蒼月【後編】 | 2015 summer request・ブルームーン

 

 

「壱、病前、とは」
「それを、まず食べてほしいんです。抵抗力をつけるので」
私の声に頷いて、王様が文字を目で追いかける。
「大根、山芋、鶏の肉、蕎麦粉、大蒜」
読み上げた王様が、私を不思議そうに眺める。
「これで良いのですか」
「はい。簡単に手に入りそうでしょ?でもそれで値段が上がったり乱獲になると困りますね」

私の頃だってあったわ。
スイカダイエット、ミスカルダイエット、バジルシードダイエット。
人気になるたびにスーパーで品薄になるし値段は上がるし、当時ほんとに使いたい時や欲しい時に困ったものだった。

この時代なら基本的に自給自足だもの。影響は深刻よね。それは避けたい。
そのために入手が簡単で、一番効果的な食材にしたし。
王様は私の声に頷いて、この人に言った。
「市での品の流れに気を付けるよう、八道監営に伝えよう」
「各市でも暫し、官軍に見廻らせます」

まあそのあたりは、男性陣に任せるとして。
「そして、もしも万一発生すれば、2です」
私はVサインみたいに、指を2本立てて見せた。
「弐ですか」
王様はリストに目を戻して呟かれた。

「今年の蒼月がこれからというなら、心配は秋から冬ですよね?
なら発生のタイミングによって六淫どれが起きてもおかしくない。
飢饉が原因ならまた違います。だからまずは体内のデト、ええと、解毒作用の高い物を」
「生姜、緑茶、山椒、葱、蕗、桃、柿、梅、酢、木耳、椎茸。
小豆、瓜、海藻、海老、蓮、麦、蜆、紅参・・・ですか」

王様が驚いたようにリストを読み上げて行く。
「紅参以外は、病に効くとは知らなんだ」
私はそのお声に大きく頷いた。

「全部なんて食べなくていいです。手に入りやすい物も、多分場所によって違うし。
例えば海で取れた海藻や海老、山で取れた柿や麦や梅も干して、物々交換って手もありますよ。
どっちも保存が利きます。
あ、干すって言えば大根は千切りで干すと栄養価も上がるし、生で食べるのとはまた違う、鉄分って栄養が増します。
椎茸が生えてるのかは知りませんが、椎林を探す価値はあるし」

そう言い出した私の手を、机の下でこの人がぎゅっと握る。
「・・・もう結構です」
「だって!」
「いや、大護軍。医仙の知識も案もとても興味深い」

ほら、王様だってこう言って下さってるわ。
私が目で得意げに言いながら横のこの人を見ると、それを横目にちらっと確認して、大きく溜息をついて首を振る。
でもその黒い目がまだ言ってるのよね。黙って下さい、って。
私は仕方なく口を閉じる。
そんな視線の会話をご存じない王様は、明るくおっしゃった。

「ではまず、壱のものを推奨しよう」
「は」
「広く広まるよう東西大悲院は元より、各地の郷校や済危宝、恵民局に沙汰を出す。
蒼月の事は伏せても、夏の暑邪や湿邪、熱邪を治めると伝えて不思議はあるまい」
「は」
「ニンニクはカンジャンに漬ければ実も食べられるし、その後のカンジャンは味付けに使えますよ、王様」
「それは一挙両得だ」
「そうですよー!」
「・・・医仙」

最後に響いた低い、怒ったような声。その声に王様は面白そうに笑われて
「そうだな、このあたりにするか。先ずは医仙」
そう言って穏やかにこちらを見る。
「はい」
「心より礼を。医仙にこうしてお伝え頂いただけで心強い。寡人では考えつかなかった」
「いえいえ。実際に疫病が起きればまた違いますが、それまでは予防策を講じます。軽症化にも被害縮小にもつながるし」
「ええ」

王様のその声が合図だったみたいに、この人が静かに席を立った。
「では、王様。早速手配致します」
「ああ、頼む」

頭を下げて、横の私をちらりと見て、その唇だけで
参ります。
そう告げてこの人は大股で部屋の扉に歩いて行く。私は慌てて王様に頭を下げて、大きな背中を追いかけた。

 

