牽牛子【前篇】 | 2015 summer request・朝顔

 

 

【 牽牛子 】

 

 

庭からの蝉の声が、大合唱で響いてる。
ああ、今日も暑いなあ。頭の隅でそう思う。

「大嫌い」

薬園の真ん中で怒りと共にぶつけられた震える声。
何も言えずに黙ったままで、その目を見つめ返す。

「何でも知ってるってその顔も、何でもできるって思い上がったその態度も、本当に大嫌い」

それだけ言ってくるりと後ろを向薬園の緑の中を去っていく背中。
私は声もかけられないまま、それを見送った。

 

*****

 

「イムジャ」

あの人が迎えに来る時間なのはわかってた。
時計もないこの時代、外の陽の高さは一番の頼りになる。
窓際で、あの人が庭の薬木の間を抜けて来るのを見るのが好き。
しっかりした足音が、だんだん近くなるのを聞いてると安心する。

でも今日だけは、そんな気になれなかった。
こんな顔で出迎えたら、絶対に心配かける。
それは分かってるから精一杯笑って迎えようって思うのに、さすがに無理して笑う気にもどうしてもなれなかった。

「・・・何が」
分かってる。あなたが私の為にどれだけ気を張ってるのか。
小さな変化も、絶対見逃さないようにしてくれてることも。
出迎えた私の顔を見た瞬間、あなたの顔が険しくなる。
眉根を寄せてきつい目つきになるけど、言いたくない。
子供のケンカに親が出るような、情けないマネはしたくない。
でも隠せるほど上手に嘘もつけそうもないから。
「何があったのです」
「たいしたことじゃないの。ごめん」

私が謝ってるのはあの言葉を残した人にじゃない。
関係ないのにこんなに心配かけて、あなたに本当に悪いと思う。
情けなさに俯いて私は顔も上げずに呟いた。

部屋の中で向かい合ったあなたの声が、高い所から降って来る。
「今日の昼ですか」
「何が?」
「朝、宅を出る時はいつも通りだった」
「あのね、ヨンア。ほんと大したことじゃないの。大丈夫だから、そういう事考えなくっていいから」
「・・・成程」

あなたの低い声がそう行った、次の瞬間。
両頬がその大好きな大きな掌で挟まれて、持ち上げられた。
でもそこに待ってたのは、いつもの優しい黒い瞳じゃない。
すごく腹を立ててる黒い瞳。
「もう一度言ってみろ」
「え?」
「眸を見て、大丈夫だと」
「・・・だいじょうぶ」

ノドの奥で唸るような声、そして大きな掌から頬が解放される。
「それが大丈夫な顔ですか」
「そうよ」

解放された安心感とごまかしてる罪悪感で、髪を直す振りをしてあなたから顔を背ける。
あなたは仏頂面で無言で表へ出ると平然とした声で、治療棟に向けて歩きながら大きく呼ぶ。
「キム侍医」
その声に部屋の奥からキム先生が出て来る。
「どうされました、チェ・ヨン殿」
「この方は、今日昼を何処で過ごした」

私たちの経緯なんて全然知らない先生は、呆れたように少し笑って、からかうみたいに言った。
「随分と過保護ですね。許嫁のお昼まで心配されるとは」
「婚儀が近いからな。万一にも何かあっては大変だ」

この人は平然とした顔で、穏やかに嘘を吐く。
「で、何処にいた」
「いつも通り、典医寺にいらっしゃいました。王妃媽媽の診察の後は私達と共に」
「変わった様子はなかったか」
「・・・ウンス殿ですか、それとも典医寺ですか」

普段ならこれ程話さないこの人の様子に、さすがに妙に思ったんだろう。
この人を見るキム先生の目が少し細められた。
ああ、余計な事言わないで。お願い。
キム先生と向き合ってるあなたの背中越し、私は慌てて両手を振りながら、唇の前で指を立てたり、掌で口を覆ってみたり。
勘弁してよ、こんな風に探りまで入れるなんて。どっかの過保護なモンスターペアレントも真っ青だわ。

