錦灯籠【弐】 | 2015 summer request ・鬼灯

 

 

皇宮から歩いてすぐ。案内された開京の大路の外れ。

目立たない小さな茅葺屋根の家の庭は、驚くくらいたくさんのほおづきで、庭の一角が赤く見えるくらいに占領されていた。
赤くなり始めた独特の萼の形が目を引く。低い垣根の外からもよく見えるだろうし、これは目立つわ。

ナス科植物全般に言える事だけど、根のアルカロイド。
そしてほおづきは酸漿根。
酸漿根を煎じて飲むか、荒っぽい方法だけどそのまま体内へ挿入すれば、その影響で子宮収縮が起きる。

萼の中の実だけだって、妊婦さんには厳禁。
私も媽媽のご病気を勉強し始めてすぐに覚えたくらいだもの。効果があるのはこの時代、かなり知れ渡ってるはずよ。
民間療法が全盛の高麗で庭にこれだけほおづきを植えてたら、そうでなくても周囲に誤解されるのは仕方ないのかも。

庭のほおづきに目を奪われていたら質素な家の扉を開けて、女性にしては低めの声がした。
「トクマニ」
「久々だな、アラ」
それに答える声を上げるトクマン君の横、私は遅れて振り返って。

あらら。 こんなタイプの人だったのね。
白いチョゴリとパジ、それに白い帽子で髪をしっかり隠してる。
典医寺の薬員のみんなも似たような服を着てるし、それは見慣れてる。
意思の強そうなまっすぐな眉、長い睫毛、白い肌の美人。

ただしその外見でなおさら目立つんだろうなとも思う。ただでさえ今の世界でしちゃいけない事をしてるみたいだし。
そしてとにかく背が高い。この時代の女性にしては珍しいくらい。
迂達赤であの人を含めて、長身のみんなを見てる私でも驚くのに。

雰囲気としては、東洋版マリア・シャラポアって感じ。
チョゴリの上から帯で緩く締めたウエストのラインでもわかる、無駄な贅肉のなさそうな、アスリート系の長身美人。

「誰だ、この女は」
ぶっきら棒な喋り方に少し苦笑すると、私はトクマン君の前に一歩進んで頭を下げた。
「こんにちは」
「・・・・・・」

怪訝そうな目つきで黙ってこっちを見てる彼女に、私はひとまず笑いかけてみる。
「私はウンス。ユ・ウンスといいます」
「何が必要だ」
「え?」
「診察か、処方か」

その切り口上にちょっと困って、トクマン君を振り返る。トクマン君がそんな彼女に向かって、慌てて手を振って言った。
「どっちでもない、この方は典医寺の医仙。俺の大護軍の許嫁だ!
お前のやってる事をなんとか辻褄合わせるために、お願いして一緒に来て頂いたんだぞ!!」
そういう事だったんだ。知らなかったわよ、ここに来るまで。
「・・・典医寺の」

彼女はそう言って頷くと、踵を返して扉に歩き始めた。
「お、おい、アラ!」
「入れ」
扉を開けて中に踏み込みながら首だけで振り返った彼女、薬師のアラさんは、相変わらずの声で言った。
「そんなところにいたら患者が入って来られない。ただでさえ息を顰めるようにして来る人たちだ」

それでも動かない私たち2人にぎゅっと眉根を寄せると
「商売の邪魔をするなら帰れ」
怒ったみたいにそう言って、アラさんの姿は扉の奥に消えた。
「すいません。失礼なことばっかり」

トクマン君が振り返ってそう言って、鼻の前で拝むみたいに大きな両手を合わせて頭を下げた。

 

*****

 

「で、典医寺の医仙がわざわざいらっしゃるとは」

通された居間、なのかな。私のすぐ後ろにも薬棚がある。
典医寺と同じ、薬草の匂い。ここに来たすぐの時は嗅いでるだけで、その強すぎるハーブの匂いに気分が悪くなったけど。
今になったら皇宮の外で、その香りのする場所にいるだけで落ち着くんだから、人間って身勝手なもんだわ。

私は深く深呼吸するように息を吸って吐いて、もう一度アラさんににっこり笑いかけてみる。
「実は私も、よく分からなくて付いてきちゃったんですけど。さっきの言葉でわかりました。どんな薬を処方してますか?」
「何故あなたに助けて頂かねばならないのだ」
「トクマンさんが困ってるからです。何しろトクマンさんの上司は怒らせると、ちょっと困った頑固者だから」

正直に伝えるとアラさんの目がトクマン君に向けられる。真正面から見られて動揺したのか、視線を泳がせながら
「聞いたんだ、迂達赤で。開京の市井に有名な月水流しがいる、王様の命を無視してれば許されないから、詮議して廃業させると。
ただ名分があればきっと理解してくれるはずだ。俺の大護軍はそういう人なんだ、だから」

トクマン君は言いながら、焦ったみたいな目でアラさんをやっと見た。
「本当ならこれだってお前に言って許されるような事じゃない。
だけどお前がその月水流しなら、無視したままにはしておけないだろ。何してるんだよ、アラ」
「何とは、どういうことだ」
「本当に子下しの薬なんか出してるのか」
「ああ、そうだ」
「アラ!それは王様に禁じられてるだぞ、知らないのか?」
「知っている」

アラさんの声も、落ち着き払った態度も変わらない。
「逆に聞くがな、トクマニ」
「何だよ」
「お前は知っているか。どれほど多くの女人が此処で泣いているか」
「そんな事知るかよ!」
「ならば黙っているんだな」

アラさんは話は済んだとばかりに、卓の向かいで立ち上がった。
「産もうが流そうが、痛むのは女の体だけだ。その痛みも判らん男が横から余計な口を挟むな」
投げつけるような冷たい声に、トクマン君の横顔が固くなる。
「帰れ、この後も客が来る。邪魔だ」

そう言い捨てて扉を出て行くアラさんは、もうこっちを振り返ろうともしなかった。

 

 

 

 

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1 個のコメント

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    今回は、なかなか深い問題の話ですね。今の世になっても、悩みは尽き無い話題です。さあ、どうするかウンス!楽しみです^_^

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