錦灯籠【伍】 | 2015 summer request ・鬼灯

 

 

「どこ行ってたんだ!!」

すっかり遅くなった兵舎の吹抜は、久々の晴れ間が運んだ月が天窓から薄い光を投げかけるだけだ。
その光と壁に辛うじて揺れる弱い油灯の頼りない足許で、俺は静かに自室へと戻ろうとしていた。

そこでいきなり浴びせられた罵声に仰天して足を止め、薄闇の中、俺を睨みつけるテマンに向き合う。
「え、幼馴染のところだ」
「大護軍がどれだけ探してたか知ってるか!」
テマンは月明りの暗がりの中でそう叫び、いきなり俺に掴みかかる。
目の利かない処で飛びかかられ、避けることも出来ない。俺はそのまま圧し掛かられ、吹抜の土の床に転がされた。

「おいおい、だって俺は非番だぞ!」
俺はテマンに組み敷かれたまま弁明する。
「非番だったら、何してもいいのか!」
テマンの怒鳴り声の勢いは止まらない。
「何の事だよ、痛いぞテマナ」
「お前、今日何してた!!大護軍に黙って何をした!!」
「火急の用だったんだ!」

俺達の怒鳴り声の応酬に、奥の私室から隊長が飛び出して来る。
「テマナ、トクマニ!」
大声で俺達を一喝すると掴みかかられた俺と腕を解かないテマンの間に割って入り、どうにかテマンを引き離す。
「夜も更けたと言うのに何だ!」

テマンは隊長に腕を掴まれ、肩で息をしながら、隊長の体越しにまだこっちをじっと睨み付けている。
「何で医仙を一人で帰したんだ!!」
「いや、それは済まん。城下だったから一人で、と医仙が」

 

「トクマン君」
アラの家を出た処で、ほおづきの覗く門の横、医仙は呟いた。
「今日、この後仕事あるの?」
「いえ、今日は非番です」
俺が答えると、医仙は門越しにあの家の中を見る。
「もし時間あるなら、少し話して来れば?」
「いや、あの調子じゃ聞き入れません。また改めて」
「改める時間、ある?アラさんは王様の命令に逆らってるんでしょ?だから焦って、私を典医寺から連れて来たんじゃないの?」

それは確かにそうだ。だから何も言えずに医仙を見る。
「出来るだけ早く話した方がいいと思うわ。幼馴染でしょ?話を聞いてもらうだけでも、気持ちが楽になるかもよ?」
医仙に諭され、俺は頷いた。俺だって聞いてやりたい。
だけど話してくれないのにどう聞いてやれば良いんだろう。
「こんなに皇宮に近いし、私は一人でぶらぶらしてから戻りたいから。トクマン君はアラさんと話してほしい。
トクマン君にも話さない事を、初めて会った私に話してくれると思えないしね」
「判りました。でもくれぐれも、気を付けてくださいね」
「うん、大丈夫」

医仙はそう言ってにっこり笑った。
「いざとなれば、マンボ姐さんの酒楼も、自宅もすぐ近くだもの。幾ら方向音痴でも、それくらいは覚えたわよ」
小さな手で任せろ、と言うように胸を叩き笑う医仙に頷いて、俺達は門前で左右に別れた。

 

「何の為に、大護軍に断りもなく医仙を連れ出したんだ!!」
続くテマンの吼え声に、大方の事情を察した隊長の顔色も変わる。
「トクマニ、本当か。無断で医仙を何処かにお連れしたのか!」
「はい」
隠すつもりなど最初からなかった。俺は隊長に頷いた。
「挙げ句に一人でお返ししただと」
「それは俺の判断誤りです。一人でぶらぶらしたいとおっしゃり、そうしてしまいました」
「誤りで済むか、馬鹿もん!!」

