向日葵【壱】 | 2015 summer request・向日葵

 

 

 

【 向日葵 】

 

 

必ず見つけねばならん。たとえ何があろうと、絶対に。
「頼みがある、叔母上」
小さく頭を下げた己に仰天した目を向けながら、叔母上が無言で頷いた。
 
 
教えて頂かねばならん。たとえ何があろうと、絶対に。
「キョンヒさま、ハナ殿。折り入ってお伺いしたき儀が」
役目終わりの夕刻の、大監の御邸のキョンヒ様の私室。
俺の声に丸い目が、いつもの倍に丸くなる。

 

*****

 

「・・・簡単に考え過ぎてたかも」
居間の卓に向かい合った夕刻。
俺の向かいのこの方が、途方に暮れた面持ちで呟いた。
夏の陽が一番紅くなる刻だと言うのに、その白い頬は縁側から射す西陽の中、まだ強張るように白いままだ。
「如何しました」

問い掛けると卓の上、揃えて握った白い指先に当たっていた瞳が静かに此方へ上がって来る。
「縫ってくれるとこが、見つからないの」
「縫って」
「婚礼衣装をね、縫ってくれるとこが見つからないの」
そこまで言って楽になったか。
この方は首を振りながら、胸に溜まった欝憤を吐き出すように話し始めた。

「だって考えないじゃない。確かにちょっと珍しいのは分かる。
白い婚礼衣装だからって、腰が引けるのも分かるわ。でも着る側がいいって言ってるんだから!
お客のオーダー通りに作るのが、プロだと思わない?
悪質クレーマーじゃあるまいし、色の事で文句言ったり、絶対しないわよ!」

・・・訊きたいことはいろいろある。
しかし話の腰を折るよりも、先ずは全て聴くことが先決か。

黙ったままで頷く俺に気分が直って来たか。
この方は卓の此方へ身を乗り出すように、白い頬を紅潮させて声を続ける。
「なのにね、白い絹を見せるなり、うちではできません、とか。
大護軍の一生一度の晴れの日に万一にも失敗は、とか、そんな事言って逃げるんだもの。
あなたの一生一度の晴れの日なら、根性見せて完璧な衣装を作ろうと思わないわけ?
ほんと、もうやんなっちゃう!」

幼子がむずがるように足をばたつかせ、髪へ伸ばす小さな手をまさに間一髪で抑えて止める。
この方のおっしゃることも判る。しかし仕立て屋の理屈も判る。
俺が何を言ったわけでもないのに巷で随分噂が立っている事も。

さて、どうするか。

この調子では開京を避けて、碧瀾渡で仕立てさせた方が易いか。
白絹まで手に入れて暗礁へ乗り上げるとは、予想もしなかった。

これでまた待たされれば。
衣装の仕立てに文句がなくとも此方の頭が煮え立って、歯止めが利かなくなる。
衣装などその辺の物を引掛けて、寺へと攫って婚儀を挙げそうだ。
もう待てん。そして待たせたくない。
誰より倖せにしたい。そして俺のものにしたい。

「考えます」

短く低く告げた声に、この方が俺を見つめ返した。

婚礼衣装だと思うから、腰が引けるのか。
それとも俺の式だから、腰が引けるのか。

「チュンソク」
「は」
兵舎の吹抜の上。
手摺の桟越し、声を掛けると奴は上を振り仰ぎ、此方を認めて軽く頭を下げる。
そのまま階を駆け下り他の兵には聞こえぬ小声で、擦れ違いざまに小さく呟く。
「話がある」
「・・・は?」

そのまま奴の私室へと向かう背後から、慌てて駆けて来る足音。
己の私室で話すわけにはいかん。何処に目があり耳があるか判ったものではない。

「大監御一家の仕立て屋、ですか」
「・・・ああ。俺も探してはみる」
貴い身分の方の衣装を仕立てる店など、繍房以外に知りようもない。
市井に居られるとはいえ翁主様、儀賓大監の御両人。
そして敬姫様の御衣装を扱う店であれば、たかだか俺の婚儀の衣装などどうという事もないだろう。
「伺ってみましょう」
「済まん」
奴は笑い出しそうな口元をおかしな具合に歪め、息を整えて頷いた。

