錦灯籠【参】 | 2015 summer request ・鬼灯

 

 

「イムジャ」
典医寺へ迎えに訪れた時から様子がおかしかった。
「ヨンア」
何処か疲れたような笑み。
珍しく俺に触れず、脈も取らず、腕の中へ落ちてきた細い肩。
それを支えながら、昼にテマンから受けた報せを思い出す。

 

「大護軍!」
「どうした」
「トクマニが、典医寺へ」
久々の梅雨の晴れ間。
泥濘だらけの鍛錬場での鍛錬で泥に塗れた体を流し部屋へ戻ったばかりの処で、テマンの声に眉が寄る。
あいつも鍛錬の後は非番の筈だ。何処へ行こうと構わん。
しかし選りによって俺に無断のまま、何故あの方の許へ。
「理由は」
「部屋の中で、よくは。ただ、月水流しと」
「・・・月水流しだと」
「はい、それだけ聞こえました」

トクマンが何故あの方にそんな話を。
内密で詮議の対象になっている、王命に背いた市井の薬房の事か。
さもなくばあいつ自身が、誰か女人に下手をしたか。

何れにしろ典医寺のあの方には無縁の話だ。
王妃媽媽の御体を拝し、ご懐妊の為に身も心も時も削りながら懸命の配慮を続けるあの方。
御子を喪われた媽媽、王様の悲しみを誰よりご存じのあの方に。
あの時、後手のこの掌の中で小さく震えていたあの方に。

あれほど悲しんだあの方にトクマニ、お前は何という事をした。
眸から火を噴く程の怒りに瞬時我を忘れ
「・・・奴は」
音高く椅子から立ち上がると、テマンが勢いに驚いたよう目を瞠る。
「そ、それが、医仙と共に皇宮の外に」
「外に出たのか」
「はい」
「戻れば即刻呼べ」
「はい!」
「テマナ」
「はい!」
「ついでに手裏房へ走れ。開京の月水流しを調べろと」
「はい!!」

頷くが早いか駆け出て行くテマンの背を見詰め、 太く息を吐くと再び音を立て椅子へ腰を下ろす。

トクマン。事と次第に由っては、無事では済まさん。
俺に黙し、もし迂達赤の内々の情報を漏らしたなら。
そして俺に黙し、俺のあの方を何かに利用するなら。

判っている。其処までするならば何かしら、必ず理由がある。
しかしお前も判っているはずだ。そうなれば俺がどう出るか。

首を長くし奴の戻りを待つ俺の許、昼過ぎにテマンが飛んで来て中途の報せを寄越す。
「医仙だけ、典医寺に戻ってくれました」
「一人でか」
「は、はい」
「様子はどうだ」
「無事です。変わりません。しっかり昼餉も取って」

俺を通じてあの方を、姉とも母代りとも慕うテマンだ。
こいつの嗅覚にもその勘にも引掛からねば、大事ではないのか。

トクマン、何処へ消えた。さっさと戻って来い。
その襟首を掴み上げ、問い正すべき事がある。
そう思い、灼ける肚を抱えて待っていたものを。

昼の鍛錬をつけ、王様の康安殿の衛も全て終え、宵の歩哨が立つ刻。
結局奴は最後まで、その姿を現さなかった。

 

そのまま典医寺へと駆けた俺の顔を見るなり。
「イムジャ」
呼んだ俺の腕の中へ
「ヨンア」
俯いて一言呟き、本当に珍しく、触れて下さる事も無く、腕へと落ちてきたこの方の肩を抱く。
そして改めて、肚の中の怒りを抑える。
いつもなら当たるはずの瞳が当たらぬ程、この方を悩ませるなら。
いつもなら触れるはずの指も上がらぬ程、この方を傷つけたなら。

トクマン。お前に何があろうともう斟酌の余地はない。
首を洗って待っていろ。
明日の朝お前の顔を見た時には尋ねる事が山ほど有る。

細い肩が崩れぬように抱いたまま、奴が戻っているはずもない迂達赤の方角の空を睨み、どうにか息を整える。
呼吸が乱れればこの方が気付く。俺まで心配を掛ける訳にはいかん。
「・・・帰りましょう」
「うん。疲れた」

決まりだ、トクマン。

 

*****

 

「何をしている」
扉から出て来たアラが門の脇に立つ俺に目を当て、驚いたように言った。
「邪魔だって言われたから暇潰しをして来た。もう終わったんだろ」
「暇なんだな、迂達赤は」
「ふざけるな、アラ」
「ふざけているのはそっちだ、トクマニ」

アラはそれ以上は何も言わず無言で門を出る。歩き出したアラの横に付き、俺は話し続ける。
「判ってるよな、アラ。お前今、本当にまずいんだぞ」
「トクマニが心配する事じゃあない」
「幼馴染だろうが!」
「だから何だ」
「何、って、心配だろうが!お前の親父さんの事も知ってるんだぞ!妹みたいなもんだろうが!!何かあったら」
「あったら何だ」
「親父さんに顔向けできないだろうが!」
「亡くなった者は土塊だ。顔向けなど気にするな」

アラはそう言って横の俺を見た。
こうして向き合う度に思う。最近はそんな機会も滅多にないが。本当に背が高いよな。そこらの男より高いくらいだ。
餓鬼の頃、オッパと呼びながら俺の後ろを駆けて来た頃は、こんな風に目線が合う事はなかった気がする。
俺はいつでも下を向いて、こいつに話し掛けてた気がする。

「いいか、アラ。俺だって槍の鍛錬もある。大護軍から非番の時は鍛錬するか、体を休めろと言われてる。
暇だから待ってた訳じゃない」
「恩を売っているのか」
「そんなわけないだろう!それから、これだけは真面目に聞けよ」

俺が往来の隅で足を止めると、アラも渋々と言った様子でその歩を止めた。
俺はその高い肩を力を籠めて握った。

「亡くなろうが生きてようが、俺にとって変わりない。土塊じゃない。
お前の親父さんも、俺の迂達赤の家族もだ。忘れるな。二度と言うな」
アラはうんざりした様子で首を振る。
「私には土塊だ。関係ない」
「お前が男なら、今すぐ此処でぶん殴ってるところだ」
俺の低い声に、何故か可笑し気にアラは笑った。その自嘲するような響きに、俺は眉を顰める。

「・・・何だよ」
「男なら、か」
「・・・男じゃないから殴らない。妹みたいなもんだ、言ったろう」
「昔から阿呆だと思ってはいたが」
アラは俺を見もせず、そう言って往来へと歩き出した。
「やはりとことん阿呆だな」

最後に吐き捨てられた声に、俺は足元の小石を蹴り飛ばす。
「言ったからな、これ以上は助けられないぞ!!」
「初めから頼んでなどいない」

往来に遠ざかる後姿。振り返りもしないままアラは背中で言った。

 

 

 

 

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2 件のコメント

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    「決まりだ、トクマン」
    あぁ~やっぱりヨンを怒らせてしまいましたね(^^;
    此度の難題
    ヨンとウンスが上手く解決して
    くれる事を祈ってます(^^)

  • SECRET: 0
    PASS:
    王妃さまの流産の折、ヨンが後ろ手にウンスの手を握るシーン!
    私が1番好きなシーンです!
    嬉しい(//∇//)
    続きも楽しみです!

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