*****

 

「今宵だそうです」
王様との康安殿での対面から、しばらくしたある日。
典医寺に迎えに来たあなたが、珍しくすぐに帰ろうって言わずに部屋に入って来る。
私は窓際で振り向いて、入って来たあなたを目で追った。
「何が?」

問い掛けに呆れたみたいに首を振って
「蒼月の日です」
「・・・ああ、そうだ!」
夏も終わりそう。風が涼しくなって来てる。いつの間にかセミの声も小さくなってる。
あなたの姿を窓の外に探す時、ついこの間までは真昼みたいで、風も全然吹いてなくて、暑そうだな、って心配してたのに。

大きな歩幅で進むあなたの髪が、いつの間にか風に揺れてる。
夕陽に眩しそうに眼を少し細めて、赤い空気の中を歩いてる。

夕暮れが早くなってる事を、いつもは濃紺のあなたの着物が紫に変わって見えて初めてやっと気付いた。
あなたはいつだって、そうやって周りの景色を従えて歩いてる。
どこにいたって、すぐに見つける。あなただけがそこに見える。

こうやって毎日逢えること、無事に帰って来てくれること。
他には何もいらなくて、その姿を見るだけで嬉しくて。
「そうか、今晩なのね」
「ええ」
「今のとこ、どう?」
さすがの私だって覚えてる。そこまでは呑気じゃないわ。
扉の外、診察室にまだいるみんなに聞こえないように、小さな声で訊いてみる。

「兆候があれば書雲観より遣いが来る手筈ですが、王様より御言葉もありません。
東西大悲院も同様、疫病の報告も一切なく」
「じゃあ、心配はないってこと?」
「病前食が効いておるのかもしれません」

あなたは何故か低い声で笑う。そしてその黒い瞳を私に向けて
「少なくとも此処に、生き証人が居る」
そんな風に言うから、思わず顔が熱くなる。
ううん、あの食材リストを出す時、これでばれるかなあってちょっと恥ずかしくはなったのよ。
書かれてたのは我が家のメニューに近いものが多かったのは、自分が一番よくわかってたもの。

トンチミも、ミョッククも、メミルプッチムも、ポソッポックムも。
パッチュクも、ヨングンチョリムも、セウマヌルチョンポックムも、タッコムタンも。
大根、ワカメ、蕎麦粉、きのこ、小豆、蓮、ニンニクの芽、海老、鶏肉。
毎日食べてるあなたにだけはわかっちゃうかも、って。
「いつわかったの」
「最初から」
「人が悪いわよ、黙ってるなんて」

涼しい顔で言うあなたに思わず脹れ面で返すと、その目がじいっとこっちを見るから。
だから思わず言ってしまう。本当のことを。
「だって、長生きしてほしいもの」
「・・・はい」
「ずうっと一緒にいたいじゃない」
「はい」
「あなたと一緒に、これから何回も何回も」
「イムジャ」

あなたはゆっくり窓際の私に歩いてくる。そして大きな手で、私の手を握ってくれる。
「帰りましょう」
「・・・うん」

頷いて窓際を離れる。きっと知ってるのよね、あなたの事だから。
あなたが迎えに来る頃手術で忙しくない限り、こうやって窓際であなたの無事な姿を待ってる事も、全部。

それなのに黙ってる。ほんと人が悪い。

 

*****

 

「ヨンさん」
門で出迎えたコムに手綱を預け
「コム」
鞍を滑り降り、まだ鞍上にいる方に手を貸す俺の声を待つ奴に背を向けたまま、小さく呟く。
「はい」
「今宵はタウンと、月を見ると良い」
「ああ、満月ですね」

コムは俺の背後で空を見上げる。
「ただの満月ではない」
この方を降ろし並んで玄関へと歩みながら、片頬で笑む。

「幸運の月だそうだ」
「そうなんですか」
驚いたように上がった声にこの方が大きな背へ振り向き、首を傷めそうな程の高さにあるコムの目を見上げて頷いた。
「私が保証する。絶対よ!」
朗らかなその声に、コムが優しく笑んで頷き返した。

