風が吹く。
華やかな細工の軒下には似合わぬ、鋳物の金剛鈴。
風が揺らす紐の先、涼しげな夏の音が鳴る。
二人並んで、その音を聞く。
「ずっと、こうして聞いていたのだ」
キョンヒ様が嬉しそうに言って、軒下に下がる金剛鈴に目を当てる。
「逢えなかったけれど、声は聞こえる気がした」
「何か聞こえましたか」
「うん」
どんな声が聞こえたのかと興味も湧く。ただそれより先に、己の声で伝えねばならぬことがある。
「キョンヒ様」
「うん」
「こうなるとは、正直思いませんでした」
「そうなのか?」
「はい」
今日兵舎を出てくる時は夢にも思わなかった。まさか今日、俺がキョンヒ様の許婿のような形になるなど。
ご両親にお会いしたとて、止めて下さるのではないか、諌めて下さるのではないか。
俺では釣り合いが取れぬと、そんな話になるのではないかと思った。
少なくとも暫し様子を見よと、そうしたことで収まると。
ただ、曖昧な形でこの方を待たせるのは出来んと思った。
御自宅に日参する限り、ご挨拶もせず不埒な形にしたくなかった。
だからお目通りだけでも。本当にそれだけの積りだった。
まさか王様から俺に関しての御言葉があったなど、そして大護軍の御婚儀まで知られているなど、夢にも思っていなかった。
けれど一度湧いたこの疑念だけは確かめねばならん。
「キョンヒ様」
「なんだ」
「王様へ直訴された、あの時」
「それはもういい、チュンソク」
慌てた様子で口を挟む、横の大切な手を握る。
「お聞きください」
「・・・うん」
途端にしおらしく、真っ赤に俯くお顔に緩みそうな頬を引き締め、俺はそのまま言葉を紡ぐ。
「俺の事を、考えませんでしたか」
「・・・チュンソク?」
「王様の事は無論、お考えだったでしょう。でもそれならば」
それならば皇宮に近寄らず、本当に尼僧になれば良かったのだ。
あの頃のこの方の勢いなら、そのくらいの事はしただろう。
「それはな」
「俺のあの下らぬ言葉も、一因でしょう」
あなたが姫である限り、此処までです。
これ以上のことはできん、この先も無い、だから最後で良い。
それでも嘘で終わるのは、この方に対して失礼だと思った。
「ただ、考える程にそれだけとは思えんのです」
「え」
「こうなる事を知っていらしたわけもないのに」
「何を言っているか、判らないぞ」
「もしや」
考えれば考える程に、あの時はあの手しかなかった気がするのだ。
この方が皇族の位を諦めただの貴族の姫となられて、だからこそ今俺達はこうして共に居られる。
どれがずれても、こうはならなかった筈なのだ。
幼い日一度逢ったきりの俺を見染めて下さったのも。
あの日、俺が贋金探しに駆り出されたのも。
この方が婚儀を嫌って、木によじ登ったのも。
其処の下を偶さか、俺が通りかかったのも。
市中で共に贋金を探したのも、そして見つけたのも。
その時に俺を迂達赤副隊長と呼んだのも。
嫌いだと言ったのも、この方が寝付いたのも、医仙に叱咤されたのも。
この方を抱き締めたのも、この方の王様への直訴も、王様の御英断も、大護軍の事収めも、どれがずれても俺達は此処にいない筈なのだ。
もしもどこかがずれたら、再会すらもなく。
もしもどこがが違えば、そのまま知らずに。
「俺が迂達赤を退かずに済むよう、考えて下さいましたか」
「・・・え?」
その純粋な疑問の声に、やはり考え過ぎかと息を吐く。
それでも最後はそうなっている。俺は大護軍の許に残り、迂達赤の役目に邁進できる。
大監殿のように、志半ばで退かねばならん事も無い。そして戦以外でこの方を泣かせぬよう、誓うことが出来た。
里で持たされた金剛鈴が、軒下で鳴る。
これが兵舎になければ、あの日俺はどんな話をしたのだろうか。
この方は里へ共に帰りたいと、おっしゃったろうか。
おっしゃったとしても、俺は真剣に聞いただろうか。
聞かなければ今ここで許婿のような扱いを受けているだろうか。
判らん、本当に判らん。緻密に張り巡らされた糸は、まるで蜘蛛の巣のようで。
どこが違っても、この形にならなかった気がするのだ。
一歩違えば今、互いに別の者が横に居っても何も不思議はない。なのにこうして二人で共に居る事が、運命というものだろうか。
運命ならば、逆らっても仕方がない。
「キョンヒ様」
「なんだ」
「運命かも知れません」
「何が?」
「俺達も、運命かも知れません」
その声にキョンヒ様が目を丸くして、俺の顔を覗き込む。
「チュンソク」
「はい」
「知らなかったのか」
「・・・は?」
嬉しそうに微笑んで、キョンヒ様が得意げにおっしゃる。
「運命に決まっているだろう」
そうなのか、決まっているのか。それならば、逆らうだけ無駄なのだ。
これ程の齢も、位も、立場の差も、運命ならば仕方ない。
これ程大切に想ってしまったのも、運命ならば仕方ない。
それならばこのまま、最後まで悔いの無いように。
運命のこの方の柔らかい頬に手を添えて、俺は息を吐く。
「決まっているのですね」
「うん」
「悔いはないのですね」
「勿論だ!!」
大切な白い額に、静かに唇を近付けながら思う。
こうして今日この方の額に口づけするのも、きっと運命なのだろう。
明日、許婿の件で大護軍や兵たちに仰天されても、運命なのだろう。
近づけた時と同じように静かに唇を離した時、小さな声がした。
「・・・チュンソク、どうしよう」
「どうしました」
