錦灯籠【壱】 | 2015 summer request ・鬼灯

 

 

【 錦灯籠 】

 

 

蝉の声すらまばらな初夏。
久々に木の葉の隙間から洩れる光は、強くも熱くもない。
雨が降ったり上がったり。
道はそんな気紛れな雨で泥濘が出来て、パジの裾を汚す。

庭には待っていた季節の実が、そろそろ色づき始めている。
赤い赤い酸漿。放って置いても次々に生え出てくる逞しさ。
初夏の庭、久々の晴れ間の下でその力強さに苦笑する。皮肉なものだ。

悪い薬ではない。処方と匙加減さえ間違わなければ。
まるで敵のように言う者もいるけれど。
そもそも毒と薬は紙一重。使い方を誤ればどんな薬も毒となる。

「先生」
裏門から俯き加減に、顔見知りの女が入って来る。
此処に来る女たちで表門から顔を上げ、胸を張って堂々と来る者などとんと見ない。

誰も皆素性を隠すよう、スゲチマで深く顔を覆ってやって来る。
まるでその心の内ごとすっぽりと隠すように。
そして私の前でそのスゲチマを外して初めて、同じようにその心情も吐露するのだ。

相手の男が憎い、と言った女もいた。
貧しさゆえに仕方ない、と泣いた女も。
望んだわけではなかった、と怒った女も。

どの女にも理由があり、どの女も泣いている。それぞれの理由で。出す薬は同じだというのに。

私がこうした道に好きで進んだわけでもない。
女だから、分かってくれると思うのだろうか。
何か判ってほしいと、願っているのだろうか。
それぞれ違う理由で涙を零す者たちを、女だからと一括りに出来るわけもないのに。

気持ちを籠め、裏事情を読めば、そこに迷いが必ず生じる。
私は聴かない。私は訊かない。
ただ顔の色を診、 脈を診、必要なら鍼を打ち、灸を据え、そしてあの赤い実の根を渡す。
何故同じ女がこうも続けて来るのだろうと、初めての頃は大層不思議に思ったものだった。
そして知った。女の体の厭わしさを、哀しさを。

無理に月水と流された後、腹が空になると体が求めるのだと。
返してくれ。もう一度、吾の子を腹の中に返してくれと。

ほら。こんな事を考えてしまうから私は訊かない。

「何故、また」
そう尋ねるのは決まって患者の方だ。
「女だからでしょう」
私はそれだけ言って口を噤み、その手首の脈を診る。
確りと脈打つ証。滑脈を指先に感じたまま息を吐く。
「子が出来ましたね」
そう言った時に嬉しいと言う女など、ここでは会ったことが無い。
当然だ、市井でいつの間にやら有名になってしまった月水流しの元に、わざわざやって来る女たちなのだから。

こんな事がしたくて、ここに薬房を開いたわけではないのに。
父から受け継いだ薬草の知識を、役立てたかっただけなのに。
「薬を下さい」
「高いですよ」
「構いません」

どの女も思い詰めた目をして言う。私は振り返り、薬棚の扉、酸漿根と書かれた抽斗を開ける。
どの女にも同じ金額を払ってもらう。貴族の娘だろうと、酒楼で床を借りる遊女だろうと。

腹に宿る命に、親の生業の貴賤は関係ない。
そして生業にどれだけ勝手な貴賤をつけようと、背負うものは同じ。
どの女も背負っていくのだ。同じ痛みをその背に一生。
唯一つ違うのは、その背負う痛みの数だけだ。

 

*****

 

「医仙」
久々にすっきり晴れた朝。
典医寺の薬園の草の間から覗いた珍しい顔に、大きく手を振る。
「あれ、おはよーう!!」
その珍しいお客様は、久々に薬園に入って来ると
「変わらないですねえ!」

そう言って以前はしょっちゅうあの人に立たされてた扉の横に立って、頭を下げる。
「そうよね。もう最後に来たの、どれくらい前?」
「医仙がお留守になる前ですから・・・」
「じゃあ5年近く前って事?」
「こうしてしっかり伺うのは、そんなになりますね」

時の流れに驚きながら、トクマン君の顔を見上げる。
「やだ、信じられない」
私の声に頷きながらトクマン君は懐かしそうにあたりを見回す。
「兵舎でお見かけしますし、戦にもいらっしゃるので、医仙には始終お会い出来ますが、典医寺は」
「そうよねえ!5年かあ、あの頃は髭もなかったし」

私のからかうみたいな声に、トクマン君は自分の顎を撫でる。
「いや、似合わないって言う奴もいるんですが」
「そうなの?男っぷりも上がるし、いいじゃない」
あの人が生やさないせいか、どうにもこの時代の成人男性イコール 髭って感覚には馴染みきれないけど。
「ところでどこか気になるの?調子悪い?傷?突然典医寺なんて」

