向日葵【肆】 | 2015 summer request・向日葵

 

 

「我が家の衣装は、開京の南の川沿いの店で仕立てている」
石礫を投げたご本人は久しぶりの医仙との邂逅の後、御機嫌良く私室の卓前へと陣取り、笑って言った。
「ああ、分かります。すごーくお高そうな、立派なお店。
隣に装身具のお店と、薬問屋が並んでいるところじゃないですか?」
医仙は頷き、即座にそう返す。

女人とはすごい。場所をお伝えするだけで、隣近所の店までお判りになるのか。
キョンヒ様と医仙は当然のようにお話を続けているが、男の俺には何処のあの店と言われても、見当すらつかん。

「そうそう、そこだ。もう行ってみたか」
「ううん、まだです。予算オーバーかな、と思って」
「おーば?」
「予算を、超えちゃうかなと。でも明日にでも行ってみます。わざわざありがとうございました」
「うん、そうすると良い。家からも店に知らせておく。ウンスが行ったら、すぐに分かるように」
「でもキョンヒ様。白絹を持って行っても、大丈夫ですか?」
キョンヒ様は大きく頷きながら
「元では白絹で胡服を仕立てる事も多いのだ。あそこは王様が胡服辮髪令を解かれるまで、胡服の仕立てが多かった。
きっと白絹の扱いにも慣れているはずだ」

そう請け負って、脇の俺を振り返った。
「そうだ、チュンソク」
「はい」
「私たちも行ってみたいな」
「・・・は?」

如何にもご自分が素晴らしい事を思いついたとばかり、キョンヒ様は顎の前で、柔らかい手を音を立てて合わせる。
「そうしよう、下見しておけば良い。意匠だけ決めておけば」
「い、しょう」
「うん!」
脇に控える俺の上衣の袖端を掴み、その柔らかい手を揺らしつつ
「ウンスの御衣装も見たいし、私たちの物も決めたい。一緒に行きたい。私が行けば店との話も早いはずだ。
チュンソク、一緒に行こう。皆で行けばきっと楽しいぞ」

甘えるように、ねだるように、その丸い目が俺を覗き込む。
大護軍が苦く笑みながら、上座のキョンヒ様から目を逸らす。
医仙がそんな大護軍を覗き込みながら、しきりに頷いている。

そしてキョンヒ様はそんな御二人の前、声高く宣言した。
「私たちの婚礼衣装。チュンソクは背が高いから、きっと何でもよく似合うな。どうしよう。色はどうする。刺繍も決めねば」
俺が何か返すよりも早く、医仙が卓へと身を乗り出した。
「そうですよ、キョンヒ様。私たちのせいで、わざわざ御婚儀を先延ばしにして下さったって聞いてます。
それなら今のうちに準備出来る事はやっておくと、後が楽ですよ」
「うん、そうする。ウンス」
「はい?」
「その金の輪が、噂の金の指輪なのか?」

乗り出した医仙の卓に掛かった左手の指の金輪にキョンヒ様の丸い目が、吸い付くように当たっている。
大護軍が指輪を嵌めた自身の左手を、さり気ない素振りで右手で覆い隠す。
キョンヒ様は嬉しそうに脇の俺へと目を戻し
「チュンソク」
「・・・はい」
「王様が、王妃媽媽と同じ指輪を御誂えになったと伺った。
ウンスと大護軍の嵌めていらしたものが、大層素敵だったからと」
「キョンヒ様」

その声に慌てて首を振る。俺は装身具を着けるのは好かん。
第一畏れ多くも王様や大護軍とは、立場も俸禄も全く違うのだ。同じものなど嵌められるわけがない。
そんな心の動揺など気付かぬまま、キョンヒ様は俺に訴える。

「婚儀が整って、装身具を揃えるのは嫁の家の務めだ。ただ、チュンソクの指の太さがわからないと」
「それは追追。まずは大護軍と医仙の御衣装を仕立てて頂かねば」
「・・・チュンソクはいつでも賢いな」
「キョンヒ様、そういう事では」
「いつも冷静で」
キョンヒ様はそう言って、苦しそうに笑う。
「私ばかり」