 

「ただいまぁ!」
「お帰りなさいませ」
宅の玄関先で出迎えたタウンに向かい、この方が嬉しそうに
「ねえねえ、タウンさん?」
内密な話をするように女人同士の気安さで、タウンへとぴたりとその身を添わせる。

「今日、絶対コムさんと一緒に、月を見てね?」
「はい?」
「幸運の月なの、だからそうして」
タウンが戸惑うように頷いた後、この方へ向け目を細める。
「では、誰よりも、ウンスさまがご覧下さいね」
「え?」
「大護軍と共に、必ずご覧下さい」
「タウンさん」
「御二人には、誰より幸運に恵まれて頂きたいので」

タウンは真剣にこの方を見遣り、慈しむように言葉を重ねた。
「必ずですよ、ウンスさま」
「う、うん。わかった」
「玄関先で申し訳ありません」

この方の返答に得心したか、タウンは笑んで俺達の後に付き、居間への廊下を歩き始めた。

 

「ヨンア」

夜の訪いがすっかり早くなっている。

いつもと同じように湯を使い、夕餉を終える刻。
つい先日まで 明るかった筈の西の空は、今はもう陽の影もない。
涼しく吹く風がさらりと亜麻色の髪を靡かせる。

縁側に座る己の横、この方が静かに腰を下ろす。
「誘ってくれると思ったのに」

拗ねたような声に、小さく喉で笑う。
あなたが来ると判っていた。だから待っていたと、この方には通じているだろうか。
あなたが典医寺の窓脇で、いつでも俺を待っていて下さるように。
俺もいつでもあなたを待っているのだと、知っているだろうか。
あなたが俺の長寿を祈り、日々その心を砕いて下さるように。
俺もあなたの長寿を祈り、これから幾度でも共に蒼月を見たいと願っていると。

「月が上がりました」
呟いた声に、横のあなたが楽し気に頷く。
「地割れも突風も、起こりそうもないわね」
「ええ」

この先は分からん。蒼月の後に何が起こるか。
ひと月に二度めの稀な満月を、こうして共に見る。
そして祈る。何も起きぬ事を。
起きた時には悔いを残さず、全力で事に当たると。

今でもあなたの心を痛め、泣かせ、辛い思いをさせる。
双城のソンゲの治療の折も、此度の疫病騒ぎにしても。
俺はあの頃と、何も変わっておらぬのかもしれん。
それでも一つだけ誓える。二度とこの手を離さぬと。
これからも幾度でも、あなたと共に蒼月を眺めると。

あなたが俺を笑わせる為、明るい陽の笑顔の下に不安な本心を隠そうとするなら。
俺はあなたの心からの明るい笑顔を見るために、その心の不安を全て背負うから。

その太陽の輝きを護るために、全ての闇を背負おう。
影を背負い形を変えても、夜空に浮かぶ月のように、何時でも其処にいるあなたを照らす。
蒼月のように。今宵の天に浮かぶ月のよう、あなたの幸運の月になる。

横に座る小さな肩を抱く。蒼月を映す瞳が、三日月に笑む。
夏でも、冬でも、抱き締めて。耳の中でその声がふと蘇る。
夏が終わろうとしている。これからは腕の出番だ。
この方を抱き締め、温め、護るのはこの腕だけだ。

少し強く引くと、この方が腕の中へ倒れ込む。
こうして肌に触れても、汗が浮かぶ事も無い。
ただ互いの温かさに、懐かしい気持ちになる。

今宵の幸運の月が、秋の訪れを告げている。
蒼月は本当に、幸運の月なのかもしれん。

秋の初め、この方を抱き締めて膝へ乗せる。
ようやく此処へ戻って来た小さな体を抱え息を吐く。
「最初から、そうすればいいのに」

天と地と双の蒼い月に抱かれ、太陽が明るく笑った。

 

 

【 蒼月| 2015 summer request・ブルームーン ~ Fin ~ 】

 

 

 

 

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