夏暁【玖】 | 2015 summer request Finale

 

 

またこいつか。
目の前を塞いだ三人の男に嘆息する。
先日、往来であれ程赤恥をかかせてやったはずだがな。
馬鹿の一つ覚えとはこの事だ。
一度あれ程しくじったなら、次は別の手を計じるのが兵法だろうに。

おまけ俺がソヨンと寝ているとは、その妄言に臍が茶を沸かす。
目の前で口角泡を飛ばし何やか叫ぶ負け犬に呆れた眸を当てると、男の前に二人の兵が進み出た。

ああ。この女々しい間抜けも、少しは頭を使ったのだな。
前回の兵よりは、多少使える者を連れて来たらしい。

傘の柄を使う場合ではない。悠長に顎を突く場合でも。
迷わず傘を地面へ打ち捨て、そのまま剣を抜く。
足許の土を利き足で踏みつけ、相手との間合いを測る。

闇夜なのが幸いだ。相手は行燈の光を負い、輪郭がよく見える。

己の足が闇の域を踏み越えぬよう、地を固める。
こんな手合いに辛抱は利かん。

思った通り。
構えるが早いか無言で大きく踏み込み斬り掛かって来た一人目を避け、そのまま半身を返しその剣腕を斬りつける。
相手の剣が地へ落ちた処で、勢いのついた己の剣でその腿を横に薙ぎ払う。
一人目の剣客が、落した剣の横へ膝をつく。

剣を拾われれば面倒だ。地の剣をこの爪先で大きく前の二人目へと 向かって蹴り飛ばす。
真直ぐ飛んできた剣を避けようと二人目の男の体制が崩れた処で、そのまま相手の懐へ飛び込んだ時。

二人目の剣客は何を思ったか、そのまま地へ自ら剣を投げ捨てた。

何だと思ったその瞬間、腰の後ろから短刀を抜いた男は抜いた勢いのまま、その短刀を俺の胸へと力一杯突き立てた。

至近からの短刀の勢いに息が詰まる。
この手から離れそうな剣の柄をもう一度握り締め、半歩飛び退る。
短刀は衣を貫き、胸に刺さったままだ。

は。は。自分の胸が短く浅い息をする。

「ソンジン!!」

ソヨンの叫び声が後ろで聞こえる。
黙ってろ。煩い女だ。

は。

三度目の短息に合わせて諸手で剣柄を握り締め、踏み込んで同時に真横に払う。
相手はさすがに、此方の反撃は予想していなかったらしい。
地に擲った剣を拾う暇もなく派手に血飛沫を上げ、男は仰向けのまま地に向かって倒れ込んだ。

そのままの勢いで、目前の間抜けな男の喉元へ刃を当てる。
「生かしておけば、またやるな」
二度あることは三度あると云うではないか。
兵法を知らぬこの男なら、何度でも面倒な供を二人連れて来るだろう。

短刀を胸に突き立てたままの此方に目を遣り、紙のように白い顔で、男はしきりに首を振る。
「嘘をつけ」
剣先に僅かに力を込め押し付けると、男はそのまま剣客の血で濡れた黒い地面へ、べたりと腰を落とした。
「ソンジン!!」
叫んだソヨンが俺の背へとしがみ付き、上衣を揺らす。

「碌な事が無い。斬って良いか」
「駄目、それよりあんた」
「斬らんのか」
「あんたは、傷は」
「斬るのか、斬らんのか!」
「早く行きなさい!二度と私に構わないで!!今夜の事は観察使様に直接伝える!
父親が大切ならこれ以上顔を見せないで!」

ソヨンの絶叫に間抜けな男はよたよたと腰を上げ、行燈すら持たず暗い夜道へ消えていく。
蹴り飛ばした一本目、そして二人目が落とした二本目の刀を拾い上げ、纏めて道脇の昏い叢の奥へと放り込む。

離れた叢の中の地面へ剣が落ちた、鈍い音を確かめる。
握った剣を鞘へと納め胸の短刀の柄を握ると、この背から正面へと回り込んだソヨンが叫ぶ。
「駄目、抜かないで!!」

本当に、先刻から煩い女だ。
制止の声を右から左へと聞き流し、腰を折ると短刀の柄を握る手に力を込め、息を詰め、思い切り引き抜く。
「ソンジン!!」

抜いた短刀を握ったまま、深く深く息を吐く。
全くの無傷と言うわけにもいかんな。やはり多少は斬られている。
「ソンジン、ソンジン!!どうして!!」
俺は大きく息を吐くと、倒していた胸を上げる。
そして男の残して行った行燈の灯の中、無理して笑って見せる。
悲しくて、そして嬉しくて。

ウンス、ただの偶然かもしれん。それでも其処に運命を探す。
お前がその両腕で、守ってくれた気がして仕方がないから。
斬られて裂けた上衣の懐へと腕を突っ込み、中に納めていた医書を指先で引き摺り出す。

ウンス、お前を捜す手間が省けた。
帰宅して読み解けば、恐らく刀傷は、お前の名前の上にある。
あの穢れた男の刃で、お前が斬られた気がして我慢が出来ん。

納めた鞘の中、剣柄をもう一度握り直す。
この手の震えが伝わった剣身が、鞘の中小さく音を立てている。
今から一思いに、斬り殺してやろうか。
深手を負ってはいるものの、まだ息はある。
なあウンス。斬り殺しても良いか。お前を傷つけた男だ。
「駄目!!」

その時聞こえたのはお前の声ではない。目の前のソヨンの叫び。
「医書を抜かないで、紙だから、血を吸うからそのまま入れといて!」
「読めなくなるだろうが!」
「ウンスの名前を探すより、まずはあんたの傷よ!」
「ふざけるな!」

叫んだ拍子に鈍く痛んだ胸に、眉を顰める。
刺された傷より、刺された医書に胸が痛い。
ウンス、お前が刺されたようで、胸が痛い。

そんな痛みなどお構いなしにソヨンは俺の掌の中の医書を奪い取り、この懐の中へとしっかり仕舞いこむ。
そしてそこを上から強く、小さな両手で押さえつける。
「止めろ!」
「あんたが勝手に刃物を抜くから!!」

その目から零れ落ちる大粒の涙が、捨て置かれた行燈の灯に光る。
「帰ろう、早く帰って手当を」
「手当よりも医書だ!」
「ふざけるんじゃないわよ!命あっての物種でしょう!!」

地に打ち捨てた傘を伸ばした指先で拾い上げ、この胸を押さえたまま駆ける様に急ぎ足で帰途を辿るソヨンの横、俺は歩き出す。
早く帰って、医書を懐から抜かねばならない。
ウンス、お前の名を俺の血で汚すなど。それでもしも消えたら。
俺のせいでお前の手掛かりが消えたら。見えなくなってしまったら。

鈍く痛む傷が教える。今日もまだ生きている。
でもウンス、お前に逢えるのならこんな命、いつでもくれてやるのに。

 

 

 

 

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1 個のコメント

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    さらんさん、お話の更新、ありがとうございます。
    ソンジンの胸に刺さった剣先の痛みは、そのまま心の痛みでもあるのですね…。
    どれほどウンスを慕っても、決して叶わぬ思いと知ってるから、余計に胸がズキズキします。
    この 不器用な二人も、今後どうなるのでしょうか(u_u)。

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