あなたの背に半分隠れてる私の身振り手振りに、キム先生の目が当たる。
その瞬間。
「イムジャ」
振り向きもしない目の前のあなたが、背中越しに囁いた。
「大丈夫、なのでしょう」
「な、何が?」
「小細工などせず、堂々として居れば良い」
「え?な、何も、してないわよ?」
「・・・そうですか」

そこまで言ってあなたが大きな背中越しに横顔で振り返る。
傍目には優しくて、穏やかな流し目をこっちにくれる。
「ではこの背の後を、蝶でも飛びましたか」

そんな風流な口封じに、唇を噛んで私は手を止めた。

 

*****

 

「今日は何しろ患者が立て込んで」

なにこれ、三者面談?
診察室の私の横には、腕を組んだあなた。
その向かいには未だに事態を飲みこめてないキム先生。
そしてあなたの脇で小さくなってる私。気まずいったらない。

「トギが慌てて昼餉を拵えてくれたのですが、材料が足りずに」
「俺に一声掛けろ」
「いえ、幾ら何でもそれは」

そりゃそうよね。この人は忙しい。それは皇宮ではみんな知ってる。
ご飯が足りないくらいでこの人に声を掛けに行く暢気者はさすがにいないわよ。
「で」
あなたは取り付く島もないくらい最短の言葉で、キム先生に先を促した。

「偶さか火傷で診察を受けていらした水刺房の尚宮が、ウンス殿と御顔見知りのようで」
「あのね、いつも媽媽のところに御膳を運んでくれるオンニなの。
今、媽媽には御体が温まるお料理を中心に出して欲しくて。
それでお願いして、一緒にメニューを考えたり、それを」
「黙って下さい」
「だってヨンア!」
「黙れ」

低い声で言って、あなたが首だけを横の私に向ける。
「と、申し上げました」

私の事知りたいんでしょ。キム先生まで巻き込む事ないでしょ。
そう叫びたいのをぐっとこらえて、私はもう一度口を閉じた。
これじゃキム先生だって、気まずいわよね。
そう思って目の前の先生を見るとキム先生は面白そうに私とこの人を見比べて、小さくふう、と息を吐く。
「何をそれ程ご心配なのです。チェ・ヨン殿」
「襲撃だ」
「襲撃?」
「この方の様子がおかしい」
「少なくとも、典医寺でそういう事は」
「判っている」

あなたは診察室をぐるりと見渡して、最後にキム先生へと黒い瞳を戻して頷いた。
「何か起きたなら今日の昼だ」
「襲撃と言っても、徳興君はもうすでにそのような事を成せる体ではありません。部外者は一切出入りしていませんし」
「それも知っている」

この人は何故かキム先生と目を見交わして、顎で小さく頷いた。
「それでも何か起きた。何だ」
「今ご無事という事は、襲撃ではないでしょう」
「剣を振るうだけが襲撃ではない」
「チェ・ヨン殿」

キム先生が首を振る。
「人心がぶつかり合うのは、何処でも起きる事です。まして皇宮のような利害だらけの場所では」
「巻き込むのは御免だ」
「ならば、辞されますか」
「出来るならそうしたい。何度も試したがな」

あなたは私を横目でちらりと見て、息を吐いた。
「何しろまだ元に奇皇后が残る以上、俺の傍に隠すしかない。
皇后がトゴン・テムルと共に元を追われるまではな。
腐っても皇后、兄を殺した俺とこの方を憎んでおる。
追われさえすれば、大手を振って辞したいところだ」
「・・・成程。しかし元からの襲撃はともかく、ウンス殿に関しては本当に・・・」

キム先生が言葉を切って目の前のこの人じゃなく、私をじいっと見つめてから首を傾げた。
「ウンス殿」
「何、キム先生」
「今日の昼。共に料理を運んで下さった、あの水刺房の尚宮は」
「水刺房の尚宮」

口止めしようと私が何かを言うより早く、横のこの人が反応した。
「面白そうな話だな、侍医」

 

 

 

 

みゅうさんリクの

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そろそろいい感じ? (くるくるしなもんさま)

 

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