「・・・何だ」
「いえ」
「言えよ」
「大護軍も、変わったなと」
咳払いで誤魔化しながら、奴は此方を見る。
「まさか、女人の衣の仕立て屋を探すなど」
「良いか」
俺は席を立ち、奴を真直ぐ睨んで言った。
「己の番になってみろ。その時分かる」
「はあ」
「医仙も風変わりだが、敬姫様も一筋縄ではいかぬ御方だ」

声を詰まらせた奴に向け、高らかに言ってやる。
「どんな願いを出されるか、今から楽しみにしておけ」

踵を返し部屋を出て行く背を、奴の目が追いかけて来る。
全ての望みを叶えてやりたい。
しかし叶えていれば、式などいつまで経っても挙げられそうもない。
そんな気がしてくる。
お前もじきだ。せいぜい味わうが良い。

 

「ウンスの婚礼衣装か!」
白く柔らかい指を丸い頬に当て、キョンヒ様は夢の中のようにうっとりと呟いた。
「美しい女人だから、きっとなんでも似合うのだろうなあ」
「おっしゃる通りですね。あの折幾度か御目に掛かりましたが、本当に天女もかくやの御美しさでした」

ハナ殿もそう言って、うんうんと深く頷く。
「でも美しいだけでなく医術も素晴らしいのだ。それに心根がとても良い。真っ直ぐで嘘をつかない人だ」
「そうでしたか」
「うん。ハナとちょっと似ている」
「とんでもない事です、キョンヒ様!」

慌てたように首を振るハナ殿に、キョンヒ様が笑う。
こうして笑う顔を眺めているだけで幸せだ。
確かにこの笑顔を、誰より近くで見ていられるならと思うだろう。
永遠に見ていると約束するために、婚儀を挙げようと思うだろう。
そしてその願いを、何でも聞き入れ叶えたくもなるだろう。

けれど大護軍と医仙の御二人とはまた違う問題が、俺とキョンヒ様の間に在る事も確かだ。
捨てて下さった身分の壁はともかく、年齢という超えられん壁。
そして俺が迂達赤の隊長で、戦に出るのが必定であるという壁。

とんとん拍子で婚約まで成したが、これ程お若いキョンヒ様を万一己の戦死などという形で残せば。
俺は大護軍とは違う。必ず生きて帰ると約束は出来ん。

婚儀後に残してしまえば未亡人だ。その後がこの方には長すぎる。
婚儀を挙げておらねば死に別れで終わる。
この方であればその後に、求婚者はまた必ず現れる。
皇位を剥奪されただけだ。仔細を知らぬ者らは、皆同情している。
最高位の大貴族、儀賓大監の一人娘としてその後の人生を送れる。

ただ何より問題はと、思わず息が漏れる。
思い上がりなのかも知れん、だがそんな事を持ちかけたものなら。
この方はまた泣きながら、駄々っ子のように言う気がしてならん。
そんな事は端より覚悟だ、チュンソクに嫁げぬなら尼になる、と。

「チュンソク」
キョンヒ様の声に、俯いていた顔を上げる。
「どうした」
そう言いながら絹張りの椅子を立ち、部屋の床を膝でずって来たこの方は、柔らかい指先を俺の両頬に当てる。
「顔が怖い。ほら、笑って」

そう言って俺の両唇の端を、無理に上へと引き上げる。
「これでも駄目なら、くすぐってあげよう」
笑うキョンヒ様に目許が緩む。俺はこそばゆさには強いのだ。
くすぐられて笑ったことはない。こう言うくらいだから、この方は弱いのだろうな。

それを知らずに諦めるのだろうか。また逃げるのだろうか。
考え過ぎが悪癖だとしてもよく判らん。どちらへ進めば良いのか。

 

 

 

 

ウンスという太陽を

ひたすら見つめるヨンア♡

又は、私だけが求めているかも?(爆)

チュンソクとキョンヒで^^

「向日葵」どうかよろしくお願いします^^(victoryさま)

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2 件のコメント

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    さらんさん、今回もヨンはウンスの望みを叶えるために、大わらわですね(#^.^#)。
    表面はクールなのに、本当は焼きもちをやいたりしている、とことん困っているヨンが人間らしくて、可愛くて素敵です。
    しかも、対面が大事な職に就きながら、高麗の常識よりも、ウンスの希望を大事にするところなんぞ、はああ~❤、ため息しか出ませんです。
    さらんさん、素敵なお話をありがとうございます。
    この後の展開、ホント、楽しみです。
    どんなドレスが出来上がるのでしょうか?
    ❤❤

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