比翼連理 | 17

 

 

湯屋で風呂を使ったチェ・ヨンは、濡れた毛先から滴る水を手拭いで拭いながら、夕風の抜ける廊下を寝屋へと戻る。

寝屋の扉を開けた途端に其処の人影に手を止め、濡れ髪の奥から黒い眸でそれをじっと見つめる。

その人影は、箪笥の竿にかかっている着物を背伸びしながら外しつつ、チェ・ヨンへと事もなげに声を掛けた。
「あ、終わった?」
「何故此方に」
タウンと飯の支度をしていると、厨にいるとばかり思っていた。
「イムジャ」

寝屋の窓外がまだ薄明るい刻。
風呂上りで半ば素肌のまま、夏の薄い部屋衣だけを羽織った姿でウンスの前に立つ。
まるで鬼剣を忘れて戦場に飛び込むように心許ないと、チェ・ヨンは眉を顰める。

「はい、上衣」
ウンスは笑いその夏衣を手に、チェ・ヨンの背後へ回り込む。
そうして高い肩から危なかしげに揺れる手で衣を着せかけつつ
「いい人が見つかって、嬉しいわ。ありがとう」

そう言って羽織った衣に袖を通したヨンの胸前へと廻り、袷の胸紐を細い指で縛った。
「何よりです。タウンは」
「疲れてるんじゃないかなと思って。離れに引き揚げてもらった」
ウンスの言葉にヨンは頷いた。
「そうでしたか」
「うん。良かった?」
「勿論です」
「晩ご飯はいつでも食べられるようになってるし。私もすぐにお風呂に入ってきちゃうから、ちょっとだけ待ってて」
「分かりました」

そのまま私室を出るかと思ったウンスは扉の前でふと歩を止め、髪を揺らしながらヨンを振り返った。

「いろんな夫婦がいるね」
ウンスの嬉しそうな声にヨンは微かに笑い返した。
「ええ」
「王様と媽媽も、タウンさんとコムさんも」
「はい」

チェ・ヨンの返答にウンスは少し恥ずかし気に俯いた。
機嫌が悪いわけではなさそうだ。
鳶色の瞳が再び上がったところで捉え、黒い眸で問い返すと
「みんな素敵。でも」

言ったまま途切れた声の続きを待つヨンを見て、ウンスは照れくさそうに首を振った。
「何でもない、すぐ戻る」

小走りで部屋を掛け出るウンスの小さな背を、ヨンは首を傾げて見送った。

 

*****

 

「・・・やだ、信じられない」
ウンスはそれ以上言わず、口を指先で押さえた。
「確かに」
ウンスの声にチェ・ヨンも頷いた。

「美味しい、美味しすぎる。いつもと同じ野菜なのに」
ヨンは苦笑いをして首を振る。
「何か隠し種があるのでしょう。そうした兵もいる。
戦場で同じものばかり喰うては飽きると、薬味を持ち歩く者も居るほどです」
「そうなの?」
「ええ」

確かにそんな者は居る。食道楽の高官ならばな。
一介の兵が飯の美味い不味いなど気にするほど、戦は甘くはない。
チェ・ヨンは咽喉元でその声を堪える。

確かに大した料理の腕だ。
しかしそれをウンスの目前で認めてはまた機嫌を損ねそうな気がして、飯と共に声を飲みこんだ。

「ああ、嬉しいなあ。これから毎日こんな美味しいご飯が食べれる。絶対タウンさんにお料理習わなきゃ」
ヨンはその声に首を振る。
「イムジャはにこにこと喰っているのが一番良いのです」
「・・・それ、褒めてるよね?」
「無論」

作る飯の美味さ不味さより、この方の喰っている顔が好ましい。
小さな頬をいっぱいに膨らませて、幸せそうに喰う姿が。そう考えてチェ・ヨンの目許が緩む。

「なーんか」
ウンスは斜に構え、そんなヨンを軽く上目に睨んだ。
「食べるしか能がないって、言われてるみたい」
「そんな事は」
慌てて否定するヨンを眺め、ウンスの瞳が三日月の形に笑む。
「じゃあ、誰より魅力的に食べられるように頑張る」

頑張る事などない、誰より好ましい。
笑いながら機嫌を直したウンスに、チェ・ヨンは頷いた。

 

*****

 

「じゃじゃーん!」
道化た声を上げ、ウンスが厨から皿を抱えて居間へと戻る。
ヨンが皿を受け取ると、熟れた杏が幾つも乗っていた。
「立派な杏ですね」
その声にウンスが嬉しそうに大きく頷く。
「うちの庭で取れたのよ。杏はね、種がいいの。杏仁。鎮咳、去痰、吐き気にも効くわ。
杏酢も作ったの。3か月くらい待ってね。さぁ、食べて食べて」

その声に頷くとヨンは杏を一つ指先に取る。
しっかりと重みのある、柔らかい実。
黄赤の薄皮に爪を立て、器用に剥いて行く。

その指先から、甘い香の汁が滴り落ちる。
「あー!」
その汁を見たウンスが慌てて厨へと駆け、手拭いを濡らして戻って来る。

戻って来たウンスの口元に向け、チェ・ヨンは剥いた杏を差し出した。
差し出された杏に、ウンスは不思議そうにチェ・ヨンを見た。
「あー」
チェ・ヨンは己の口を開けてみる。ウンスはまだ口を開けない。

「あー」
もう一度言ってみるとようやく意味が分かったか、ウンスは大きく笑んで丸く口を開けた。
その中へチェ・ヨンが杏を入れると、大きく齧りついたウンスは
「ん~~!」
そう言って両頬を小さな手で抑えた。

「ご自分で育てたものは、なお美味いでしょう」
杏を指先に摘まんだまま、齧るウンスに尋ねると
「うん!」
ウンスは嬉し気に頷いた。
「たんとお召し上がりを。杏仁には種が必要です」

そう言って笑い、チェ・ヨンは二つ目の杏を指先につまんだ。
「ねえ」
かかったウンスの声に、杏を剥く指先から目を上げる。
そのチェ・ヨンの眸を見詰め
「今の、もしかして毒味?疑ってる?ほんとに甘いわよ?」
ウンスは首を傾げ、懸命に言い募る。

・・・自分の甘やかしは、所詮その程度の扱いか。

チェ・ヨンは首を振ると、皮のついたままの杏に大きく齧りついた。

 

 

 

 

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3 件のコメント

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    さらんさん、ため息の出るような甘いお話、大好物です❤︎
    ヨンの心の声も、本当に役柄にぴったりとはまっていて、ドキドキしてしまいます。
    いい感じの二人の時間がさらに続きますように、お願いします。

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    「私たち夫婦が一番」って言いたかったのかな^^
    ヨンには伝わって無いかもしれないけど( ´艸`)
    杏剥いてくれるなんてヨン優しいな~
    ウンスは「毒見」なんて照れて言ってるだけじゃないかしら。(〃∇〃)
    「あ~ん」なんて小さい子供の頃以来無いです。
    主人なんて私が剥くか切るかしないと果物食べないですからねぇ。
    一度はこんな風に甘やかされてみたいわ~
    病気でも無いのに,こんな事するなんて全く思わなかったのなら,ヨンは拗ねちゃうかも。
    二度としてもらえないぞ!

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