夏祭り【前篇】 | 2015 summer request・夏祭り

 

 

【 夏祭り 】

 

 

まだ明るいままの夏の空。
皇居からの帰り道、いつもだったらそろそろ閉店のはずの大路の店も今日は閉める気配がない。
それどころかあちこちから出て来る人混みは増える一方で、その中を流れに逆らって家に向かうチュホンも耳をぴくぴく動かしてる。

背中の後ろからこの人が私ごと抱くように長い腕を伸ばして、チュホンの首を大きな掌でゆっくり撫でた。
「案ずるな」
チュホンの耳がようやく落ち着き、この人の気配だけ読むみたいに、後ろを向けたまま落ち着いた足取りで家への道を軽く歩き始めた。
「ねえ、ヨンア?」
チュホンの背中に揺られながら首だけ後ろに向けて、背中を後ろから抱いたままのこの人に聞いてみる。
「はい」

いつもすごいと思う。
私を前に乗っけて自分は鞍にすら跨らずに、裸のチュホンの背の上で、落ちるどころか揺れもせずに座ってる。
普段からよっぽど体幹鍛えてるのね。
「あのね、こないだチュホンが蹄をケガして思ったんだけど」
「ええ」
「チュホンに2人で乗るから、負担もかかったのかなって。
やっぱりどんなに皇宮まで近くても他にもう1頭、馬が必要なんじゃない?
これからは私も戦地に一緒に行くし、そういう時は普段から慣れた馬の方がいいかなと思うし」

背中からの溜息が、私の髪を揺らす。
「こいつは他の馬と諍いを起こすような性格ではないが、頑固で我儘ですから。
他の馬と厩でどうか・・・」
「そうか・・・ヨンアの事、大好きみたいだものね」
「何しろ戦場でまず命を懸けて俺を護ってくれるのは、イムジャとこいつゆえ」
「そうよね」

私がチュホンの首を撫でても、チュホンの耳は動かない。
多分こうやって背に乗せてくれてるのも、賢いこの子はこの人のためだって知ってて、我慢してくれてるのよね。

「しかしイムジャのおっしゃることも分かる。考えます。
迂達赤の馬ならばこいつも馴れている。その中からイムジャの乗り易そうな、穏やかな奴を選びましょう」
「うん。でもチュホンが嫌がったら忘れてね。この子が一番大切な、あなたのパートナーなんだから」
私の声に、後ろからの溜息が嬉しそうなものに変わる。
「判りました」

その穏やかな声に。
私の腰を抱くみたいに、後ろから回してチュホンの手綱を握る腕に。
そしてこの背中が軽く触れる硬い胸の筋肉に安心しながら、私は少しだけその胸に背中を預けてみた。
「・・・あまり力を抜くと、落馬します」
この人がぶっきら棒な声で言う。恥ずかしいだけのくせに。
「大丈夫。チュホンに乗ってるし、後ろにはあなたもいるし」
「・・・しようのない方だ」

振り払わなくなっただけでも進歩よね?
最初の頃は、握手だけでも握った手を振り払ったもの。
思い出し笑いをしながら、町行く人たちを、チュホンの背の上から見渡す。
目線の高さで遠くまで見渡せるから、人の多さが分かる。
「ねえ、ところでヨンア」
「はい」
「今日はすっごくが人多くない?」
「・・・ああ」

この人は、知らなかったのかと驚くみたいに言った。
「夏祭りです」
「何それ!!」
私の大きな声に、チェホンの耳がぴくん、と動いた。

 

*****

 

「ヨンさん」
チェホンの背を滑り降りコムに手綱を預け、この方を鞍から降ろす間も紅い唇が止まる事はない。
「知らなかった、そんなの先に言ってくれればいいのに。どこで?何があるの?なんかイベント・・・催し物とかある?
どれくらい遅くまでやってるの?行く?一緒に行きたいな」

