錦灯籠【玖】 | 2015 summer request ・鬼灯

 

 

「誤飲、ですか」
トクマンが此方を確かめるよう繰り返す。
「そうだ。それしかない。本来は薬である草を渡した。最初から毒だったわけではない。
キム侍医に確かめたが、そうした薬草は数え切れぬ程あるそうだ」

トクマンと共に、私室に籠ったチュンソクが頷く。
「・・・成程」
「本来なら許される事ではない。お前の幼馴染でなくばこうはせん。
後はあの薬師に二度とせぬと誓わせる。そこまで終わらねば終わりと言えん」
「で、でもどうやって」
俺の脇でテマンが問いかける。
「ずっと誰か、付いて見張る訳にはいかないですよね」
「・・・そうだな」

太く息を吐き、俺はトクマンを見遣る。
「廃業くらいで済むなら良い方だ。
そうすればお前の肩の荷も降りるぞ、トクマニ」
「・・・アラに話してみても、良いでしょうか」
俺の眸を見、奴が真直ぐに聞いた。

「決めるなら、あいつに決めさせたいんです」
「刻はない」
「判ります。今から行って来ます」
「そうしろ。明日の朝、話を聞く」
そう残して椅子を立つ。
「結論が出ても、今晩は訪うな」
踵を返し扉から出る寸前に放った声に、チュンソクが深く項垂れた。

 

*****

 

「アラ」
「トクマニ。どうした」

雨除けの外套一枚を羽織って、大路の端まで駆ける。
飛び込んだあいつの薬房の中、呼び声にアラが顔を上げる。
「毎度毎度、来るたびに騒がしいな」
「それどころじゃない」
俺は入口の扉の軒先で、羽織っていたびしょ濡れの外套を剥ぎ取る。

「急いでるんだ。時間がない」
「そうか」
「大護軍に会ったか」
「ああ。偶さか今日、此処で助けてもらった」
「助けてもらっただぁ?」
思わず大声が出る。
「何だ、それは」

そんな事は聞いていない。大護軍は一言も言っていなかった。
俺の大声に何が可笑しいのか、アラは声を顰めて笑い始めた。
「トクマニ。お前も変わっているが、あの大護軍という人も相当な変わり者だな。先に連れて来た医仙も変わっていたが」
「変わり者なんかじゃないぞ、大護軍も俺も」
敢えて医仙には触れない。あの方は、確かに少し変わっていらっしゃるから。
だけど言えない、天から来た御人ゆえに変わっているだなんて。

「他人に、よくもそう好んで関わろうと思えるものだ」
「他人じゃないだろう!」
「他人だろう、全くの」
平然と言い放つアラの狭い居間に足音を立てて上がり込み、俺はどっかりと卓向かいに腰を下した。

「お前な、いい加減にしろよ。何度も言ったろ、妹みたいなもんだ。妹なら他人じゃないだろう」
「家族ならな。家族ではない。いや、家族でも他人には変わりない」

アラに俺の声は全く届かない。一片すら届いている気がしない。
「家族が亡くなっても私はこうしている。咽喉も乾くし、食事もする。そして忘れて生きて行く。何もなかったように。
家族でもそうだ、トクマニ。相手が生きても死んでも、私には関係ない」
「アラ。お前、本当にどうしたんだ」

トルベが、チュソクが、迂達赤の皆が逝き俺はあれ程胸が痛かった。胸が痛むから忘れない。
だんだんと優しい記憶だけが、楽しかった頃の思い出だけが蘇っても、忘れるわけじゃない。
ずっと家族だ。迂達赤として共に戦い、同じ人を追い掛けた仲間だ。
「一緒に死ぬだけが家族じゃない。死なないからって他人てわけじゃない。
残されたら、先に逝った相手の分まで精一杯生きるのが家族だろう。そうじゃないのかよ」
「優しいな、トクマニ」
「アラ、俺は真剣に」
「では訊こうか。お前が大切な家族を、その手で殺めたらどうする」

俺を真直ぐに見て問いかけるアラに、意味が分からず首を傾げる。
「そうだな、例えばその槍」
アラはそう言って、トルベの槍を目で指した。
「それでお前が家族を突いて、家族が亡くなった。突くつもりはなかった。事故だった。そう言って忘れるのか。
それとも良心の呵責に苦しんで、家族と共に己の命を断つか。さあ、お前ならどうする」
「何で、そんな話になるんだ」
「・・・答えになっていないな」

