比翼連理 | 27

 

 

「何だ」

声が掛かる前に振り返り投げたチェ・ヨンの鋭い声。
手をつないだままのウンスと、そして川原に出るため背後の山道を踏みしめて近寄って来た遣いの村の男の双方が、驚いたように動きを止めた。

きすが正解だったかどうかは今も判らぬ。
そして正解だったかどうかも気にならぬ。
正しいと思った。それに従って口づけた。
時には良かろう。正解ばかりでなくとも。

ヨンはそう思いながら庵の裏の渓流への途を、ウンスの小さな手を握り締め、注意深く下りて行った。

水辺の日陰の石は苔で滑る。ウンスが転がり落ちれば怪我では済まぬと、先導する掌に力が篭る。
掌越しにそれを感じて、ウンスは幸せな気分で強く握り返す。

そんなに思い切り力を入れなくても大丈夫なのに。
あなたが握っててくれれば、問題なんかないのに。
そう思いながらも、思わずほっぺたが緩んでくる。

絶対、分かってくれると思ってた。伝わるって信じてた。
時々はいいよね?全部話したりしなくても判ってくれるよね?
キスの意味が分かったくらいだもの。
いつだって誰より、私の事を知ってるあなただもの。

その瞬間、苔で足を滑らせた私を、あなたが慌てて抱き留める。
「イムジャ」
その声に驚いたまんまの目であなたを見上げると、あなたが黙ってゆっくり首を振った。

ねえ、今、寿命が縮む、って思ってるでしょ。そりゃ私が悪いけど。

「・・・びっくりしたあ」
そう呑気に呟く私に、呆れた顔で息を吐くあなた。今、吃驚はこちらです、って思ってるでしょ。

何でも分かるんだから。 言葉よりずっとおしゃべりなその目のお蔭で。

川面を渡り来る風が思ったよりも冷たいと、川原まで下りたヨンは横のウンスを振り向いた。
しかしウンスは額に汗を浮かべ、心地良さげに目を閉じて、その川風を楽しんでいる様子だ。

これなら暫しの間は問題はなかろう。
汗がひいたらこの方の体が冷える前に戻れば良いと、ヨンは握っていた手をそっと放した。

離れた手に、ウンスは目を開けヨンを仰ぐ。
「涼みましょう」
そう言って川原の大きな石を目で示すヨンに首を振ると、ウンスはやおら川原へしゃがみこみ、着けているパジの足元をくるくると膝まで巻き上げて行く。

川原の木陰とはいえ露になる白い脛に驚き、己の体で隠すようにヨンは大きく回り込み、ウンスに向け小さく叫ぶ。
「イムジャ!」
川原にしゃがみ込んだままウンスは顔を上に向け、今初めてその額に汗を浮かべたヨンの眸を見上げ首を傾げる。
「なあに?」
「肌を、足を」
「だって、川に入りたい。あっついもの」
「だからと言って!」
「誰も見てないわよ!大丈夫!!」

煩げに首を振り、両膝までパジを巻き上げる姿に茫然とした眸を当て続けるヨンを最後に見上げ、ウンスは何事もないように笑って川原の石を鳴らして立ち上がった。

「あーあ。ビキニがあれば、このまま飛び込んで泳げるのにな」
そう言って川原で手足を振り始めたウンスに、ヨンは首を振る。

びきに、とやらが、何かは知らぬ。
何かは知らぬが、今、此処に無くて良かったものだ。
そうに違いない。確信がある。絶対に、今、此処に無くて良いものだ。

そのまま小さなポソンと沓を脱ぎ捨て、ウンスは川原の石を踏みしめて、裸足を一歩渓流へと進めてみる。
その途端に肌を流れて行く川の水に、驚いたように足を引き
「すっごい冷たい!」
そう嬉し気に叫び、ヨンを振り返る。

