星雨【壱】 | 2015 summer request・流星群

 

 

【 星雨 】

 

 

チェ・ヨンは黒い土の上、露を抱いた下草を踏みしめる。
陣の上、揺れるのは黒い空に瞬く、銀の砂を撒いたような星。

陣が静まっているのは、夜中だけだからではない。
声が漏れて敵に居所を嗅ぎつけられぬよう、兵たちは息を殺し周囲の気配を読んでいる。
何しろ今野営を張っているのは既に敵地、元の地なのだ。

そんな事をしても疲れるだけだ。
チェ・ヨンは愛馬の鞍に縛ってあった毛敷物を外し、手近の地面に敷いた。
「テマナ」

即席の敷物一枚。
簡素な寝床を作ったチェ・ヨンの呼び声に、テマンが脇の木の幹を滑り降りて駆け寄る。
「はい、大護軍」
「寝ろ」
「ででも」

大護軍に限って、そんな事はないだろうが。
テマンは鬼剣を横に、地面の敷物に身を投げ出したチェ・ヨンを見詰めて首を振る。
万一にも深く寝入っている間に、敵が襲って来れば。

チェ・ヨンは敷物の上に手足を伸ばして転がり、目を閉じて言った。
「心配するな。近くに気配はない」

それだけ言い残しあっという間に立て始める寝息を確かめ、テマンは先刻滑り降りた木の幹にもう一度素早く登る。

それでも駄目だ。何があろうと大護軍だけは失うわけにいかない。
たとえ不眠不休が十日続いても。

 

*****

 

「チェ・ヨン」

王に呼び出された康安殿。
チェ・ヨンは黙して王を見詰め返し、次の言葉を待つ。
「元の大都で、托克托が挙兵した」

チェ・ヨンはその声に眉を顰める。
「托克托といえば、元の中書右丞相」
「まさに。そしてトゴン・テムルを擁したバヤンの甥でもある。元では有数の軍閥の長だ」
「・・・相手は」
「張 士誠という男だそうだ」
「内乱ですか」
「ああ。托克托が十万を率いて紅巾族の鎮圧中に、張 士誠が淮東にて反乱軍を興した」
「さようですか」
「この張 士誠が曲者でな。製塩を生業とする豪族だが、塩の大産地な上、大運河の拠点である淮東を押さえて挙兵した。
元国内の物資の運搬も滞っておる」

面白そうな話だと、チェ・ヨンの黒い眸が光る。
その眸に王が頷いた。
「高麗より精鋭二千騎を送れと、要請が届いた」
「恩を売り、元の内情を知るには好機かと」
「人選に入ってほしい。選抜出来次第の出立だ。最精鋭の兵を送らねばならぬ」
「元の為に犬死したい者が居るかどうか」

チェ・ヨンは暫く考え込むように口を閉じ、やがて王と目を合わせる。
「・・・王様」
「何だ」
「某が参ります」

チェ・ヨンの思わぬ提案に、玉座の王が立ち上がる。
「ならぬ」
「王様」
「人選だけすれば良い。そなたが行く必要はない。第一北方より戻って来たばかりではないか」
「某が最適かと」
「チェ・ヨン!」

苛立たし気に声を上げる王へ、チェ・ヨンは首を振る。
「某が出ずに、兵のみ送る訳には参りません」
「そなた」
「王命を」

退かぬ男に王は息を吐く。
医仙がこの地を去って以来、まるでこの男は出逢った当時のようだ。
皇宮を避けるように、北へ北へと行きたがる。
しかしあの頃と違うのは、決して諦めぬ事。
まるで医仙が戻るまでに北方を掌握し安全に戻る地を作ろうとするかの如く、憑かれたように北方故領を奪還していく。

「そなたがいかに勇猛な武将とはいえ、元で厚待遇を受けられるとは思えぬ」
「端より期待しておりません」
「しくじれば否応なく責が及ぼう」
「覚悟の上です」
これ以上は何を言っても無駄なのだろう。
チェ・ヨンの黒い眸が言っている。早く王命をと。

それでも王は悩む。この男ではなく他に居らぬか。
叔父である徳興君の遁走に徳成府院君 奇轍の頓死が重なり、国内が幾分安定したとは言え、チェ・ヨンの存在が無くば軍も民もこれほど己の声に従う事はない。
この男無しで国を纏め、元に反旗を翻す事など無理だ。
官軍にせよ禁軍にせよ、自分に従うのは偏にチェ・ヨンが己に忠誠を尽くしているのが理由だと王は知っていた。
この男を失くしたくない。絶対に。最初で最大の臣として。比類なき真摯で誠実な友として。

高麗の兵の力を披露し、簡単に手は出せぬと元を牽制した上で武功を立て、トゴン・テムルと奇皇后に十分な恩を売れる者。
この男の他に、誰か他に居らぬのか。
軍議の席に常に居並ぶ顔を一つ一つ思い返して、王は思う。
どの者も何れ劣らぬ精鋭だ。何故ならこの男が鍛えている故に。
しかしそのどの者にしても、この男当人とでは比べ物にならぬ。

此度の兵二千騎を率いるのに、この男以上の適任者は思いつかない。
諦めた王は溜息交じりにその名を呼んだ。
「迂達赤大護軍」
「は」
「元への援軍二千騎を預ける」

チェ・ヨンは椅子から腰を上げ、その場で深く頭を下げる。
「王命、受け賜りました」
「一騎も欠けずに戻れ、良いな」
「は」
素早く立ち上がり踵を返して殿の部屋を抜けるチェ・ヨンの麒麟鎧の背を、無言のまま王は見送る。

 

*****

 

「元への出征ですか」
「ああ」
「お帰りになったばかりで、わざわざ敵を助けになど」
迂達赤兵舎の私室、向かい合ったチュンソクが渋い顔で唸った。

「王命だ」
「・・・分かりました」
「で、二千騎の選抜はどうする」
同席するアン・ジェが頷きながら、チェ・ヨンへと目を流した。
「官軍から千、禁軍から千」
「分かった」
「迂達赤からはどうしますか」
「テマンのみ連れていく」
「は」
「禁軍からは俺が出す。官軍はどうする。お前が選ぶか、チェ・ヨン」
「兵部の二軍六衛に声を掛ける」
「俺からも口添えしておこう」
アン・ジェは言い残し、席を立った。

「出立は」
「選抜が終わり次第、王様へ報せる。その後直ぐだろう」
「急がねばな」
足早に出ていくアン・ジェの後姿を見遣り、続いてチュンソクが椅子を立ち、チェ・ヨンへ頭を下げる。
「留守中頼んだ」
「は」
最後に深く頷いて、チュンソクが部屋を出る。

残されたチェ・ヨンは部屋を見回す。
そしてほんの一瞬、部屋の窓の外へ眸を投げると、勢い良く椅子から腰を上げ、二度と振り向かないまま部屋を出た。

 

 

 

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