夏祭【後篇】 | 2015 summer request

 

 

「きっとマンボ姐さんたちは忙しいわよね?」
「恐らく」

宅の門から四人で連れ立ち、塀脇の道を真直ぐに大路へと歩く。
「じゃあ、最後に寄ってこうか」
「ええ」
「まずは夜市を見て、音楽聞いて、ぶらぶらしよう!」

回る途はすでに頭にあるらしい。
その横を護りながら、斜後ろのコムへと声を掛ける。
「コム」
「はい、ヨンさん」
でかい体が一歩寄る。

「チュホンの他に、もう一頭増えるかもしれん」
「ウンスさまの馬ですか」
「ああ」
「あいつは賢いし、優しいですから大丈夫です」
「お前の手間が増えるぞ」
「そんな事はないです。可愛いですから」
これではチュホンも心を開くはずだ。コムに頷きながら
「さて、イムジャ。何処から」
大路へぶつかり尋ねた俺に、人出の多さに驚いたこの方の丸い瞳が振り向いた。

「ノリゲ!」
「・・・ええ」
色鮮やかな飾りの並んだ店先で、長い髪が揺れる。

店先の提灯に日を入れるには、未だ明る過ぎる空。
通行人の人いきれが夏の夕の空気と相まって、大路を満たして行く。

この人波でも、飛び抜けてでかいコムを見失う恐れはない。
コムも考える事は同じなのだろう。
人波の中ふと目を上げ、頭一つ抜きん出た俺を認め笑って頷く。
迷子の心配だけは、互いに無さそうだ。それより余程怖いのは。

「あ、沓!」
そう叫び此方の居場所すら碌に確かめずに、大路を歩くこの方。
「はい」
その刺繍を施した沓を、指先で触れじっくり眺める横顔に
「買いますか」
尋ねてみても首を振るだけだ。

大路の人波の中を進めば、周囲からは
「大護軍様」
そんな呼び声が掛かる。見つけ易いのも時に考えものか。
目を遣り顎で頷くたび、気付けばあの方の小さな背が人波に呑まれて消えそうで、慌てて足早に追いかける。

西空の紅紫が深まるほどに、店先の提灯の光が増すほどに、大路は賑わいの声を大きくしていく。
振り向けば、コムはタウンと僅か後ろを進んで来ている。

「イムジャ」
「なあに?」
「これからもっと増えます。はぐれず」
「うん!」
そういう端から
「簪屋さん!」

小さく叫び人波をかき分け走り出す背を追い掛ける。
「大護軍様、お元気ですか」
「お楽しみですか」
人波から掛かるそんな声に一瞬注意を逸らされながら。

「おや、久々じゃないか!」
酒楼の門をくぐった途端、でかい声に出迎えられる。
さすがに祭の夜だ、いつものように空いている訳もない。
客で埋まった賑やかな手裏房の酒楼に踏み込むと、マンボが驚いたように目を瞠った。

「珍しいね、あんたが天女以外の客まで連れてるなんて。祭の音色に誘われたかい」
「まあな」
「じゃあそこに座んな」
示された卓へ腰を下ろし、東屋の奥を見、周囲の石段へ視線を巡らせる。
見慣れたシウルもチホも、勿論ヒドの姿も無い。
「酒だよ」

マンボが運んできた酒瓶を、音高く卓の上へと並べていく。
「奴らは」
「みんな仕事で出払ってるよ。すぐ帰って来るけどね。何だい、誰かに用かい」
「・・・いや、静かで良い」

この忙しい処を一人で切り盛りとは、マンボも苦労な事だ。
何処からともなく風に乗り流れ来る箏の音を聞きながら、運ばれた酒瓶に手を伸ばす。
「ヨンさん」

コムがでかい手で酒瓶を握り、軽々と持ち上げると傾けて、俺の前の杯を満たす。
俺は他の酒瓶を持ちあげると、同じようにコムの杯を満たした。
脇のこの方は目の前のタウンの杯を満たし、タウンが驚いたように首を振るのに
「お祭りだから、1杯だけ。ね?」
タウンがこの方の杯を満たした処で小さな手で杯を握りしめ、卓の真中へと突き出すと
「じゃあ、かんぱーい!!」

そう言って皆の手にした杯に、次々にご自分の杯を当てていく。
そして口元を隠すでもなく杯を呷り、
「・・・っはー、おいしい!」
相変らず強いわけでもないのに、飲みっぷりだけは良い方だ。
驚いたように目を丸くするコムとタウンに向かい
「慣れてくれ」
低く唸ると、奴らは無言で頷いた。

「あー、タウンさん、飲んでなーい!」
卓向かいのタウンに向かい、この方が言って杯を指す。
もうかなり飲んでいる。卓上には空の瓶の数が増えていく。
「いえいえ、頂いていますよ」
「嘘お、減ってないもの」
「本当ですよ、ウンスさま」

酔って絡み始めたこの方を宥めつつ、俺に向かい
「大護軍。一旦、お水を頂いてまいります」
タウンがそう言って、この方の向かいから静かに立ち上がった。
「あ、私も行く!」
「大丈夫ですよ、ウンスさまは座っていてください」
「行くってばー」
その声が大きくなっている。そろそろ潮時かと腰を浮かすと
「ヨンア、駄目、まだ帰んない!」
・・・相変らず、おかしな処ばかり気の付く方だ。
「タウン、済まんが」
「えええ、私も行くー」
「あなたは此処に」
「やだ、行くってば!」
「判りましたウンスさま、行きましょうね」
タウンがこの方の手を握って立たせ、二人はゆっくりと厨の方へと歩き出した。