「胸が、痛い」
「大丈夫ですか!」
急ぎ過ぎたのか、それとも御体調が悪くなったのか。
上衣の胸を小さな拳で握りしめるキョンヒ様を見詰め、慌てて声を張り上げる俺に、困ったような目が返る。
「チュンソクが大切過ぎて、胸が痛いのだ」
そう言ってまた泣いてしまうから、俺まで胸が痛くなる。
泣かせる事だけは絶対にせんと、御両親にも誓ったのに。
もっと泣かせるかと怖いのに、泣き止ませたくて抱き締める。
そしてその柔らかい大切な背を、つややかな絹衣越しに摩る。
「泣かないで下さい」
「うん・・・済まない」
それでもぼろぼろと零れる涙まで大切で。懸命に泣き止もうと堪える息すら大切で。
慣れて頂かねば困るのに、慣れて頂きたくない気もする。
いつまでもそうして泣いて、困らされても良い気がする。
運命だから、俺が慣れるしかないのかもしれん。他の事では絶対に、泣かせぬようにと誓うから。
「泣いて下さい」
「え?」
「構いませんから、泣いて下さい」
大切なこの方が、髪を乱すほどに頭を振る。
「チュンソクを困らせるのは、絶対に厭だ」
「・・・この件だけは、構いません」
まるで俺の溜息で揺れるよう、夕暮れに金剛鈴は鳴り続ける。
この音を今日大切なこの方と聞くのも運命だったに違いない。
「で、逢えぬ間、金剛鈴からどんな声が」
「・・・笑われるから、秘密」
許婿と呼びながら、秘密を持たれるとは先が思い遣られる。
まあ、運命には勝てぬのだから、大人しく諦めるしかない。
泣き笑いの大切な声ごと、俺は運命を両腕で抱き締めた。
【 金剛鈴 | 2015 summer request・風鈴 ~ Fin ~ 】

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キョンヒ様もチュンソクもかわいいですね♪
あれだけ無口なヨンの肚の内を探るのが得意な副妻チュンソクでさえ、キョンヒ様の事になると普通の男の人になって、泣かれるのが困るなんてかわいい❗
良いご夫婦になりそうですね(^∇^)。
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きこえてきそうなお話でした。
チュンソクとキョンヒ様が運命でよかったです。
これから先、ヨンが言ったようにチュンソクは苦労するのでしょう(笑)
でも、幸せな苦労ですね。
ふたりが幸せそうで、嬉しいです(*^^*)
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素敵なお話をありがとうございました!
チュンソクのお話大好きです!
前回のキョンヒ様との出会い再会から気持ちが通い会うまでのお話も大好きで何度も読み返していました(^-^)
今回はチュンソクが本当に素敵で惚れ惚れしながら読ませて頂きました。
素敵なお話で私の心を洗って頂きありがとうございました
( ^-^)ノ∠※。.:*:・'°☆
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さらんさん、今回も素敵なお話ありがとうございました。
ヨンが言いたかったこと、チュンソク感じちゃったんですよね❤
自分と自分を取り巻くモノとの関わりは、全て運命なんですね。
だから、私達がシンイに出逢ったのも、さらんさんとさらんさんのお話に出逢えたのも、運命なのですね・・・幸せなことです。
額に口づけるチュンソクと胸をおさえるキョンヒ❤なんて可愛らしいんでしょう・・・映像がしっかり浮かんできます。
幸せにしてあげてください。
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ご無沙汰しております、毎日読み逃げながらお話を楽しみに生きている者の一人です♪が本日は久々にご挨拶をと出て参りました。チュンソク隊長、嗚呼……スキ(直球)。どこにいけばチュンソク隊長に会えるのでしょう。チェヨンよりもなんとなく会えそうな、確率ハードル低そうに感じる私の錯覚は何なんでしょう(笑) 。。本編では触れ得なかったチュンソク隊長のラブラインにまで陶酔させていただけて、幸せです。いつもありがとうございます。
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さらんさん、幸せ一杯のお話をありがとうございます❤︎
真面目一本槍のチュンソクには、一途で素直で真っ白なキョンヒ様のような女性がぴったりなのかも!
すべての物事には意味があり、それを運命というのでしょうね。
時には、こんなのに意味など要らない…と恨みたくなるような運命もありますが、此度は両手をあげて祝いたい運命です❤︎
さらんさん、9月に入り、益々お忙しいと思いますが、夏の疲れを引きずられませんようにσ(^_^;)
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さらんさん、いつも素敵なお話しを
ありがとうございます。
実は、キョンヒ様とチュンソクのお話し
好きなんですヨン‼️
勿論、1番はヨンとウンスですが…
前のお話しを読んだ時、この2人の続きはどうなるんだろうと気になってました。
だから今回、凄く嬉しいです。
またいつか2人のその後をお知らせ頂けるのを
楽しみにしています。