「無理をせず、風に当たるだけで」
首を振るヨンにしかめっ面を返すともう一度足を入れ、その水温に肌が馴染むのを待つようにウンスは動きを止めた。

そしてゆっくり歩を進め、足首まで。
そこで暫く止まり、脛まで、そして膝まで入ると、
「あはははははは!」

急に笑い出したウンスにヨンが驚いて声を掛ける。
「どうされました!」
「気持ちいいの!すっごく気持ちいい!!」

そこで膝を折って掌に水を掬ったウンスは、その腕を大きく振ってヨンへ向かい水を掛ける。

空に舞った水飛沫の殆どはヨンへは届かずに、木漏れ陽を受け輝きながら川の中へと落ちる。
それでも満足なのかウンスは幾度も幾度も掬っては、懸命にヨンへ向け飛沫を飛ばしてくる。

心から楽し気に笑いながら長い髪を川風に遊ばせて水を掬うウンスを見て、ヨンは息を吐くと大きく歩を踏み出す。

そして水に濡れる衣も気にせずウンスの処へ寄ると、少し離れて大きく腕を広げた。

「狙いは此処です。どうぞ」
広げた腕を揺らして見せるヨンの声に、ウンスがふふんと笑う。
「余裕じゃない。びしょ濡れになって泣いても知らないわよ」

そう言って水を掬い、腕を広げたヨンへ向け思い切り跳ね飛ばす。
その途端の川風に、跳ね飛ばした水飛沫は全てウンスへと降りかかる。

「風を読んでください。イムジャは風下だ」
そう言って笑うチェ・ヨンに、飛沫で髪を濡らしたウンスが大きく叫ぶ。
「むっかつく!!!」
その叫びを涼しい顔で受け流し、ヨンはゆったりと腕を組む。
「先に戦を仕掛けたのは其方です。受けたまで」
「何よ、本気になんないでよ!」
「本気」

ヨンはその瞬間、渓流の流れを味方に、一気にウンスへ向かい距離を詰める。
近寄ったヨンの顔に、ウンスの目が丸くなる。
その瞳が見えた次の瞬間、ヨンはウンスの細い背に大きな掌を添え、細い体を水面ぎりぎりまで引き倒す。

一度の瞬きの間に起こった出来事にウンスは何が起きたか判らぬままヨンの腕の中に支えられて、渓流に足だけを浸し、体を大きく傾けて、その腕の中からその顔を見上げた。

この人、何したの?
水をかけたと思ったのに、何で私この人に抱っこされたまま、空を見上げてるの?

青い空、太陽が眩しすぎて、この人の顔がよく見えない。
その逆光の影の中、愉しそうな口元から覗く白い歯だけが見える。

「戦は俺に任せて」
倒したウンスの体をゆっくり優しく起こすとヨンは笑い、懐から取り出した手拭いでウンスの濡れ髪をそっと押さえる。
「あなたは、俺を護ってください」
「・・・はあい」
しゅんと俯きそう返すウンスにヨンは喉の奥、小さく噴き出した。

「体が冷えております。一旦上がりましょう」
大きな掌でウンスの小さな手を握ったまま、川底の石を踏みしめながら、川原への途を先導する。

その瞬間、離れた背後の山道から聞こえる物音に振り返る。
ヨンは体を翻し、その気配とウンスとの間に立ちはだかる。

「何だ」

鬼剣は川原に置いた。今背後からは少々困る。振り返り誰何する声が尖る。

背後から山道を降りて来た足音、驚いた顔で立ち竦む村の男。
そして川石で足を取られぬよう、手を握り背に庇った俺のこの方。
二人の動きが止まったことを認め、僅かに息を吐く。

「も、申し訳ありません」
村の男が、離れた山道のところからそう言って頭を深く下げた。
「鍛冶の鉄打ちが終わったので、大護軍にお知らせしようと。他の奴が、川原にいらっしゃるようだと言っていたので」
「わざわざすまん」
ヨンが返すと男はようやくほっとしたのか、息をついて
「いえ、お邪魔しました」
そう言って頭を下げ、山道を上がっていく。

そして手を握られたままのウンスも、安心したようにふう、と笑う。
「びっくりした。急に」

この方を横に、気を抜くなど有り得ぬ。驚かれた事に此方が驚く。
護るとは、己の全てを懸けるとはそういう事であろうに。

ヨンは首を傾げ、ウンスの丸い目に笑いかける。

「参りましょう」

 

 

 

 

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