搏動【前篇】 | 2015 summer request・夏期講習

 

 

【 搏動 】

 

 

 

「・・・違います」
「え」
テーブルの向こうから無情に突き返された紙を見て、思わず唸る。
「だって・・・どこが違うのかも分かんないわ」
「医仙」

目の前のチャン先生が、困ったみたいに首を傾げる。
「分かんないわでは、私も御教えのしようがありません」
「だって、脈診ってすごく主観的じゃない?糸をはじくとか、玉が転がるとか。
もっとこう、1分間に何回打つからこれ、とか、客観的な具体的な数値で」
「おっしゃりたいことはよく分かります」

チャン先生は頷きながら言った。
「それが出来れば医官は苦労して指先を鍛え、集中力を高めて脈を読む鍛錬をしません」

脈診テスト。
典医寺の軽傷患者に協力してもらって、チャン先生が脈診した後に私も診て、答だと思う脈を紙に書いていった。
診察が落ち着いたところで先生に答え合わせをしてもらったけど。
チャン先生は困った顔で自分の脈を取った後、腕を私に向かってテーブルの上に伸ばした。
「読んでみてください」

頷いてその脈を取る。うーん。
「ゆっくりと押して」
言われたとおりに指先に力を込める。
「先程と違いが判りますか」
先生の声に首を傾げる。分かるような、分からないような。
「ゆっくりと離して」
そのとおりに、指先をゆるめる。
「最初と同じですか」
「だから、分かんないってば!」

痺れを切らしてそう訴える私に、チャン先生は頭を振った。
「では諦めますか」
言葉に詰まった私に、先生は重ねて穏やかに訊く。
「諦めますか、医仙」

この時代、脈診は患者の病態を知る、体質を知る大きな手掛かり。
諦めたらそこから前に行けないじゃない。
媽媽のお体もご体調も正確に診断できないし、それに・・・
それにあの時のチェ・ヨンさんみたいに、私が傷つけた人に、お詫びも恩返しも出来ないまま。
体調が悪化してくのを、患者のアレストを、ただ手をこまねいて見てるだけなんて嫌よ。

ここにいる限り。少なくともしばらくの間いるって決めたし、未来の医者のプライドにかけて何かしたいじゃない。
21世紀の医療を知ってる人間として、歴史に悪影響を残さない限り、何かしたいと思うじゃない。

「諦めないわよ」
顔を上げてその目を見つめ返してきっぱり言って首を振ると、チャン先生は満足そうに笑って頷いた。
「脈診で一番良いのは、同じ人間の脈を毎日同じ刻に取る事です。
なるべく多く。まずは御自身と、私とでお試しください。医官や薬員にも出来る限り協力させましょう」
「うん」

やるしかないんでしょ。やるわよ。やってやるわよ。
これでも大学もレジデントもフェローも就職も、一切寄り道なしでストレートにやって来たんだから。
集中力には自信がある。稼ぎにならないのは・・・仕方ない。この際しばらく妥協するわ。
迷いなく頷く私に
「立派な心掛けですね」
チャン先生がにこりと笑う。
「ではおさらいです」

その声にごくんと唾を呑む。こんなに緊張したのって久し振りかも。
「患者の診察に大切な四診。全ておっしゃって下さい」
「望診、聞診、問診、切診」
「正解です。其々、何をする事でしょう。まず望診は」
「体型や皮膚の色つやを見る。私の世界もあるわ。視診っていうけど」
「では慣れていらっしゃいますね。舌診がありますが」
「それはなかったなあ。口腔外科や歯科なら別だけど」
「舌苔や色、厚みや口腔内の色、息の匂い、出血も大切です」
「・・・わかった。覚える」

チャン先生が頷いて
「では聞診は」
「声の状態や、体臭から診断する」
「正解です。先程の舌診は目視ですが口臭を併せ診る事が多いので
ここにも含まれるという事です」
「・・・口臭、ねえ」
「はい」

そろそろスパルタ式になって来たチャン先生は、冷静な顔で
「続けます。問診は」
「これは私とほとんど一緒よ。過去の病歴、病証を聞いて診察する」
「おっしゃる通りです。さすがによくお判りだ」
そのほめ言葉に満足して頷く私に
「最後に切診は」

これよ。これが一番の問題なのよ。
「患者に直接触れる診察一般ね。脈診、腹診、背診、あとええと」
「経路触診があります。そして察診。ただし経路はまだ先です。何しろ脈状診を覚えねば」

チャン先生の目がキラッと光った、気がするんだけど。
「さて、脈診です」
その声。何だか楽しんでないかしら。

「まずは脈を定めるのに必要になる証とは」
「虚証と実証」
「それぞれの特徴は」
「虚証は脈が虚弱。基礎体力がない、顔色は白から黄、汗をかきやすい。
患部の触診に抵抗が少ない。病態が劇症化しにくい。
実証は脈が有力。基礎体力があって顔色は赤。汗をかきにくい。
患部の触診を嫌がる。病態が急変、劇症化しやすい」
「まさにおっしゃる通りです。一番分かりやすくお伝えするなら」

先生はテーブルに肘をつき、右手の人差し指を立てた。
「医仙は典型的な虚証。そして迂達赤隊長が典型的な実証です」
「そう、そうやって実例を挙げてもらうと分かりやすいのよ!」
私の声に、チャン先生が苦笑を浮かべる。

「本来は隊長に毎朝夕ご協力頂けると理想的です。
医仙はあの方の病歴も、病態の時の脈も、よく御存知ですから。
ただ、何分にもお忙しい方なので」
「そうよねえ」

チャン先生はそれまでずっとまっすぐ私を見てたテーブル向こう、ふと目を移して、部屋の窓の外を見た。
「・・・考えましょう」
一言囁くとこっちに目を戻し
「では陽経の七表脈を」
「えーっと」

まだまだ続きそうなチャン先生の声の問題集を前に、私は指を折り始める。

 

 

 

 

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