向日葵【漆】 | 2015 summer request・向日葵

 

 

「ウンス」
「はい?」
私は仕立て屋さんとの話を止めて、キョンヒ様の声に振り返った。

「どうしました?」
「何故、大護軍を店から追い出したのだ」
「え?」
「婚礼衣装だろう。二人で誂えなくて良いのか?」
「ああ、いいんです」

私の自信満々の声に、キョンヒ様は判らないとばかり首を傾げた。
小さな子供みたいな仕草が可愛らしくて、笑いそうになるのをどうにかこらえる。
笑ったら失礼よね。
きっと文化の違いも歴史の違いも、普通の家に育った私と、お姫様として育って来たキョンヒ様の違いもあるんだろうし。

そのキョンヒ様の様子は、やっぱりまだとても若いんだなって改めて実感するようなあどけなさで。
これは、チュンソク隊長も悩むはずよね。無理もない。
私ですら思わず唸っちゃうもの。付き合うのも結婚もとなれば悩むわよね。
あの人とはまた違った意味で、チュンソク隊長も責任感の強い人だし。

私はそんなキョンヒ様を前に、ゆっくり頷いて言った。
「結婚式の当日までは、バラしたくないんです。見たら楽しみが減っちゃうなあと思って。
私の周りでもウエディングドレスを婚約者と一緒に選ぶ人はたくさんいたけど、私はしないって昔っから決めてたんですよ」
「楽しみ?」
「そうです。出来るだけ、秘密にしたいなあって。当日に式場で初めて見て欲しいんです」
「そうなのか」
キョンヒ様は分からない様子のままに頷いた。私はお店の女性に振り返りながら
「なので、これからは私1人で来ることが多いと思いますけど」

そう伝えると、その女性は頷いて微笑んだ。
「畏まりました。で、御意匠は」
「まず、襟を高くしてほしいんです。身頃は窮屈でない程度に体に沿って、ウエス・・・えーっと、腰の括れより上で」

ラインのイメージは、李氏朝鮮のチマチョゴリ。ショートのジャケットに、長いスカート。
でもチマみたいに膨らませないで、前は袷じゃなく、ハイカラーのジャケット風で。
装飾を兼ねたくるみボタンを同色の布で作って。
描いて来た下手くそな絵を見せてそんなことを話してたら、あっという間に時間が経ってく。

本当は21世紀みたいな人造パールやクリスタルがあればそれも使いたいけど、この世界じゃきっと無理よね。
本物の真珠なんて使ったら、目が飛び出るくらい高いだろうし。
あの人もチュンソク隊長も、戻って来る気配はない。それでも扉が気になって、どうしてもそっちに目が行ってしまう。
一生一度の、ましてウエディングドレスよ。どれだけ頑張っても、頑張り過ぎって事はない。

これを着て、私は本当に高麗でお嫁に行く。あなたの花嫁になる。
あなたの色に染まっていく。その証の純白のウエディングドレス。

でもそんな事言ったらあなたは、では俺もあなたの色に染まります、とかあの大好きな声で言って、白い服を選びそうだし。
それは困るのよね。あなたには白より黒を着て欲しい。何色にも染まらないあなたとして、私と一緒にいて欲しい。
赤も考えたけど、やっぱり・・・私は血液を連想するし。藍やグレーじゃ、普段の配色と変わらないものね。

そんな事を考えながらお店の人と熱心に話し込む私を、キョンヒ様とハナさんが並んでじっと見詰めている。

 

「ハナ」
「はい、キョンヒ様」

小さく呼ぶキョンヒ様に頷くと、キョンヒ様はお席を立って、店の中に置かれた絹物を見るように棚の方へと歩まれた。
私がそれに従って歩を進めると、
「私、間違っているのかな」
ウンス様の御声から離れたところで、キョンヒ様はおっしゃいながら私を振り返り、困ったように眉を下げた。
「ただチュンソクと一緒に婚儀の衣装を誂えたかった。けれどウンスは大護軍には見せないと言う。それが正しいのかな」

