夏暁【弐】 | 2015 summer request Finale

 

 

突き放したソンジンに思い出させるために、私は話を継ぐ。
「牧使の息子と揉めたし」
あの男の宴の呼び出しを蹴って、道でひと悶着起こした後。
確かに此処に居づらくなった事も、都へ上がる理由の一つ。

どれ程に嫌な男でも、実力者の息子である事には違いない。
それを笠に着て、周囲の人間たちを力づくで捻じ伏せる。
あの男じゃなく、あの男の背後の牧使を恐れたんだろう。
有力者や両班の奥方の治療に呼ばれる事も、少なくなった。

治療に呼ばれない医女。同僚たちの陰口。望まない宴席への呼び出し。
此処を離れる理由なら、こうしていくらでも思いつく。
「宮中の医女養育所に行く。どうせなら一牌の薬房妓生になる」
「医女になるとは言わんのか」
「なりたいわ。なりたいけど、患者のいない医女なんて無用の長物。
仕方ないじゃない、だったら男の相手をするしか」
ソンジンは呆れたように、横顔のまま首を振った。
「だからお前を好かん」
「え」

此方をもっと突き放すような冷たい声。
「俺の知る医官は、女人という事を決して安売りしない」
「・・・医官に知り合いがいるの?」
「ああ」
「それも、女?」
「そうだ」

腹が立つ。そんな資格もないくせに、腹が立った。
同じ医女でありながら宴席の酌にしか呼ばれない私と、この男が初めて口にした、医女というその女。
女を安売りしなくても、医官と呼ばれるその女。
何よりもその女の事を口にした時、初めて男の横顔に戻った生気。

きっとその女だ。この男がこれほど首を長くして待つのは。
きっとその女だ。この男が此処を離れようとしない理由も。
そうでなければこれ程大切そうに、口にするわけがない。
まるでその姿を探すように、男の眸が庭を、空を、こうして見回しているはずがない。

「女を売りに出来ないほど、不細工だったんでしょう」

腹立ちまぎれに吐き捨てた私の一言に本気で腹を立てたように、ソンジンは音を立てて椅子から腰を上げた。
「ウンスは」

ウンス。
初めて口にしたその名で自分自身を抑えられなくなったように、唇を白くなる程強く噛む。
そして宥めるように息を整え、 低い声で言い直す。
まるで私にその名を伝えてしまったことで、ウンスという大切な名が穢れるかのように。

「その女人は化粧もせん。着飾りもな」
座ったままの私を蔑むように睨み、最後に確りと告げる。
「それでも外も中も医術の腕も、目が醒める程美しい」

足音高く部屋を出て行くソンジンの背を、声も返せずに見送る。

軽蔑された。

私が何をしているか分かった時ですら哀れんだだけだった眸に、今初めてはっきりと浮かんだ軽蔑の色。
追い駆けたい。追い駆けて訊きたい。一緒に都まで来てよ、そう頼みたい。
けれど先刻のソンジンの眸に浮かんだあの色が、私を止める。
あの眸でもう一度見られたら、そう思うだけで怖い。
あの名をもう一度呟かれたら、一歩も動けなくなる。

治療も、化粧も、医女にも妓女にもなれなくなる。
そうしたら、私はどうすれば良い。
医女にも妓女にもなれない私に、生きていく道なんて無くなる。

背が消えた後の開け放った扉向う、白い陽射しに灼かれる夏の庭。
乾いた土に撒く水程度でも良いから、私の心を癒すような、潤すような、優しい言葉をくれれば嬉しいのに。

 

 

 

 

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1 個のコメント

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    もう、ソンジン!
    カッコイイ!モムチャン!歌もダンスも上手い!⬅これは、チ・チャンウク氏。
    さらん様、ここの画像、欲しいです。

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