まで見えるようで、心臓ドキドキです。
    はあ~ε-(´∀`; ) どこまでも強く冷静なんだ、さらんさんとこのヨンは。
    臨場感たっぷりです。
    午後の仕事も、頑張れます(#^.^#)
    ありがとうございます❤︎

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