どうしろというのだ。目の前の大護軍、此方を見つめる医仙、苦しげに笑うキョンヒ様。

誰を最優先にすべきなのだ。命を懸けて従いていく大護軍か。
それとも淋し気に珍しく静かになってしまったキョンヒ様か。
それともこの成り行きを見守って何かもの言いたげな医仙か。

武人の面目か、それとも恋慕か、それとも風評か。

誰よりもいじけて泣き出したいのは己かもしれん。
三人の目が当たらぬように頭を下げ、大きく溜めた息を吐く。

「失礼いたします、キョンヒ様。皆様にお茶を・・・」

そう言って扉を開け、足を踏み入れようとしたハナ殿の歩が扉の敷居で止まるのを、下げた目の隅で確かめる。
よく判る。さぞや異様な空気だろう。先程まで大きな声ではしゃいでいた女人御二人まで押し黙っているのだ。
遠慮がちに床の上を滑るハナ殿のポソンを伏せた目で見詰め、顔を上げるきっかけを探し続ける。

今は大護軍の気持ちが、痛いほどに判る。
これからは言葉足らずでもその肚を読むのも楽になるかもしれん。
いや、せめてそれくらいは収穫が無ければ、この気まずさは割に合わん。

 

「じゃあウンス、明日の昼にな」
「はい」
「店で会おう、待っているから」
「よろしくお願いします」
敬姫様は部屋での落胆した様子など無かったよう、鷹揚にこの方へ笑いかける。
そして此方を振り仰ぐと
「大護軍もわざわざ御足労頂き、申し訳なかった」
「・・・此方こそ」
「早く御衣装が決まると良いな」
「は」
己の短い返答に微笑まれ、満足げに頷かれる。

「キョンヒ様、それでは俺も失礼します」
「え」
続いてチュンソクが頭を下げた処で、敬姫様の浮かべていた笑みが掃いたように消える。
「チュンソクも帰ってしまうのか」
「今日は大勢でお騒がせしました。ゆっくりお休みを」
「でも、淋しいな」
「・・・キョンヒ様」
「こんなに早く帰ったら、淋しい」

チュンソクが困ったように眉を下げるのに、見兼ねたハナ殿が
「お嬢様、では明日のお出掛けの衣をハナと選びましょう。
そうすれば明日、ウンス様とお出掛けになる時に騒がず済みます」
敬姫様とチュンソクの二人に助け舟を出す。

型破りな姫様だという事は、当時から知っているつもりだった。
しかし今日改めてお会いし、成程と唸った。これは想像以上だ。
俺のこの方とは違った意味で、やはり浮世離れした方だと。
翁主と儀賓大監の姫として大切に育てられれば無理もない。
皇位のみを喪われたとはいえ、実情は何も変わっておらん。
まだお若い故もあるのだろう。これはチュンソクも悩んで無理もない。

頷いた敬姫様はチュンソクを見上げて問い掛ける。
「チュンソクも、明日店に来るか」
「・・・役目が終わり、間に合えば」
「じゃあ、うんと綺麗にしていく!」
何の衒いも無くおっしゃる声に、奴の顔が困ったように笑む。

 

「チュンソク」
「は」
西へ回ったとはいえ、夏の陽は未だ高い。
大監の御邸の正門を衛士に見送られて出た処で声を掛けると、奴が足を止めて此方を見つめた。

「これからどうする」
「兵舎へ、戻ります」
「急ぎの用はあるか」
「いえ、夕からの歩哨は既に」
「宅に寄って行け」
「は?」
「茶を飲んで行け」
「いえ、それは」
「飲め」
「・・・はあ」

その返答を聞いて無言で歩き出した横、この方が困ったように笑いながら俺の眸を見上げる。
「ヨンア、そんな不愛想な誘い方。ケンカじゃないんだから」
俺がその瞳を見下ろすとこの方は小さく首を振って、次にチュンソクへ振り返る。
「チュンソク隊長」
「はい、医仙」
「ご飯食べてかない?いろいろ紹介してもらったし。ねヨンア、食べてってもらっていいよね」
「構いません」
「じゃあ、決まり!あ、私は飲まないわよ、明日サイズ計る時にむくんでたら困るもん」

嬉しそうに弾むように歩き始めたこの方を護りながら、傾きかけた陽の中を宅へと向かい、俺達三人は大路を歩く。

 

 

 

 

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