盂蘭盆会【前篇】 | 2015 summer request・盆踊り

 

 

【 盂蘭盆会 】

 

 

「盂蘭盆会?」
丸い目が此方を向いただけで分かる。この方がそれを知らぬと。
「仏教の会のひとつです」
「うーん・・・仏教ね」

向かい合った部屋の中、この方は何故か渋い顔だ。
「あのね、宗教の自由だから本来口にすべきじゃないけど、実は、韓・・・私の国では、仏教はそれ程主流じゃなくなって、多いのは儒教とキリスト教になってるの」

孔子教とも呼ばれる儒教は判る。
朱子学や四書と結ぶものだが、きりすと教、とはいったい何だ。
首を傾げた俺に少し笑うと
「うーん、分からなくってもいいわ。ただ私が仏教のそういうなんとかえ、みたいなものに疎い理由はそれだから、って言いたかっただけなの。
で?そのうらぼんえには何をするの?」
「父母や祖霊を供養し、衆僧に布施を施します」
「うーん。すごく宗教的な行事って事ね」
「・・・・・・本来は」
「え?」

そもそも盂蘭盆会をお判りにならぬ方に、裏の意が通ずるわけもない。
不思議そうに見開かれた鳶色の瞳から、息を吐いて眸を逸らす。

 

*****

 

「トルベ」
兵舎の中すれ違いざまに、機嫌の良さそうなこいつに声を掛ける。
「はい、副隊長」
奴は此方を振り向いて足を止め、頭を下げる。
「お前、此度の盂蘭盆会には」
「勿論参加しますよ」
嬉し気な声を聞きながら頭を垂れる。そうだ。このお祭り男が絶好の機会を逃すわけもない。
「お前、まさかとは思うが」
「ああ、心配しないで下さいよ。今年は大人しくします」

馬鹿野郎。お前が大人しくできる訳がないから気を揉んでいるんだろうが。
「お前、盂蘭盆会も秋夕もとは、節操がなさすぎんか」
苦い声にも奴は気に病む様子も無く頷いて笑う。

「何でも良いんです。楽しめれば。固い事は言いっこなしです、副隊長」
「とにかく今は医仙もいらっしゃる。判るな。俺もお前もお二人を支える立場だからな」
「判ってますって」
「盂蘭盆会がたとえ年に一度の、お前にとってどれ程・・・ああ、その、破目を外せる楽しい風習であっても・・・」
「信用して下さいよ副隊長、大丈夫ですよ」

その大きな頷きが、心からの笑みが俺は怖いのだ。
「ばれなきゃ良いんですよね、隊長に」
「ふざけるな!!」

俺の叫びを軽く往なして、トルベは悠々と兵舎を抜けて行く。
思った通りだ、あいつが大人しく引込んでいるわけなどない。

痛む頭を抱え、座り込みたくなる己を叱咤し、どうにか私室まで。
こんな処でへたり込み、隊長に余計な心配を掛ける訳にはいかん。

 

*****

 

「起源は高麗ではありません」
部屋で向き合うこの方へ伝える。
本来仏の道に背く己が教えを口にするなど、許される事ではない。
しかし盂蘭盆会の賑わいを知らぬのは尚のこと厄介だ。

「何が?その、うらぼんえが?」
「ええ」
「確かにご先祖の供養って、私たちは秋夕でやるから」
「根源が違うので、信心する教え毎なのでしょう。盂蘭盆会の場合は・・・」

言い難い。例え民の間の信仰だとしても。
「暦で決まっておるので、必ず満月の日に執り行われます」
まずは差し障りのない処から始めてみる。
「ああ、秋夕と同じね」
「ええ。迎月や嘉俳遊びはありませんが、踊りがあります」
「踊り?」
「はい」

陽が上がってから月光の許まで、集って踊る。
それは烈しく、烈しすぎる程。
「衆僧に布施を行い、それを通じて父母や祖先供養をするのが根源、なのですが」

夏の暑さもあろう。最も忙しい農耕期の最中の解放感もあろう。
満月のせいもあるのか。歌垣も交わされる。そんな祭となれば。
「少し、開放感が過ぎる事が」
「・・・ごめんね?隊長」
この方は本当に困ったように眉を下げてみせた。
「さっきも言ったけど、私ほんとに疎いの。宗教にも熱心じゃない。
だからあなたが言いたいことが、全然分かんないのよ」