アラは低く笑うと、首を振った。
「これしきの問いにすら答えられぬなら口を挟むな。鬱陶しい」
「アラ」

考えろ。考えろ。無い知恵を絞って。これまでのアラの声に何か隠されているはずだ。
こいつに、俺の声が届かない理由は何だ。
読んでみろ。大護軍みたいにその裏を。隊長みたいにその肚を。
そうじゃなきゃこいつは変わらない。俺には助けられない。

焦りの汗が浮かぶ。俺には出来ない。
そんな事出来ない。だけど読まなきゃこいつは変わらない。

トルベの槍で誰かを突くなんて、考えも出来ない。
トルベ、お前が残してくれた槍で大切な誰かを傷つけるなんて、俺には考えも出来ない。
大護軍を、隊長を、テマンや迂達赤の誰かを。医仙や典医寺の誰かを。
鍛錬中だとしてもチホを突いたら。そしてもしもアラを突いたら。そんな事になったら。

「・・・俺は、突かない」
「トクマニ」
「絶対にそんな事はしない。そんな事が起きるくらいなら初めから他の武器を選ぶ。
操ると決めて槍をやってるんだ。突きそうになったら自分の左手で止める。
そんな事するくらいなら、大切な家族を傷つけるなら、俺の手が落ちた方がましだ」
「己が傷つけば、それで良いのか」
「家族を傷つけるよりずっと良い」
「・・・だから、お前に私は分からない。分かりっこない」
アラはそう言って腰を上げた。
「帰って。もう、来ないで。話す事はない」
「アラ」

それ以上何も言わず、立ち上がる機会を逸して床に座り込んだ俺の横を通り過ぎ、アラの姿が扉から消える。

分かりっこない。話す事はない。それで終わりか。
結局何の言葉も聞けなかった。詫びも、もうしないって言葉も。
これじゃあ変わらない。ほとぼりが冷めればまたやるんだろうか。
俺の大護軍が、隊長が、テマンがここまで気を配ってくれてるのに。
こいつがどうしたいか、出すその答を待ってくれているのに。

それでも諦められない。大事な妹みたいなもんだ。

俺腰を上げアラを追い駆け扉から飛び出しても、もうアラは影も形もなかった。
ただ庭の隅、赤いほおづきが揺れているだけだ。
このほおづきの赤い毒々しい実が全ての原因のような気がする。
こんなに目立つ草がこれ程たくさん咲いて実をつけているから、訳有りの患者が寄って来ては月水流しを頼むんじゃないのか。

降り続く雨の中、外套も羽織らず、無言でほおづきに近寄った。

ほおづきを一握り、この手の中に握り込み目を閉じる。
次の瞬間、握ったほおづきをそのまま根っこから引き抜いた。
握り込み、引っこ抜き。また新しく握り込み引っこ抜き。
ほおづきを全て抜けば、あいつが少し楽になれる気がして。

打ち捨てられたほおづきが、庭の隅に小さな山になっていく。

あいつが変わった理由なんて分からない。俺が迂達赤に入隊してから、会う事は本当に減った。
その間に何があったかも、その裏も肚も分からない。
だけど俺を呼びながら走ってきた小さいあいつを覚えてる。

引っこ抜き、握り込み、引っこ抜いたその次。
ほおづきの根元の土の中、色褪せた何かの包みが目の端に引っ掛かる。

雨のせいで庭は薄暗い。けれど薄暮の中でもその深紫の包みはこの目を掴んで離さない。

何だ。腕を伸ばして、泥だらけの小さな包みを拾い上げる。
しっかり固く縛ったその包みの結び目を、指先で苦労して解く。
そこに包まれていたのは、白く固い、いくつかの欠片。
一緒に包まれている、雨と泥を吸い込み、薄汚れた紙。

何気なく指先で開き目を通した瞬間に、俺はその包みを抱えて庭を走り出た。

皇庭に戻るより近い。すぐ近く、目と鼻の先だ。
今晩は訪うなと言われた。でもまだ夜じゃない。
だからきっと許してくれると信じる。いや、今度こそぶん殴られても構わない。

俺じゃあどうしようもない。あの人にしか頼れない。俺の、大護軍にしか。

 

 

 

 

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