向日葵【弐】 | 2015 summer request・向日葵

 

 

「ヨンア」
庭先からの声。

驚いたこの方が居間の中で振り返ると、慌てたように縁側の先へと走り寄る。
「叔母様、どうしたんですか?」
「ああ、ヨンアに婚礼衣装の仕立て屋を探すように頼まれてな」
「え?」

縁側の先、居間の中へ投げられた叔母上とこの方の二つの視線。
耳後ろを掻き、腰を上げる。
二人の前まで進み縁側に胡坐をかくと、庭先の叔母上を見上げ淡い期待を舌へと乗せる。
「見つかったか」
「いや、それがな」

叔母上は気まずそうに口籠り、この眸を受けて首を振る。
「マンボも使って情報を集めたがお主の婚儀の衣装だと知ると、どの店も潮が引くようにな。
うちでは役不足だの、繍房には敵わぬだのと」
「・・・・・・」

予想していたといえ己の耳で聞くと怒鳴りたくもなる。
この方が欝憤を溜めていたのも尤もだ。
俺の婚儀を肴に盛り上がるなら、少しは力を貸せと言いたい。
他人事で面白可笑しく騒ぐだけでなく。

「如何する、ヨンア」
「チュンソクが頼りだ」
「迂達赤隊長か」
「儀賓大監の衣装屋を伺うよう言った」
「儀賓大監というと」

叔母上は暫し押し黙り何か考えるように俯いた後に顔を上げ、俺へ向かって短く尋ねた。
「姫様か」
「そうだ」
「あのお二人、婚約を交わしたと聞いたが」
「・・・らしいな」

冗談事でない。このまま奴に先を越されるかもしれん。
重い気分で唸ると、叔母上が口元を綻ばせた。
「儀賓大監も銀主翁主も、お主の婚儀を待っていらっしゃる」
「何だそれは」
「隊長の上官であるお主の先を越して、婚儀を挙げる訳にはいかんと。ヨンア、良い処に目を付けたな。
お主の婚儀を滞りなく終える為なら、 あの御二人もさぞお喜びでお力を貸して下さろう。
隊長の佳き報せを待っておると良いぞ」

庭先に響く叔母上の呵々大笑に力なく立ち上げると、
「忙しいところ、煩わせた」
小さく顎を下げ、二人の女人を残して寝屋へと退散する。
「キョンヒさまとチュンソク隊長が婚約って、ほんとですか?」
廊下を小さくなるこの背の後。
目を当てて気にしながらも、叔母上へと話しかけるあの方の隠しきれぬ弾んだ声がする。

他人の婚約話より、俺との婚儀が先だろう。
痛む頭を振りながら、心で願うのは唯一つ。
チュンソク、頼む。
お前が仕立て屋を聞いて来ねば、お前らの婚儀も先送りだ。
それが嫌なら釈迦力になって聞き出してくれ。

 

「ねえ、ヨンア」
結実しなかった叔母上の話を聞いた夜半。
寝台の上、腕の中でこの方が小さく問い掛ける。
「・・・はい」

この時だけだ。何も憂う事なく思うさま深く息が出来るのは。
細い肩を抱き締め、亜麻色の髪に鼻先を埋め、面倒な何もかも忘れてただぐっすりと眠れるのは。
しかし俺のこの方は今宵、どうやら同床異夢に居られるらしい。

「キョンヒ様とチュンソク隊長、いつ婚約したの?」
「・・・つい先日」
「全然教えてくれないんだもん!教えてよ、私の患者とあなたの同僚、それもただの同僚じゃなく、大切な人でしょ?」

あなた以外に大切な人を持った覚えなど無い。
咽喉元までせり上げる声を月夜の寝台の上でどうにか抑え、顎で頷く。
確かに大切だ。迂達赤の皆どいつも大切だが。
ただ大切な人ではなく、せめて大切な仲間と言って欲しい。

「それでね、考えたんだけど。こうして隊長もキョンヒ様もいろいろ調べてくれてるんだし。
私たちの衣装の事でお2人の結婚も、遅くなっちゃってるんだし」

腕の中、胸へ小さな顎を乗せ、懸命に眸を捉えようとするこの方の温かい息が袷の肌へとかかる。
嬉しさに幾度も繰り返す瞬きで、その睫毛の先がこの顎の先を掠めて擽る。

無邪気に見開くその瞳。
窓の外の白い月が偶然映るのも腹立たしいのに。
この方はそんな俺など気にする事もなく、腕の中の自分をようやく見たこの眸に嬉し気に笑い、平然と言うのだ。
「久しぶりに会いに行きたい。キョンヒ様に。だめ?」

せめてもの救いは紅い唇から漏れたのが女人の名である事だ。
男の名であったなら、たとえ仲間であろうと家族であろうと。
何も答えず黙って見つめ返すと、大きかった瞳を胡乱気に細め、この方がじっと其処を覗き込む。
「ヨンア・・・何か、怒ってる?」

怒っている。
そうやって俺に擦り寄り、肌に息を吹きかけて。
灼ける程に熱い鉄鏝を押し付ける痛みを味合わせながら、平然と他の者に会いたいとねだるあなたに怒っている。

それ以上に怒っている。
我儘を止められず言われるがまま誓いの輪だ金剛石だ、白絹の衣装だと。
そんな物に右往左往し、こうして振り回される己自身に怒っている。

そして何より怒っている。
どれだけ婚儀が延びようと、俺の腕の中でこうして見上げるあなたに。
その瞳が欲しがるならば全てを与えてやりたいと思う甘さに怒っている。

「・・・いえ」

怒りの余りこの肩を抱く腕が、力を籠めぬよう息を吐く。
怒りに任せて抱いたなら、この細い肩などすぐに砕ける。
怒っていると言えぬ己に、怒っている。
気遣いを忘れたがる己に、怒っている。
婚儀まで絶対に手は出さぬと、誓いを立てた事に怒っている。
時に奪う事も愛だと、この頭に過るそんな詭弁に怒っている。

そんな腑抜けた己自身が嬉しいと思う事に芯から怒っている。
どうしてこれ程迄に腹立たしくそして愛おしいのか判らずに。

「じゃあ明日にでも行きたいな。キョンヒ様に会うの久し振り。ハナさんも元気かなあ。チュンソク隊長は毎日会ってるの?
初々しくっていいわねー。あ、婚約式とかしないのかな?大貴族の名家だし、それくらいはありそうよね。
それともまだ、内密にしておきたいのかしら」
「黙って」

とめどなく溢れるその声ごと、小さな頭を懐へと抱え込む。
今二人きりのこの時だけは、何もかも放っておいてくれ。
その瞳に俺だけを見て、その声で俺だけを呼んで、そして
「眠って」

明日の朝まで、月すら見ないでくれ。

 

 

 

 

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2 件のコメント

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    さらんさん!
    またまた名言が誕生しましたね!
    月すら見ないでくれ…って(゜_゜)…❤
    ああ…いったい、どうしたら良いのでしょう、こんなセリフを吐かれたら。
    ヨンは心の中で思っていても、決して口にはしてくれませんが^_^;。
    多くのファンの方々は、早くヨンの思いを遂げさせて~とお思いかもしれませんが、「14番目の月」が好きな“S”の私は、まだまだ、まだまだ、この切ない極上の蜜月を堪能させて頂きたいと願ってやみません。
    さらんさん、素敵な週末の夜をありがとうございます❤

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