私は首を振りながら、お困りのご様子のキョンヒ様の目を覗き込む。
「それぞれのお好きで良いと思います。キョンヒ様のように、全てご相談されながらお作りになるのも。
ウンス様のように、御式の当日まで秘密にされるのも。ハナにはどちらも素敵です」
その言葉に迷うように、キョンヒ様はウンス様を振り返る。
「でも」
「キョンヒ様、ハナは思いますが」

私のお仕えする誰よりも大切な姫様は、縋るように此方へ目を遣った。
悩まれているのだなと思う。でも私がして差し上げられることは本当に些細な事。
「ハナやウンス様の言葉より、お分かりにならぬ事やご不安な事は、チュンソク様に伺うのは如何でしょう」
「でも、嫌われたらどうしよう。そんな事も知らぬ女かと、もしチュンソクが呆れたら」

キョンヒ様はまるで本当に言われたかのように、しょんぼり俯かれる。
「チュンソク様はそんなに器の小さな方ですか。何かを御尋ねになったキョンヒ様を、お嫌いになりますか」
「器が小さいわけがなかろう!」

むっとしたように頬を膨らませチュンソク様を庇う姫様に笑む。
「そうです。お分かりではないですか。チュンソク様はそんなに狭量な殿方ではありませんよ。
ならばお二人でお話なさいませ。これからはハナや乳母ではなく、チュンソク様にまずご相談を。
それでもお答えが出ねば、いつでもハナにお話しください」

ああ、こうして少しずつ手を離さなければいけない。
それが嬉しくもあり、誇らしくもあり、淋しくもあり。
本当に大切にお側にいたからこそ、まだまだ風から庇って、周りの騒がしさや厭わしさを避けたい。
嫌な物、恐ろしい物はお見せせず、お聞かせせずに御守りしたいけれど。

あの大きなチュンソク様がきっと私達よりも幾倍も、この姫様をそうして守っていって下さる。
大きな背で庇い、大きな手でキョンヒ様の手を引いて下さる。だからこそ安心してお任せ出来る。

キョンヒ様はこの目に浮かんだ涙をどう誤解されたか、慌てて
「ハナ、泣くな。急にどうした?何処か痛いのか?」
小さい柔らかい御手で私の手を握り、不安そうに私の顔を覗き込む。
「大丈夫か、今日は帰ろうか。無理をしてはいけないぞ。家から誰かに迎えに来てもらおうか」
「違うのですよ、キョンヒ様」

私がそう言っても、この姫様には上手に伝える事は出来ないけれど。
「ハナは今から嬉しくて仕方がないのです。キョンヒ様の御婚儀が嬉しくて仕方がなくて、涙が出るのですよ」
「ハナ」

キョンヒ様は深く頷いて、そしておっしゃった。
「ハナは、私の事が本当に大切なのだな」
「え」
「だから嬉しい時にも、涙が出るのだな」

こうして大切な事をチュンソク様から学ばれながら、この幼気な姫様は素晴らしい心映えの女人になっていかれる。
私は思わず目の前のキョンヒ様の御髪を、昔のように撫でた。

よくできましたね。御立派です、キョンヒ様。

お小さい時そう言って御髪を撫でるとキョンヒ様は嬉し気に誇らし気に頷いて、そして花のように笑まれたものだった。
字を覚えれば嬉しく、詩を誦せば誇らしく。
花を散らさず摘めれば嬉しく、それで押し花を作れば誇らしく。

キョンヒ様を、ただ妹のように思っていたころ。身分の差も知らず、己の立場を顧みる事も無かったころ。
ただ我儘で無邪気な姫様が可愛く愛おしく、何があっても守ると思っていたころ。
そのキョンヒ様が、お嫁に行かれる。
それが嬉しくもあり、誇らしくもあり、淋しくもあり。

涙を指先で拭いながら、私は大きく頷いた。
「そうです。この世の何より大切だから、涙が出るのです」
「うん」

キョンヒ様はそう言いながら、真っ赤な目をして鼻を押さえた。
「ほら」
そう言って御自身の目を、瞬かせながら私に見せて
「私もハナの事が大好きで大切だから、涙が出る」

半泣きで恥ずかしそうに笑うそのお顔は、私が今まで見て来たあの可愛らしい、愛おしい笑み顔で。

私達は女二人半べそで向き合って、くすくすと笑った。

 

 

 

 

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