向日葵【陸】 | 2015 summer request・向日葵

 

 

「あ」
この方と逢う時にはいつも心の臓が躍っている。
いつでも走ってそこへ向かうからだ。

待ち合わせの店先。
佇む女人の二人連れに気づき、足早に駆け寄っていく俺の姿に大きく手が振られる。

「チュンソク!」
ハナ殿を振り切ってでもすぐに駆け寄って来ようとするから、此方としては怖いのだ。
今日もこの方へ走り寄ると、キョンヒ様は心から嬉し気に店先で俺を出迎えた。
「お帰り、チュンソク」
「帰りました」

俺の後ろから近寄る大護軍と医仙に目を遣って、キョンヒ様が笑いながら手を振った。
「ウンス、大護軍」
「キョンヒ様、わざわざ済みません」
医仙はそう言いながら、沓を鳴らしてやって来た。
「よし、行こう」
揃った皆の顔をぐるりと見渡してキョンヒ様は頷き、店先から奥へと中を覗き込んだ。

「誰か居らぬか」
その声に奥から女が顔を覗かせる。
「これは儀賓大監のお嬢様、ようこそ」
そしてキョンヒ様の周囲の俺達に、不思議そうに目を当てる。
「こちらの皆さまは」

どう見ても供には見えず、かといって馴染み客でもなく。
一体誰だと訝し気な目に、キョンヒ様は胸を張るように答えた。
「私のお客様だ。仕立ててもらいたいものがあってな」
「それは失礼致しました。さぁ、どうぞ奥へ」

店の主と思しき女はキョンヒ様の一言に笑顔を作り、そう言って俺達を店奥へと誘う。
「それでは、何をお仕立てしましょう」
「この御二人の御婚礼衣装だ」

大護軍と医仙を示すキョンヒ様の声に
「おめでとうございます」
女は頭を深く下げ、そして目を上げると
「失礼ですが、もしやこちらの旦那様は」

そう言って、大護軍を小さく目で示す。
「主は知っているか。皇宮の迂達赤大護軍だ」
キョンヒ様はそう言うと、続いて俺を手で示し
「こちらは私の許婚、迂達赤隊長。今回は私達の婚礼衣装も決めたくてな」
「重慶でございますね、重ね重ね、おめでとうございます」

それはそうだろう。大護軍の婚儀の衣装に、儀賓大監の姫の衣装。
どちらも自分のところで仕立て上げれば、さぞ話題になる。
ささくれた気持ちでそんな事を考えつつ、俺は軽く頭を下げた。

「これで、縫って頂きたいんです」
医仙の言葉と共に大護軍が抱えていた巻物の上紙を剥ぎ、白絹を無造作に店の卓の上へと広げる。
女主人は卓の上、柔らかく広げられた絹を見て取り
「見事な白絹でございますね」
溜息のように頷いた。
「で、デザ・・・意匠なんですが」

医仙は懐から紙を取り出しながら、女主人にそれを渡した。
「たっぷり長さを取ってほしいんです。後ろはト・・・えーと裳裾を前より長く取って、流すみたいに。
歩いた時こう、靡くみたいに」
「白では裳裾が汚れるかと思いますが」
「着るのは一度だけなので」
「さようでございますが、その後仕立て直してお召しになるなどは」
「考えていません」

医仙はきっぱり言い放ち、大きく笑った。
今日の夏の陽射しのように白く、透明で、明るい笑顔で。
「で、細かい処なんですが」
そこまで言って口を噤み、横に腰掛けご自分をじっと見る大護軍へ明るい薄茶の瞳を移し。
医仙は今更気付いたかのように息を呑む。
大仰な息継ぎに大護軍が驚いたよう微かに目を瞠った次の瞬間。

医仙の小さな手が瞠られた大護軍の両目を、ぱちんと音を立てて隠す。
その音に驚いたキョンヒ様が喉を鳴らし、ハナ殿が小さく声を上げる。
俺もそして女主人も、それぞれの目が大護軍の顔へと当たる。
・・・初めて見た。正真正銘初めてだ。今まで戦場で大護軍の顔に傷をつけられる敵など、ただの一人も。

「イムジャ」
塞いだ勢いや痛さではなく、その急な動きに驚いたのだろう。
目を塞いだ医仙の両の手を解こうと大護軍のでかい両手が、医仙の手首を柔らかく掴んだ途端
「駄目、ダメダメダメ!!」

医仙は越境し、見えもせぬ大護軍に向けて懸命に首を振る。
「駄目ヨンア、しばらくお店を出て。1時間、ううん45分でいい」
「しかし」
「駄目、絶対ダメ、見ないで。見たらダメ!」
「此処まで来て隠すおつもりですか」
「そうよ、当日までダメ、式の当日までは絶対見せられない!チュンソク隊長!」
「は、はい」

急に名を呼ばれ、俺は慌てて返答する。
勘弁してくれ。これで大護軍は、また俺をぶん殴りたく思っているのではないか。
「一生のお願い、ヨンア連れて外に出て!」
「・・・だそうですが、大護軍・・・」
「・・・判りました」

医仙が大護軍の返答にようやく両手をその目許から退かし、御自身が広げた絵の描いてある紙の束に覆い被さって隠す。
「眸を開けて良いですか」
「うん、大丈夫。でもちょっとだけ出ててね?一生のお願いだから」

医仙のお許しを確かめてから目を開いた大護軍は、卓へ張り付いた医仙を横目で眇め見る。
そして大きく息を吐くと首を振り、黙って卓の前から腰を浮かせる。
最後に小さく顎を引き、その場で踵を返し、大きな歩幅で無言のまま入口を抜け、表の通りへと姿を消す。
「キョンヒ様、俺も暫し表で」

その場のキョンヒ様へ一礼を残すと俺は大護軍の背を追い、続いて扉を飛び出した。

 

 

 

 

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3 件のコメント

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    やっと 仕立ててくれそうないい感じ
    いい気分で 早速デザイン打ち合わせ…
    そうよ そうよ~
    新郎には当日まで 秘密よね
    当日 綺麗な姿を 見てもらいたいものね
    さて、ヨンには伝わるかしら ( ´艸`)
    ぽっぽ お疲れ様です。

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    いつもすごいと思うんですが、お話のあとのブログ村へのクリックの画像がお話とピッタリで(°∀°)b
    そしてそのヨンに見惚れる私でございます(〃∇〃)

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    さらんさん、夏リクテーマ「向日葵」、わくわくしながら毎日、拝読させて頂き、ありがとうございます。
    慣れとは怖いもので、誰からも恐れられ尊ばれているヨンも、体面を気にしないどころかウンスへの熱いまなざしまで隠さなくなりつつありますねσ(^_^;)
    それもこれも、自分自身への深い愛を感じているからでしょう❤︎
    ただ、周りはふだんのヨンとのギャップに戸惑ってしまうかもしれません。ふふふ…(#^.^#)
    どんなウエディングドレスができあがるのでしょうか。
    その姿を、ヨンがどんな表情で見つめるのか、想像するだけでドキドキします❤︎❤︎❤︎
    さらんさん、秋晴れの日が続いていますが、時には素敵な景色を見に行きたいですね。

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