それはそうだろう。俺ですらこれだけでは全く判らん。
しかし正面から斬り込む事が良いのかどうか。
惑うたままこの方の困り顔を正面に、早口で伝える。

「風紀が乱れやすいのです」
「・・・は?」
「元は死者を悼み、供養する踊りであったそうです。
だが今や踊念仏になった事で、法悦境に至るそうで」
「待って隊長。分かんない、まずは踊りがあるのね?」
「はい」
「で、みんなで集まって踊るわけでしょ、多分」
「ええ」
「で、その他に何があるの?」
「歌垣、という遊びが」
「何それ」
「・・・男女が互いに、歌を詠み合います」
「へえ、優雅じゃない?」

その暢気な声に重い息を吐く。優雅なだけなら悩みはせん。
それを合図に明け透けな一夜枕が、其処此処で交わされる事が問題なのだ。
「歌を詠み合うのは、独り身の男女とは限りません」
「あら。カップル・・・ああ、夫婦同士でも、そんなロマンティックなことするの?」
「します。それも自分の相手にでなく、一夜限りの相手に」
「・・・はい?」

そうだ。それが普通だ。聞けば驚くだろう。
「歌垣で互いに興が乗れば、そのまま体を交わす者らが」
「え」

烈しすぎる程に踊り、解放感に詠う夏の満月の夜。
先祖を供養し、布施を施し、苦しい乱世に救済を求める民。
踊念仏で救われ喜悦に達した者らが次に求めるものは、その刹那の歓びを分かち合う相手。

「ねえ、それって」
「はい」
「つまり、地域ぐるみの乱・・・」
そこまでおっしゃったこの方が、慌てたように口を閉じる。
「まあ・・・文化よね。うん。信仰の自由は、保障されるべきで・・・」
「初めてでは相当に驚くかと」
「教えてもらっててよかったわ。知らなかったら外に出てびっくりしてた」
「踊り自体は、楽しいもののようですが」

その時から既に半裸になる者が続出する以上、楽しいだけで片が付く話とも思えんが。
仏会である以上罵詈雑言は控え、俺は呟いた。
「まさか、皇宮でもそんな事したりする?王妃媽媽も王様も、仏教を信心していらっしゃるわよね?」
「とんでもない!」

血相を変えた此方を可笑し気に見つめ、この方は噴き出すのを堪えるように、赤い唇を引き結んだ。
「迂達赤のみんなの中でもいそう、そういうの好きな人」
「・・・はい」
「まあ、男性だしね。まして戦でストレス状態下に置かれれば、仕方ないのかもしれないわよね」

それが憂鬱なのだ。浮かれた空気が兵舎に蔓延るのが。
ようやく言い終えた事で少し軽くなった肩に安堵し、的を射たこの方の言葉に頷く。
「で、隊長としては何が心配なの?私が驚くって以外に」
「兵が浮かれることもあります。万一歌など詠みかけられたら、必ず俺に」
「・・・寝たりしないわよ?!」
「当然です!!」

そんな事になれば、迂達赤の兵であろうと許そう筈もない。
俺の怒鳴り声に堪え切れなくなったこの方が噴き出した。
「でも・・・ふうん。踊りは、楽しそうよね?」
「は」
「秋夕には、踊りはないんでしょ?」
「歌舞はありますが、念仏踊とは違います」
「媽媽と王様は、仏教徒・・・で、盂蘭盆会は仏教行事・・・
すっごく盛り上がる行事で、まあそういうちょっと色っぽい意味もある訳よね・・・」
この方は俯きながら、赤い口元を細い指先でなぞる。

「ねえ、隊長?」
その瞳が次に上がりこの眸を真直ぐに捉えた時、初めて悔いる。
お伝えしない方が良かったのかもしれん。
この瞳の輝きは、絶対に碌な事を考えていない。
「踊りだけ、皇宮でやるのって駄目なの?そういう、何だっけ、不特定多数に歌を送るとかはなしにして」
「踊りだけ」

突飛な提案に眸を瞠り、俺はこの方を見つめ返した。

 

 

 

 

子供の頃に追っかけしてました(苦笑)
夏の風物詩
懐かしの 『盆踊り』
さらんさんバージョンで
よろしくお願いします(^^)
(hinamiさま)

 

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