向日葵【参】 | 2015 summer request・向日葵

 

 

「キョンヒ様!!」
そう言って、俺の横からこの方が駈け出す。
唯でさえ危なげな足許が玉砂利の上で滑る。

思わず伸ばしかけた腕は、横のこいつを思い出し空を搔く。
転んだりするなよ。

「ウンス!!」
高い声で小さく叫んだあの方がハナ殿の横から手を振り、嬉し気にこちらへと駆けて来る。
小さな絹沓で、その玉砂利を音を立てて散らしながら。
まだ離れている、転んでも手を差し伸べてやれん。
横の大護軍を意識しつつも、思わずそこへ寄る歩幅が広くなる。

「お元気でしたか?ご体調は?ちゃんと寝て、召し上がってますか?」
あの方は敬姫様の手を握らんばかりに近寄り、御顔の色を見ると矢継ぎ早に問い掛ける。
「うん、もうすっかり良い。ウンスのお蔭だ」
「そんな事ないですよ、キョンヒ様がご自分で頑張ったんです。
でも若いからって過信は駄目。ちょっと脈を診てもいいですか」
「もちろんだ!」

敬姫様の私室の殿の庭先で、二つの声が溢れる。
庭の盛りの花よりも余程華やかに匂い立つようだ。
久方振りなのはよく判る。
判るがそれならば、互いに遠慮会釈はないのか。

御二人の声に圧されるよう、敬姫様に添うハナという乳姉妹が困ったように笑んで頭を深く垂れる。
挨拶半分詫び半分、丁度その長さで上げた顔に胸を撫で下ろす。
これで乳姉妹までもが騒げば、場の収集がつかんところだった。

「騒がしいのには慣れているつもりが」
「自分もです、大護軍」
男二人の呟き声など離れた御二人の声の前、川に浮かべた笹舟だ。
あっという間に呑まれて消えて、流した事すら思い出せん。
「あれ程小さいのにな」
「あの力が何処から沸くのか、未だに判りません」
そんな笹舟の行方など意にも介さず、その華やかな声は続く。

「伺いましたよ、御婚約おめでとうございます!」
「ありがとう、私も頑張る。ウンスがあの虎の大護軍にするくらい、チュンソクを支えられれば嬉しいのだが」
「虎の、大護軍?」

きょとんとした瞳で敬姫様の御顔を拝し、次に其処から首を巡らせ、その小さな手であの方が呼ぶ。
「ねえ、ヨンア?」
「・・・はい」
呼ばれてようやく玉砂利の上、チュンソクと共に御二人の許へ寄る。
敢えて遠ざかっていたわけではないが、耳元でこの高い声は。

「虎の大護軍って何?」
何と尋ねられても。
そう惑いチュンソクへと眸を投げる。
チュンソクは僅かに笑みながら
「最初に王様の処でお会いした時、大護軍の目が虎に見えたそうで」

与り知らん呼び名がまた一つ、こうして付いて行くわけだ。
「・・・だそうです」
首を振りつつこの方へと伝えると
「うーん、虎かあ。あの、キョンヒ様。確かにこの人すごーくきつい目つきの時もありますけど、でもふ」

それ以上余計な事は良い。
俺はその口を、後ろから肩越しに大きく回した掌で塞ぐ。
「用が済めば失礼致します」
低くそう呟いて、その場の誰にともなく頭を下げる。
「どうか気にせず」

その様子を驚いたように、俺の横から丸い目で眺め
「二人は本当に仲が良いな」
そうおっしゃったキョンヒ様が、羨まし気に医仙のお顔を覗き込んだ。
「ウンス」
ようやく大護軍の掌から逃れた医仙が、キョンヒ様を見つめ返す。
「何でしょう」
「そんな風に仲良しになるには、時間がかかるのかな」
「うーん」

キョンヒ様の真直ぐな声に、医仙が首を傾げる。
「男性の積極度にもよるかなあ。でも、急にベタベタ触られるのも嫌ですよね?
私達も、急にこうなったわけじゃないです。いろいろ」

そこまでおっしゃって大護軍の低い咳払いに苦く笑うと
「時間はかかります。お2人の気持ちさえ一緒ならいいんです」
キョンヒ様は頷くと、白い耳を真赤にしながら小さく問うた。
「でも、ウンス」
「はい?」
「恋し過ぎて胸が痛くて、触れられると泣ける時はどうすれば良いかな」

ああ。俺はその御口を塞ぐ暇すら与えて頂けなかった。
放たれた言葉の石礫に俺も、大護軍も、ハナ殿も、そして真直ぐ問われた医仙も口を開けたまま。
まさしく体を強張らせ、固まったままキョンヒ様の真摯この上ない顔を茫然と見つめ返した。

きっとお分かりではない。やはりどこか浮世離れした方だ。
キョンヒ様には、お分かりでない。
ただ本当に不思議で、お答えを望んだのだろう。
御自身を救った医仙なら、それを頂けると思ったのかもしれん。
ただし、今のそのお言葉で露呈した。
この方がどれ程俺を想い慕って下さっているかだけでなく、俺がキョンヒ様に触れている事が。
そして触れる度にこの方が、涙を浮かべる事も。
穴があったら入りたい。何が悲しくて大護軍の前でこれ程露骨に。

「・・・ええ、っと」
さすがの医仙も痞え痞え言葉を探し、そしてちらりと俺を見て
「それは、お相手に伝えるのが・・・いいかな・・・」

その言葉に大護軍が小さく頷くのと、慌てたようなハナ殿の
「姫さ・・・お嬢様、立ち話はこの辺りに。まずはお客様をお部屋へ」
そう取り成す声がしたのは、殆ど同時だった。

 

 

 

 

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3 件のコメント

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    キョンヒ様、可愛すぎ~。純真無垢とは、このことか!って感じです。
    チュンソクもこれ程想われて、色々今更ながらに気づくことがあるんじゃないの?

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    やったぁ~キョンヒ様の登場ですね。
    さらんさんのオリジナルキャラは、魅力ある
    面々が揃っていて楽しみです。
    でも今の私のお気に入りはキョンヒ様…
    続きが待ち遠しいです。

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