向日葵【伍】 | 2015 summer request・向日葵

 

 

「ヨンさん」
門前で大護軍にそう声を掛けた巨きなコム殿は、大護軍の背の斜め後ろに着く俺に気付くと
「迂達赤隊長」
穏やかに呼んで微笑んだ。

しかし気まずい。
毎度毎度大護軍の御邸にお邪魔する時には、何かしら騒ぎを起こした後の気がする。
テマンとトクマンの取組み合いの後の夜半といい、此度のキョンヒ様との小さな諍いの後といい。

俺はコム殿に小さく頭を下げる。
コム殿はその巨きな体で塞いでいた門を一歩脇へ避ける。
そしてゆったりと邸内へ踏み入る大護軍の背が目の前を過ぎるまで、頭を下げたまま見送る。

西に回った陽射しが照らし出す医仙ご自慢の庭の草木の緑が、すぐに目に飛び込んでくる。
ひと際鮮やかな向日葵が丈高く、黄色い大きな花弁を日に透かし片隅に凛として咲いている。

そこを見る俺の視線に気づいたか、医仙がその歩を止めて
「とっても優秀なのよ、向日葵は。種は特にね。熱に弱いから、あんまり加熱しない方がいいんだけど。
妊婦さんにもいいの。チュンソク隊長も、そのうちひつ」
「イムジャ」
医仙の冷やかし声の途中で、大護軍が低く制止の声を上げる。
「申し訳ないが、タウンと共に、飯をお願いできませんか」
「・・・うん、分かった」

医仙は一瞬黙って大護軍の目を見た後に笑んで頷くと、そのまま玄関の方へと小走りに駆けて行く。

その背が玄関の戸の影に消えるまで、大護軍は大切そうな目で其処からじっと、動かずに見つめている。
ただいま、と明るい声が戸の影から聞こえて初めて息をつくと、視線がようやく俺へと戻る。
「さて」
「はい」
「そろそろ弱音が吐きたいだろ」
「大護軍」

庭の隅、大護軍は腕を組み、西陽と向日葵を背に逆光の中で小さく首を傾けた。
「天真爛漫といえば、耳には心地良い」
「・・・はい」
「しかしそれは世間知らずと紙一重だ」
「正しくおっしゃる通りです」

逆光の中の大護軍が、困ったように首を振る。
「ご翻意は期待するな」
「しかし、俺が先に逝けば」
「なら逝くな」

逝きません、そう言ってどうにかなるなら言いもする。
そうでない事は大護軍も俺もよく知っている。
その後に、あの世間知らずの無茶な方が一人で残れば。

「俺は逝かん。お前も逝くな。一人で残したくなくばな」
「婚儀の前なら、ただの死に別れです」
ぼそりと落した呟きに、逆光の中でも大護軍が呆れた顔をしたと分かる。

キョンヒ様を幸せにしたいと思う。
俺を慕って下さるのも痛い程判る。
周囲の方々の為そして俺の為に皇位まで擲った無茶な姫様を、この先ずっと守っていきたいと思う。
この腕の中にそっと閉じ込めただけで泣き出すあの困った方を、泣かせてでも離したくないと思う。

それを伝えようとする度、年長者としての、男としての、そして兵としての分別がそれを止める。
「臆病者と、医仙に言われたことがあります。その通りです。失うのも残すのも未だに選べない」
「お前の許婚だぞ」
「だから困っています。あの方は御存知ない。俺が臆病な事も、今でも逃げたいと思っている事も」
「おい」
「婚儀の衣装に拘りなどない事も、装身具を好まぬ事も」
「チュンソク」
「大護軍が医仙にされるようには出来ん。それを御存知ない。それが心苦しいのです。大護軍にはお分かりになりません」

吐き捨てた言葉は全て真実だ。今まで隠していただけで。
「・・・お前な」
大護軍の言葉尻は、笑いを含んで揺れている。
「笑い事ではないです」
「可笑しくてな」
「大護軍!」
「お前、俺のようにと言うが」

大護軍は声を低くして俺へと唸った。
「二の舞を舞って何になる」
「それは」
「敬姫様が選んだのはお前だ。俺ではない。
もし俺が良いならあの方がおられようと関係なかろう。真直ぐ俺に来た筈だ」

光を背にした大護軍から、この面はよく見えるのだろう。
大護軍の言葉に思わず顔を顰めた俺に
「想像だけで妬けるか」
「・・・いえ」
「重症だな」

ヨンア、チュンソク隊長、ご飯ご飯と、明るい声が居間の方から庭へと響く。
その声に振り返りながら、大護軍はこの顔を見ることなく呟いた。
「良い事を教えてやる」
「はい」
「あの方が俺以外の男の名を呼ぶだけで、ぶん殴りたくなる」
「・・・え」
「平気な顔をしていても、そんなものだ」

踵を返し、医仙の声に引かれるように大護軍が庭を横切る。
「忘れろ。言うなら俺にでなく、敬姫様に直にお伝えしろ。
そうでなければいつまでも逃げたくなる」
「はい」
「但しひとつだけ覚えておけ」

何を忘れるなと言っているか、それだけは読める。何しろ鍛えられたのだ。
「医仙が俺の名を呼んで下さるのは、決して」
「よく判ってるな」

偶さか飯に誘われて、ここにいるから呼んで下さるだけだ。
それで殴られたのでは、踏んだり蹴ったりではないか。

 

 

 

 

皆さまのぽちっとが励みです。
お楽しみ頂けたときは、押して頂けたら嬉しいです。

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ
にほんブログ村
今日もクリックありがとうございます。

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ

2 件のコメント

  • SECRET: 0
    PASS:
    さらんさん、またまた素敵な展開をお見せ頂き、ありがとうございます❤︎
    ヨンの胸の内に隠していた悋気…、チュンソクにバラしてしまいましたねε-(´∀`; )
    上司と部下というだけでなく、手に負えない婚約者に、オロオロしている同志のようなモノなんですねσ(^_^;)
    ああああ、それにしても、他の男の名前を呼んだだけで ぶっ飛ばしたくなる…なんて❤︎、どれだけ惚れてくれちゃってるんだよ⁉︎と、胸がキュンとなります。

  • コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です