テマンと俺との間、立ちはだかった隊長にも睨まれ、頭を下げる。
「お前、お前な」
隊長は大きく息を吐くと、激しく首を振り俺とテマンに言った。
「二人ともついて来い!」
「隊長、何処へ」
隊長は暗い吹抜の扉を足早に駆け抜けながら、俺へ目だけで振り返る。
「大護軍の御自宅だ、急げ!」

 

*****

 

自宅を囲う石塀の外。
微かな気配に縁側で目を開く。

闇に包まれた庭向こう、門へと目を向け、膝の上で眠り込んだ小さな体を横抱きにして立ち上がる。

廊下を足早に寝屋へと戻る。
出来る限り静かにこの方の体を寝台上へ横たえ、細い体を薄絹の掛布で包む。
肩まで確り包み終え、壁の刀掛けの鬼剣を握ると寝屋を出でそのまま庭を離れへと駆ける。
「コム、タウン」

同時に離れの扉がすらりと開き、この刻でも夜着に乱れのないタウンが頭を深く下げる。
「ウンスさまは、寝屋ですか」
「頼む」
「参ります」

その背後コムの体が部屋から漏れる油灯の中で逆光の影になる。
「ヨンさん。俺は門に」
「俺が行く。お前は寝屋前を守れ」
「分かりました」
頷いたコムがタウンに続き、離れを飛び出す。

宅前は行き止まりの一本道。無用の門外漢の訪う場所ではない。
敵か、味方か。入り乱れる足音と気配だけで未だ判らん。

来い。
そうだけ呟き門へと向かう。

 

大護軍のお屋敷の石壁に沿い、ひたすら駆ける。暗い足許の砂利道が、派手に大きな音を立てる。
ようやく見えて来た門が闇の中、月を浴びて浮かぶ。その大きさと高さが、あの人の医仙へのお気持ちそのものに見える。

長い石壁。高いその壁の上の瓦。超えれば必ず音を立て中へ報せる。
太い門柱。破れぬ分厚い門扉。堅牢で無論その中の御姿など望めん。

おまけに今宵その門前に仁王立ちしているのは、鬼神さながらの形相の大護軍ご本人だ。
鬼剣を腕に下げ月光の中に浮かぶ立ち姿は、俺が見ても鳥肌が立つ。
これは相当に怒っている。肚を読むまでもない。
近付く程はっきりと月の中に浮かぶ険しい表情に、思わず息を呑む。
「・・・お前らか」

大護軍に三歩の距離まで寄り、その呟きを聞きながら、俺はともかくまずこの頭を深々と下げる。
「こんな夜更けに、申し訳ありません」
「早馬も飛ばせんほどか」
「は」
「何があった」
「トクマニが兵舎に戻り、そのまま駆けつけました。今日大護軍がずっと探しておったと、テマナから聞いたので」

息を切らした背後のトクマンが、テマンと共に俺の左右へ一歩進み出る。
「こいつらがそのせいで、兵舎で掴みあいを」
俺の声に不承不承頷いたテマン、そしてトクマンがいきなり叫ぶ。
「すみません、大護軍!」
叫ぶトクマンに眸を当てると鬼神の形相はそのままに、大護軍がトクマンへと大きく一歩で詰めた。

三歩の距離を開けた処を一歩で詰める、その歩法に黙り込む。
この寄り方は身内の兵ではない、明らかに敵へ向かう時の大護軍だ。
「あの方が寝んでいる」

低い声で吐き捨てた大護軍は、鼻先のトクマンをじっと見つめる。
「起こせばどうなるか、判っているな」
「は、はい」
「・・・入れ」

漸くトクマンから一歩離れると、大護軍は顎をしゃくる。
踵を返した大護軍に続き俺達は三人、背に従いて門を潜る。話し声は勿論の事、足音も息も、出来る限り殺して。

 

 

 

 

皆さまのぽちっとが励みです。
お楽しみ頂けたときは、押して頂けたら嬉しいです。

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ
にほんブログ村
今日もクリックありがとうございます。

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です