その時酒楼の門から、また一組新しい客が入って来た。
その男たちも酔っているのだろう、赤い顔で大声で何やら仲間内で唾を飛ばして喋っている。
余所見をしたまま先頭を歩いていた男が、酔ってふらつくこの方へ激しくぶつかった。

「ちょっと、痛いじゃない。前見て歩きなさいよ」
あの方がぶつかって来た男に言ったところで、その男が大声を張り上げる。
「おい、女!」
タウンに支えられたままのこの方が、その声に振り返る。
「それがぶつかった者への態度か!」
「ぶつかって来たのはそっちでしょ?どこに目ぇ付けてんの」

この方の言う事は尤もだ。しかし相手は酔った男の集まり。
女一人に怒鳴られ、血相を変えてこの方を取り囲む。
俺は息を吐き、椅子から無言で立ち上がる。

「女のくせにみっともなく酔っ払った上、生意気な口を」
「女の、くせに?」
「ウンスさま、放っておきましょう」
タウンがそう言ってその客の男とこの方の間へ立ち塞がった。
「どうせ女、女と、女人相手にしか吠えられぬ男です」
「おお、主も主なら、付き添う女も躾がなっておらん!下品な主に相応しい品の無さだな!」

その声にコムが椅子から腰を浮かす。
立った拍子に手を付いた卓が、悲鳴のような軋みを上げる。
怒鳴り声を張り上げる男の周囲から伸びた別の男の手が、この方を突き飛ばそうと触れる直前。
「死ぬか」

手を伸ばしたその男の耳元で、俺は低く唸った。
そしてコムはタウンと男の間に巨きな体で割って入り、ごく軽く男にぶつかってみる。
「ぶつかった。次は男だ。文句があるなら言ってみろ」

飛び込んだ俺達を中心に、喚いていた男の連れが色めきだつ。
相手はざっと六人ほど。多勢に無勢だと思ったか。
しかし表でやらねば、マンボがまた煩いだろう。
そう思い、まずは駆け出すか此処で一発殴るかと考えた刹那。

「あれ、ヨンの旦那じゃないかー」
門から掛かった軽い声に、俺とコムの目が向く。
「何してんだ旦那、こいつら誰だ」
矢筒を背に負ったシウルと槍を担いだチホが、呆れたように此方へと寄って来る。
「おいおい、お前ら、知ってんのか」
シウルが矢筒から一本矢を抜くと、その矢尻羽に息を吹きかけ指先で整えながら、呆れた様子で男たちに吐き捨てる。
「ここにいるの、迂達赤大護軍と友達だぞ。お前らが囲んでるそっちの女人は、この人の奥方たち」
チホは俺達の輪の周囲をゆっくり歩きながら最後にコムと対面している男の肩を叩いて、その顔を後ろから覗き込む。
「鬼神みてぇに強いが、普段は穏やかな いーい人たちだ。奥方にさえ手を出さなきゃな。出したら最後」

奴は親指を立てると覗き込んだ男の首の前、ゆっくりと左から右へ、横に動かして見せた。
「こうだ」

男たちは慌てて何処へともなく頭を下げると、今しがたシウルたちが入って来た門から慌てて表へ駆けて行く。
「二度と来んなよー」
チホが最後に、槍を振り上げながらそう叫ぶ。
「何言ってんだい、帰って来て早々!」

後ろを通りかかった事情を知らぬマンボが、奴を怒鳴りつけた。
「お客に向かって何てこと言うんだよ!早く手伝っとくれ、こっちは見ての通り大忙しなんだ!
出す皿も杯も汚れて、もうひとつも残ってないんだよ!」
「私がやります」
タウンが笑いながら頷き、マンボに続いて厨へ向かう。
「では、俺は卓の片づけを」
そう言いながらコムは大きな手で、手近の卓の空の食器を丁寧に集め出す。

「で、何だったんだあれ?」
「ああ」
俺は笑いながらこの方のふらつく体を支えて卓へと戻り、腰掛けさせてから言った。
「開京の祭り見物の、田舎貴族だろう」
「はあ、なるほどな。だから旦那の顔も知らねえのか」
シウルが首を捻りながら、俺達の後を付いて来る。
「追っ払ったんだから、褒美くらいあるよな、な」
チホが嬉しそうに、俺へとそう尋ねる。
「暫くあの背高にかかりっきりで、旦那と打ち合ってねえぞ。久しぶりにやるか。明日とか、やるか」

仕方ない。作るつもりはなかったが、借りを作った。
渋々頷く俺に、チホが嬉しそうに笑う。
それを見たシウルが、奴の前に立って叫ぶ。
「あ、何でお前だけなんだよ。俺だって追っ払ったぞ」
「ならお願いしますって頭下げりゃいいだろ、俺みたいに」
「下げてないだろ!」
「下げたろうが!何処に目ぇ付けてんだ、見えるのは弓だけか」

煩くて仕方ない。こいつらが帰る前に退散しておくのだった。
後悔しながら卓の酒瓶を掴み、直に呷りながら一息吐く。

なあ、ヒドヒョン。
俺達の身内ってのは、何だってどいつもこいつもこう向こうっ気の強い奴らばっかりなんだ。

お前がそうだからだ、と言われそうで、慌てて首を振った。
そんな事はない、俺はまともだ。気は短いが、こいつら程見境なくはない。
俺は首を振り続けた。
「・・・ヨンア。お主、何してる」
一足遅れて戻って来たヒドに、そう不審げに声を掛けられるまで。

 

 

【夏祭 | 2015 summer request ~ Fin ~ 】

 

 

 

 

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