濡髪【終章】 | 2015 summer request・水着

 

 

「あ、似合う!!」
短いパジを履いただけの姿でこの方の目の前に立つと、嬉しそうな歓声が上がる。

「うんうん。やっぱり普段から鍛えてるとなんでも似合うのね」
「・・・あまり見ぬように」
「何で?水着だもの、厭でも見ないわけにいかないでしょ。でも・・・」
この方の視線が、手に握ったままの鬼剣に止まる。
「剣は、離すわけにいかないわよね?」
「当然です」

これで鬼剣まで手放せというなら今すぐに衣を引掛け此処を去る。
その心積もりで俺は頷いた。
「じゃあ、剣は近くに置いておこう。濡れても平気?」
「はい」
「うーん、スイム・トランクスに剣・・・さすがチェ・ヨン将軍ね」
此方の出立ちにくすくすと笑うと、次に小さな手が空いた右手を握り締める。
「行こう!」
手を引いたまま沢の水辺まで近づいて桜色の足先を水に浸し、鳶色の瞳がこの眸を見上げる。

「巴巽村の川より、冷たい感じがするけど」
「上流なので」
「上流だと冷たいの?」
「・・・はい」

上流で滝があり、そのうえ木々に囲まれていれば、水温が低いのは当然。
それすら知らずに沢で泳ごうとするなど無茶だ。
「脚をつける程度では駄目ですか」
「ううん、別にいいわよ」

この方はその剥き出しの足で沢を進み、近くの岩の上にちょこんと腰を掛けた。
その手前、護れるぎりぎりまで離れ、坂道の終わりが見える処に己も腰を据える。
あそこから射かけられ、鬼剣で振り落とし損ねれば終いだな。
己の裸の上半身を見下ろしながら思う。

「・・・楽しいですか」
「うん。楽しいし、気持ちいいわ」
「天界ではこの格好で水遊びをするのですか」
「そうよー、海でも、プールでも。あなたは嫌い?」
「・・・ええ」
「やっぱりね」

陽射しを受けていた岩だけが温かい。
そこへ腰掛けて、この方は爪先で大きく水を蹴る。
澄んだ沢の水飛沫が、陽射しを受けて輝いた。
その行方を眸で追いながら、横の小さな方へと尋ねてみる。
「これからも着るおつもりですか」
「もちろん。水遊びをする時は、私にはこっちの方が自然なの」
「・・・そうですか」
「陽に灼けたくはないけど、どうせ灼けるなら服を着て変に灼けるより、ビキニの方がましだしね」
「・・・・・・」

びきにの方がまし。どこがどうましだと言うのだ。
「だって、あなたに見せたくてわざわざ作ったのよ?どう思う?
可愛いとか、意外とスタイルいいねとか、なんか褒めない?」
すたいるが何なのかすら、訊く気も湧かん。
直視すら出来ぬものを如何思うかなど、言いようも無い。

「着ないで下さい」
「え?」
「二度と着ないで下さい」
「2人っきりでも?」
「はい」
「そんなのってあり?せっかく作ってもらったのに?」
「どう思うか問われたでしょう」

この返答が余程お気に召さなかったらしい。
夏の陽射しで温かい岩に腰掛け、沢に突込んでいた足先で、この方は思い切り水を跳ね飛ばし始めた。

「そんな事聞きたかったんじゃないわよ!女がおしゃれしたら男はほめるもんなの、そう決まってるの!!」
「惚れた女人のあられもない姿を、どう褒めろと言うのです」
「もぅ!どうしてそんなに頑固なの?」
「脚を剥き出した姿を褒めるなど、下心しかない」

これでも堪えている。筆舌に尽くしがたいほど。
この奔放な方の、次に何をするか判らぬ振舞いも。
この天衣無縫な、悉く完全に此方を無視した声も。
俺を男として見ていないかも知れぬその不安にも。

「ケンカしたかったわけじゃないわ。せっかく夏だし、こないだは服着たまんまだったから。
おしゃれしてみたかったの。それなのにそういう態度な訳?ほんと心狭い!」
「言うたでしょう。俺は心も狭い、気も長くない」
「だからって、私が着たものくらい褒めてくれてもいいでしょう!」
この態度が余程腹に据えかねたのだろう。
離れた岩の上に腰掛けて脚を遊ばせていたこの方が大声で言って、やおら岩の上に立ち上がった。

「信じられない、女がここまで言ってるのにただ怒鳴るだけ?
たとえちょっと腹が立っても、自分の為に着飾ったんだな、そういうとこが可愛いな、って思えないわけ?」
柔らかそうな小さな足を踏ん張って、拳を握り、髪を振り立てこの方が叫ぶ。

「思えません」
「じゃあもういいわよ、着替えればいいんでしょ!」
そう言ってこの方が岩の上を歩き出そうとした瞬間。
その岩の段差に小さな爪先が掛かる。
岩の上、剥き出しの体が斜めに傾ぐ。
「ウンスヤ!!」

握った鬼剣の柄から手を離し、支えようとした指先を擦り抜け、派手な水飛沫を上げ細い体が沢へと落ちる。
そのまま続いて飛び込み、水の中で眸を開けたままあの方を探す。
水面から射す光で青白く揺れる腕を引き寄せ、水を蹴り浮かび上がると、水から顔を出したこの方が思い切り息をする。
「・・・っぷぁ!」

元気なものだ。溺れても、水を飲んでもいない。
その体を仰向けに浮かばせ、横抱きに抱え、岸辺に向かって水を掻く。
「冷たいと思ったけど、そうでもなかった」
「黙れ」
「ちょっと足が滑っただけじゃない」
「黙れ」
「もう、怖いんだから」
「黙れ!」
「でもほら、着物より楽でしょ?泳ぐの」