コムはこの方の矢継ぎ早の声に目を白黒させ、チュホンの手綱を握ったままで、俺へと目を投げた。
諦めたように頷くと髭面の中の目が苦く笑み、コムはそのまま預けた手綱を門脇の横木へと結び、チュホンの飲み水を汲む為井戸へと歩いて行った。
しゃべり続けるこの方と並び、宅の玄関へと向かい
「落ち着いて下さい」
そう宥めるこの声は、どうやらうまく届かぬらしい。

「だって夏祭りでしょ?先の世界なら、音楽フェスかプールパーティか、どっちかだもの。どっちでも楽しいじゃない。
あ、例え水撒くようなお祭りでも、別にビキニは着たりしないし安心してね?」
「イムジャ!」
びきに、の一言を聞き漏らさず唸る俺を軽く往なし、この方は嬉し気に一方的に話し続ける。
「嬉しいなあ、そんなお祭りが秋夕前にもあるなんて。高麗にはそういうの、あんまりないと思ってた」
「水は撒きません」
「そこにこだわってるわけね・・・ただいまぁ!」
「お帰りなさいませ、大護軍、ウンスさま」

玄関先で頭を下げ出迎えたタウンに向かい、跳ねるように
「ねえねえタウンさん!今日夏祭りだって!知ってた?」
いきなり手を握られたタウンが俺を見遣る。
その目に顎で頷き返すと
「・・・ええ、ウンスさま。お出かけされるのですか」

そう言ってこの方の手をゆっくりと解きながらタウンが尋ねる。
「うん、行きたいの。あ、ねえ!!」
俺を見上げ、そしてタウンへ戻した丸い瞳が期待に瞠られる。
「タウンさんとコムさんは、今晩なんか予定ある?」
「いえ、それは特には・・・」
戸惑いながらタウンが首を振る。
「じゃあ夕餉食べて、みんなで一緒に行こう!」
その誘い水に、タウンが口を丸く開いた。

「お風呂も入ったし。今から晩ご飯食べて支度して、出掛ければ丁度いい時間なんじゃない?」
本宅の居間で初めて向かい合い、タウンはその背を伸ばし微動だにせず端座している。
コムは逆に居心地悪げに、でかい体をなるべく小さく、縮めるように背を丸めていた。
そうして二人で目の前のこの方を、じっと見つめている。
「・・・ウンスさま」
「うん?」
「ウンスさまのお気持ちは本当に嬉しいです。私たちのような下働きに」
「ストップ!!」

この方がタウンに向けて腕を伸ばし、両掌を突き出した。
「・・・え」
「下働きって、なあに?」
「・・・は」
タウンとコムの目が、突き出された小さな両掌に当たる。
「私はタウンさんとコムさんが手伝ってくれるから、こうやって家を守ってくれるから、安心して仕事できるの。
この人もそう。タウンさんとコムさんがいなかったら、家も長く空けられない。
お願いして来てもらったのはこっち。それを下働きってなあに?
ルームシェアとか、寮生活とか、友達とか仲間とか、そんな風に思ってもらえないの?」

俺はなんと言ったろう。最初にこの方に何と伝えた。
家を守る者、下働きを雇うと、そう言わなかったか。
「タウン、コム」

俺の声に、奴らの目が此方へと向いた。
「すまん」
背を伸ばし奴らを真直ぐ見て小さく頭を下げると、二人は仰天したように息を呑む。
「大護軍!」
「ヨンさん!」
「俺が最初に言ったかもしれん。下働きを雇うと、探し始めた時。
お前らをそんな風に扱ったなら、すまん」

真直ぐ顔を上げ直し、奴らの目に向かって問い掛ける。
「今宵は、どうだ。仲間内で一杯」
「えーーっ!」

何故此処でそれほど不満げな声を上げるのだ。
タウンとコムが何か言おうと口を開けた途端のこの方の大声に、皆の目が其方へ向く。
「1杯なんかじゃなく、みんなで潰れるまで飲もう!!」
「・・・はい」

今宵ばかりは異論はない。目許を緩ませ俺は頷いた。

 

 

 

 

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