次から次への質問に困ったように、トクマン君が眉をひそめた。
「いえ、実は、内々で医仙にご相談が」
「・・・珍しいわね?」
「ええ・・・」
急に歯切れの悪くなった口調に首を傾げて、私は部屋の扉を開いた。
「ひとまず、中で話そうか」
そう言う私に、トクマン君はぺこりと頭を下げた。

 

*****

 

「月水、流し?」
「はい」
「ごめん。初めて聞くんだけど、何それ?」
「平たく言えば、子下しの医者です」
「堕胎・・・」
部屋の中。トクマン君と向き合って椅子に腰掛けて、急にそんなディープな話をされた私は、彼の顔をじっと見つめた。

窓の外の久々の晴れ間が急に翳った気がして、窓に目をやる。
そんな事ない。そこから見える外の景色は、さっきと変わらない梅雨の晴れ間。

媽媽の治療に専念してるせいなのかな。
それとも今でもしっかり残ってる、あの時代の倫理観?
勿論患者に、それぞれの事情がある事はわかる。そこに深入りしちゃいけない事も、承知してる。
そうせざるを得ない人がいる。それを権利と呼ぶ人もいる。
だけど。

「表向き、王様からは済危宝を通じて禁止令は出てるんです」
「そうなのね」
「ええ・・・」
生まれて来る子に罪はない、なんて、使い古された言葉だけど。
でも冷静に考えたって、この時代、新生児の死亡率は高いはず。
それにこうしてあの人と一緒にいれば分かる。政変、元の政情不安、そして北の国境と南での戦。
人はいくらいたって足りないはず。考える程に気持ちは重くなる。

「うん、で、トクマン君はなんでそれを」
そこまで言って、ハッとして口を閉じて、目の前のトクマン君をじっと見つめる。
私の視線に気付いたトクマン君が、頭をかいて目を逸らす。

待って、待ってよウンス。分かってるわよね。人にはそれぞれいろんな事情がある。
トクマン君の事は、あの人の後輩としてしか、部下としてしか知らないんだから。
興奮しちゃ駄目。怒るのも駄目。首を突っ込んじゃ駄目。
冷静に、相談された時だけ、真剣に聞いてあげればいいの。

そう心の中で唱えて、大きく息を吸って、吐いて。
「で、月水流しを、何でトクマン君が気にするの」
「最近、開京の市井で、評判になってる薬師がいるんです」
「ドク・・・医者じゃなく?」
「はい」
「でも王様は禁止してるのよね?堕・・・その、月水流しは」
「ええ。表向きは、あの・・・」

確かに若い男性では口にしにくい単語がたくさんあるわよね。私はトクマン君に向けて両手を上げて、その言葉を止める。
「うん、分かった。ううん、分かんないけど、トクマン君が話しにくいのは分かった。でも、なんでそれを私に?」
わがままだけど、自分勝手って十分承知の上で言うわ。
聞きたくないわよ?実は僕のガールフレンドが・・・なんて。あの人の部下から、そんな生々しい話。
「実は、幼馴染が・・・」

ああ、ほら。嫌だってば。聞きたくないってば。
これでも命は平等ってヒポクラテスの誓いを胸に
「その、薬師なんです」
「・・・え」

そっちなの、良かった。思わず言いそうになって、慌てて口を閉じる。
ううん、まず王様の命に背いているのは良くはないけど。
先入観で見るのは駄目。分かってるはずなのに。

線引きはできない。見る角度の違いでどっちも善、どっちも悪になる事がある。

「で、医仙に相談に乗って頂きたくて」
トクマン君は私の心の中を知らないまま、向かいでそう言って俯いた。

 

 

 

 

諦めきれない
『ホオヅキ』(鬼灯)
遠い昔に見た日本ドラマの題名です。
たしか…
近藤○臣主演の恋愛ドラマです。
あ~~年がバレちゃいますね(^^; (hinamiさま)

 

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2 件のコメント

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    知らなかったです。
    ホオズキに、こんな効用が有ったなんて(汗)
    調べてみたら江戸時代にも
    こういう使われ方してたんですね・・
    で、トクマン君
    内々にウンスに相談って事は
    ヨンには秘密ですか~?
    また面倒な事にならなければ
    良いけどねぇ(苦笑)
    続きが楽しみです(^^)

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    さらんさん、此度の出演者はトクマンですか?
    ああ、彼のキャラも好きなんですよ~❤
    いつもヨンに怒られているけれど、意外に武術にも優れているんでしたよね。
    それに、またまた「ワケ有り」の匂いがぷんぷんしてるではありませんか!
    医学にも関係しているようなので、ウンスの出番も大いにあり…、ウンスが登場するということは、もれなく我らがヨンも!ですね❤
    ほおずきを漢字で「鬼灯」または「酸漿」と書くことも知らず、その上、その根が堕胎剤として利用されていたなんて…。
    さあさあ、どんな展開になるのでしょうか!
    (ああ、興奮してPCキーボードを打ちたたき、「U」のキーがめくれあがってしまいました(+_+)。)
    さらんさん、新しい夏リク話、今日もありがとうございます❤

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