そう言われて初めて気づく。
確かに衣を纏ったままならあっという間に沈む体も、あれ程早く見つかったのは。
己がこうして水の中を動いていても、何も纏わぬ程に楽なのは。

この方を横抱きにしたままの腕を、水の中で大きく振ってみる。
衣を着たままなら動きにくい体もまるで魚のように、この腕の動きに添うてくる。

急に振られた腕に驚くように、この方が強くしがみつく。
「何するの!」
楽しそうな笑み声の、大きな抗議が上がる。
「・・・確かに楽だと」
「そうでしょ?」
ただ唯一の難点は、こうして腕にしがみつかれると。
「・・・イムジャ」
「なあに?」
「少し、離れて下さい」

離して下さらないとこの方に回した剥き出しの腕に、その短い羽織り物の下の、全ての膨らみもへこみもが。
「溺れたら困るから、イヤ」
「・・・足が着きます」
「あなたは長いから着くだろうけど、私は着かないかも」
「溺れれば助けます」
「いやーよ」

そう言いながらもしがみついていた腕を解く、自由になった腕に安堵の息を吐いたのも束の間。
この方はこの背へと回り込むと、首へ手を回してしがみつき直す。
腕ですら確かに感じた柔らかさが、確りと背に押し付けられれば。
「離れて下さい!」
「イヤだってば!」
振られる亜麻色の濡髪がこの背に当たる。

「いい加減に」
「何よお。楽しいくせに!」
「楽しくなど」
「素直じゃないなあ・・・あ!」
背にしがみついたこの方の、首に回していた右手だけが離れる。
「そっちじゃなくて、あっち!滝の方に行って?」
「上がらぬのですか」
「まだ上がらない。滝、滝の方!」

水中で身を翻すにも、この短いパジなら何の問題も無い。
「まっすぐ行って、滝までね?」

びきにはともかく、このパジはとても良い。
いや。この方がびきにを着けていなければ、水中で探すのにも引き揚げるにも手間取ったろう。
こうして背に当たる温かさや柔らかささえ感じなければ、この天界の衣は大層優れているのかもしれん。
「イムジャ」
「うん?」

段々と深さを増す水中、背負ったままのこの方が肩越しに俺の横顔を覗き込む。
「腹を全て覆うような、脚もせめて膝下まで隠すような、そんなびきにはないのですか」
「ねえ、ヨンア」
呆れたような背中からの小さな息が横顔へとかかる。
「それじゃビキニじゃないわよ。競泳用の水着になるでしょ」
「では、あるにはあると」
「え?」
「競泳用の水着、とおっしゃったでしょう」
「可愛くないもの!」
「可愛さは不要です」
「イヤ。ぜーったいにイヤ。あっても教えてあげない」
「イムジャ」
「そうよ、だいたいあなたが言ったんじゃないの。天界の知識をやたらにひけらかしちゃ駄目だって」

背負ったままのこの方が頑なに首を振る。
滝壺に近づくにつれ、水底が深くなって来る。
そろそろ足元が危うくなって一旦歩を止め、肩越しに振り返る。

「そんな怖い顔したって駄目よ」
この方のその声を合図に息を吸い込み、頭まで深く水へと沈む。
潜るのもこれ程に楽か。
背から離れたこの方を見失わぬよう手を掴み、再び水面へと上がる。

「ごほ・・・っっ、何で急に沈むの!」
長い髪の先まで濡れたこの方が、噎せ込みながら叫ぶ。
「聞き訳のない方が居ったので」

顔に張り付く髪を掻き上げ、頭を振る。
掴んだ手を離さぬままもう一度この方を引いて、岸辺へと進む。
「嫌だってば、もっと遊びたいの!」

細い手足でこの方が水を掻く。まさに無駄な足掻きだ。
動きやすいパジを着けていればこの方が暴れようと、水中を引くのに問題などない。
成程。衣を身につけた者なら少し暴れれば此方も共に沈むが、びきになら引くにもこれ程容易か。
「体が冷えております」
「大丈夫だってば!」
「唇も青い」

そのままこの方の足が十分届くところで手を離す。
不満げに水の中へ立ち上がったこの方は息を吐き、小さな手で長い濡髪を項から片方の肩へ纏めて握り、固く絞った。

腹など出さずとも、腰など見せずとも、脚の付け根まで晒さずとも。
その全てが今のように、澄んだ碧の水で揺れて隠れて見えなくとも。
「・・・綺麗です」
「え?」
「濡髪だけで」

褒めるものなのだろう、男なら。
諭されたから素直に口にしただけだ。
「ちょっと、待って」
「はい」
「・・・突然言われちゃうと、すごく恥ずかしい」
「言えとおっしゃった」
「だからって」

其方からばかり、先攻めを喰らうわけにはいかん。
得意げに笑う俺に、真赤になったこの方の目が当たる。
「ですから、びきには着ないで下さい」

身を屈め、耳許に唇を寄せ、囁いてみる。
どんなに楽でも、動きやすくとも。
それでも心から惚れ抜く女人の、この姿は見たくない。

密やかな薄闇の中だからこそ、大切な事もある。
敢えて白日に晒さぬからこそ、甘やかな事もある。
「愛して、いるので」
「・・・ほんと意地悪」

返って来たその小さな声は、滝音と明るい陽射しにかき消えた。

 

 

【 濡髪| 2015 summer request・水着 ~ Fin ~ 】

 

 

 

 

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