突き放したソンジンに思い出させるために、私は話を継ぐ。
「牧使の息子と揉めたし」
あの男の宴の呼び出しを蹴って、道でひと悶着起こした後。
確かに此処に居づらくなった事も、都へ上がる理由の一つ。
どれ程に嫌な男でも、実力者の息子である事には違いない。
それを笠に着て、周囲の人間たちを力づくで捻じ伏せる。
あの男じゃなく、あの男の背後の牧使を恐れたんだろう。
有力者や両班の奥方の治療に呼ばれる事も、少なくなった。
治療に呼ばれない医女。同僚たちの陰口。望まない宴席への呼び出し。
此処を離れる理由なら、こうしていくらでも思いつく。
「宮中の医女養育所に行く。どうせなら一牌の薬房妓生になる」
「医女になるとは言わんのか」
「なりたいわ。なりたいけど、患者のいない医女なんて無用の長物。
仕方ないじゃない、だったら男の相手をするしか」
ソンジンは呆れたように、横顔のまま首を振った。
「だからお前を好かん」
「え」
此方をもっと突き放すような冷たい声。
「俺の知る医官は、女人という事を決して安売りしない」
「・・・医官に知り合いがいるの?」
「ああ」
「それも、女?」
「そうだ」
腹が立つ。そんな資格もないくせに、腹が立った。
同じ医女でありながら宴席の酌にしか呼ばれない私と、この男が初めて口にした、医女というその女。
女を安売りしなくても、医官と呼ばれるその女。
何よりもその女の事を口にした時、初めて男の横顔に戻った生気。
きっとその女だ。この男がこれほど首を長くして待つのは。
きっとその女だ。この男が此処を離れようとしない理由も。
そうでなければこれ程大切そうに、口にするわけがない。
まるでその姿を探すように、男の眸が庭を、空を、こうして見回しているはずがない。
「女を売りに出来ないほど、不細工だったんでしょう」
腹立ちまぎれに吐き捨てた私の一言に本気で腹を立てたように、ソンジンは音を立てて椅子から腰を上げた。
「ウンスは」
ウンス。
初めて口にしたその名で自分自身を抑えられなくなったように、唇を白くなる程強く噛む。
そして宥めるように息を整え、 低い声で言い直す。
まるで私にその名を伝えてしまったことで、ウンスという大切な名が穢れるかのように。
「その女人は化粧もせん。着飾りもな」
座ったままの私を蔑むように睨み、最後に確りと告げる。
「それでも外も中も医術の腕も、目が醒める程美しい」
足音高く部屋を出て行くソンジンの背を、声も返せずに見送る。
軽蔑された。
私が何をしているか分かった時ですら哀れんだだけだった眸に、今初めてはっきりと浮かんだ軽蔑の色。
追い駆けたい。追い駆けて訊きたい。一緒に都まで来てよ、そう頼みたい。
けれど先刻のソンジンの眸に浮かんだあの色が、私を止める。
あの眸でもう一度見られたら、そう思うだけで怖い。
あの名をもう一度呟かれたら、一歩も動けなくなる。
治療も、化粧も、医女にも妓女にもなれなくなる。
そうしたら、私はどうすれば良い。
医女にも妓女にもなれない私に、生きていく道なんて無くなる。
背が消えた後の開け放った扉向う、白い陽射しに灼かれる夏の庭。
乾いた土に撒く水程度でも良いから、私の心を癒すような、潤すような、優しい言葉をくれれば嬉しいのに。

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もう、ソンジン!
カッコイイ!モムチャン!歌もダンスも上手い!⬅これは、チ・チャンウク氏。
さらん様、ここの画像、欲しいです。