比翼連理 | 29

 

 

女鍛冶はウンスの希望通り、左手の薬指の関節に糸を巻き、その指の太さを計る。
そして糸を二回固く結んだ後抜き取り、懐から見るからに切れ味の良さそうな小刀を取り出すと、輪になった糸の結び目で丁寧に断つ。
そうして一本の紐にしたものを卓上の紙で包み、懐へ仕舞い込んで、女鍛冶はようやく息をついた。

「医仙」
「はい」
「人差し指なら、もっと見映のいい指輪が出来ますだよ」
「いいんです」
「医仙の薬指は、ちっと細すぎますだ」
「いいんです」
「それほど細っこい指じゃ、外輪も太くなりませんだよ」
「いいんです、鍛冶さん」

頑として首を縦に振らず笑っているだけのウンスに根負けしたか、女鍛冶は頷くとウンスを見詰めた。
「その指は、そんなに大切ですだか」
「はい」
「心の臓に、つながってますだか」
「はい」
「そこ以外は、駄目ですだか」
「はい、駄目です。鍛冶さん」

チェ・ヨンはウンスの声を聞きながら、腕を組み目を閉じていた。
心の臓に繋がった指。そこに飾られる、割れず、欠けず、曇らぬ石。

どうしてもそれが欲しいと言ったウンスの我儘。
欲しいと言われたから贈りたかった。その意味すら半分しか知らず。

このままでは生涯の笑い者だ。二度と巴巽村に立ち入る事は出来ぬ。
だからチェ・ヨンは目を瞑る。瞑って何も見ぬようにする。
それでも幸せそうなウンスの想いが伝わる声に我慢できず、チェ・ヨンはいきなり音高く、腰かけていた椅子を立った。

「炉熱が酷い」

突然の言葉に腰かけたままのウンスと女鍛冶がチェ・ヨンを見上げる。

「空気を吸ってくる」

それだけ言い捨てウンスへ軽く頭を下げて、大きな歩幅で階へ寄り振り向かず駆け下りて行くチェ・ヨンの背を、ウンスと女鍛冶はただ見送っていた。

心の臓に繋がった指。そこに飾られる、割れず、欠けず、曇らぬ石。
鍛冶の工房の前を駆け抜けて、誰の眼も届かぬ村の外れの木の陰で、一番大きな木の幹に背を預けチェ・ヨンはずるりと座り込む。

そして己の両目頭を、片手の親指と人差し指でその鼻梁ごと摘まむ。
摘まんでそのまま、チェ・ヨンは見えない空を見るように仰向いた。

情けない。倖せすぎて泣けるなど。

 

*****

 

「鍛冶さん」
「はい」
「図々しいついでに、もう一つお願いしてもいいですか」
「なんですかよ、医仙」
「大切な大切なお願いです。きっと鍛冶さんしか出来ない」
「ほう」
チェ・ヨンが飛び出た鍛冶屋の二階。残されたウンスは鼻先で両手を合わせ、向かいの鍛冶に深く頭を下げる。

「どうしても、叶えて欲しいんです」
「聞きましょうかね」
「あの人にも、指輪を作ってくれませんか。左手薬指に嵌める指輪」
「・・・へ」
「駄目ですか?」
「それは・・・構いませんですだが、大護軍が」
「はい」
「嵌めますだかね」
「嵌めてもらいます」

ウンスの断言に女鍛冶は吹き出した。
この女人ならば、あの大護軍に指輪どころか首輪だろうと、喜んで嵌めさせるだろう。

そう思いつつ鍛冶は思案する。問題はあの大護軍の指の太さを一体どうやって計るかだ。
正面から計らせろと言って、果たして黙って計らせるものか。
「私が計ります。さっき鍛冶さんのやり方、見ましたから」

ウンスは女鍛冶の心を読んだかのよう、懐からいつも持ち歩く手術用の縫合糸を取り出して、大きく笑って頷いて見せた。
「頼もしいですだな」
「任せて下さい!」
「よし、と」
女鍛冶は、仕切り直すように声を上げた。
「そいじゃあ、次のご用件を聞きますかよ」

チェ・ヨンが鍛冶屋の二階に戻って来た時にはウンスは卓の上、天界の道具を広げ女鍛冶と顔を突き合わせ、何やら真剣に話をしていた。
「こっちの方が、性に合いますだよ」
「メス・・・この小刀は、まあ刃物ですものね」
「切れ味なら任せてほしいですだ」
「メ…うーんと、小さなハサミとかも、大丈夫ですかね」
「多少重くなるかもしれませんだよ」
「大丈夫です。どっちも、ずうっと握ってるものじゃないし」
「そうですだか」
「ええ。あとは、鉤なんですけど」
ウンスは机の上、まだ墨の乾き切らない薄紙の絵を女鍛冶に向け、指で示してみせた。

「これですかよ、この鍬みたいな」
「そうですそうです。これだけはいくつか大きさが欲しくて。傷を開いて、中が見えるようにしておくための道具なので」
「傷ん中を覗くんですかよ」
「ええ。術野を確保するには、周りの皮膚や筋層なんかが邪魔なので、ちょっとごめーん、って一時的に避けとくのに必要なんです」
「ちょっとごめーん、ですだかよ」

女鍛冶はいかにも愉快そうに大声で笑った。
そして戻ったチェ・ヨンへ目礼すると
「そいでは医仙のご希望のものが作れるように、三日待って欲しいですだよ」
「どうぞよろしくお願いします」

ウンスは両手を膝に置くと背を正し、目の前の女鍛冶へと頭を下げる。
「医仙もですだよ」
最後に残す女鍛冶の不可思議な言葉と笑みに、チェ・ヨンは首を捻った。

 

 

 

 

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5 件のコメント

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    さらんさん、今夜も素敵なお話をありがとうございます。
    ウンスの思いが、単なる我が儘では無いことに、私自身も胸が熱くなりました。
    指輪の意味を知ったヨンですから、必ずや近い日に左薬指に結婚指輪を見せてくれることでしょう。
    ああ、本当に素晴らしい展開に、さらんさんの才能を改めて感じます。
    さらんさんのお選びになる言葉は、世界に一つしか無いジグソーパズルの1ピースのようで、「もうこれ以外は無い」と思えるほど、ぴったりとはまるのです。
    さらんさん、夜になり、少しは涼しくなったでしょうか?
    ゆっくりお休みくださいね。

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    さらんさん、立て続けに投稿してごめんなさい。
    先ほど、メッセージを送らせて頂きました。
    お目通し頂けると嬉しいです。
    muu

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    「情けない。倖せすぎて泣けるなど。」
    このヨンの言葉に胸がジーンとしました。
    あのままウンスと鍛冶屋さんの側にいたらマズイと思ったんですね。
    泣き顔を見られたら笑い者になると。
    でも,二人きりの時は良いんじゃないかな~素直に感情を出しても。
    ペアリングになるんですね♪
    ヨンは武士だから指輪はしないかもと思っていましたが,ウンスの願いなら了承しますよね(o^-')
    戦の時もしてくれるかな。
    それとも,その時はペンダントの様のするとか。
    お守りみたいになって良いですね^^
    ウンスはどのタイミングで指のサイズを測るのかしら。
    寝てる間だって,直ぐに気が付かれそうだけど( ´艸`)
    事前にヨンに了承させるのか,サプライズにするのか・・・楽しみにしています♪

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