比翼連理 | 28

 

 

鍛冶の工房に近付き、様変わりしている事にチェ・ヨンは気付く。
以前に比べ倍ほども大きくなった工房の中から、がんがんと響く鉄打ちの音も、以前より倍大きくなっている。

その工房の入口脇に小柄な影を見つけ、歩み寄りながらチェ・ヨンは悠々と片手を上げる。
「大護軍!!」
その影はそう言いながら、チェ・ヨンとウンスに向けて突進してくる。
「よう、鍛冶。げ」

元気だったか。
問おうとしたチェ・ヨンの声は、目前に迫った女鍛冶の顔を見て咽喉元で止まる。
「あんまりですだ!」
眦を決したその顔に目を当て、チェ・ヨンは惑う。
一体何が、余りだと言うのだ。
「こんなに広くするなんぞ、あんまりですだよ!」

鍛冶はくるりと後ろを振り向き、今走って来た工房を指す。
「こんなに広くするから」
鍛冶の機嫌を損ねたか。
それはまずいと、チェ・ヨンは唇を噛む。
今、鍛冶の機嫌を損ねるわけにはいかぬ。
しかし己の知る鍛冶であれば、広くなった工房を喜びこそすれ、怒ることはないはずなのだが。

鉄打ちがきついか。人手不足か。思ったよりも広すぎたか。
「鍛冶」
声を掛けたチェ・ヨンに女鍛冶は顔を向け直し、にやりと笑んだ。
「仕事が楽しくて、寝る暇もないですだよ!」

思わず息を吐いたチェ・ヨンに向け、涼しい顔で鍛冶は言った。
「さて、今回は何ですだ」

 

*****

 

「金の指輪、ですだか」
工房の二階、下から鉄打ちの音の響きと炉の熱の伝わる部屋で、隅の小さな卓に向かい合い、卓上に広げた紙に女鍛冶は見入る。
「今まで長い事、鍛冶をしてますだが」

呟いた鍛冶はようやく紙から目を上げ、向かい合うチェ・ヨンとウンスをじっと見詰めた。
「指輪はさすがに、初めてですだよ」
「礼を失するわけではないと思いたい」
ヨンが僅かに顎を下げると、横のウンスがそれを見て、続けて慌てて大きく頭を下げる。
「ただ、鍛冶に出来ぬものが、他の鍛冶屋に作れるわけがない」
「褒め殺しですだか」

女鍛冶は言ってもう一度紙へと目を落とす。
「この、白丸は何ですだ」
「金剛石を嵌め込む台座部分だ」
「金剛石」
呆れたように繰り返す鍛冶の声にヨンは頷いた。
「鍛冶の持つ金剛石を、一つ嵌め込んでくれぬか」

ヨンの声に、鍛冶は驚いたように目を瞠った。
「どうやってですだか」
その声にヨンは先程ウンスが示したよう、見えない卵を握るように、関節を曲げた掌を鍛冶へと向かって示して見せた。
「外輪にこういう形の台座をつけ、この爪の部分に」
そう言いながら、見えない卵の部分をもう片手の指で示す。
「金剛石を、嵌め込むそうだ」

その手許をじっと見る女鍛冶の眼が輝き出す。
「ふんふん、ふん」
掛かったか、鍛冶。ヨンはそう信じ声を重ねる。
「この方の指に嵌めるものだ。見ろ、こんなに小さい細い指だ」
ヨンは横のウンスの膝の上の手を握り、鍛冶の目の前へ突き出す。
「ふんふんふん」
そのウンスの指をじっと見詰め、鍛冶は幾度も頷く。
「指輪の枠に台座を組んで、そこへ金剛石を嵌め込むですだか」
「ああ、そうだ」
「ふーん、ふん、ふん」

ウンスの指を己の指で確かめるように、鍛冶はそれを握り、離し、横から覗き込み、下から上から矯めつ眇めつ、じっくりと見る。
そしてやおら椅子から立つと、工房の下階へ続く階へ走り寄る。
その階から身を乗り出すように、鍛冶は大声で怒鳴りをくれる。
「ウンウク!」

鍛冶の怒鳴り声に、下から慌てて汗だくの男が一人、階の中ほどまで駆け昇って来た。
「へえ、親方!」
「糸だ、糸!一番細い糸を持ってきな!!」
「へ、糸ですかい、親方」
「お前のその頭はでっかい飾りもんか!とっとと持って来い!!」
「へ、へえ!」

慌てて階を駆け下りる男に一瞥をくれると何事もなかったよう鍛冶は平然と卓へ戻り、もとの椅子へ腰かけて、向かい合うヨンとウンスに笑いかけた。
「医仙、ちっとばかしお待ち頂けますだか」
「は、はい」

頷くウンスへ笑いかけると、再び鍛冶の眼が輝いた。
「待ってる間に、選ぶと良いですだよ」
そう言って炉の熱と鉄打ちの鎚で鍛えた堅そうな掌で膝を打ち、鍛冶は再び立ち上がり、部屋の隅の箪笥へと走る。
そして抽斗を開け中から黒い革巾着の袋を取り出すと、無造作にその袋をぽいと卓の上へ放った。
「石炭の中に混ざっていたと、持って来られたのが最初ですだよ」

その黒革の袋をヨンとウンスは見た。
「使い道も判らずに、袋に放り込んだまんまでしただよ」
「はあ・・・」
ウンスはそう言って、こくんと頷いた。
「それが、不思議ですだよ」
鍛冶は無造作に、その革袋を手に取ると、大きく上下に振って見せた。
中でざらざらと、石がぶつかる音がする。

「こうして持ち歩いてるうちに、中の石どれもがぴかぴかしてですよ。
こりゃ何かを磨けるかもしれんと、伝手を頼って天竺からいくつか取り寄せて、試しに翡翠を一緒に入れたら」
鍛冶は肩を竦めて溜息をつき、目をぐるりと回した。

「翡翠がぼろぼろに傷ついちまったですだよ。良い翡翠だったのに」
「ああ、それは駄目なんです」
ウンスが思わず発した大きな声に、鍛冶は目を瞠った。

「ダ・・・金剛石が入ってる、んですよね?」
ウンスが鍛冶の振り回す黒革の袋を指で示した。
「そうですだよ」
「金剛石は、この世で一番固いんです」
「そうでしたんですかよ」
「鍛冶さんの考え方は正解です。金剛石で何かを磨く。金剛石同士ならお互いに研磨することも出来ます。
だから袋に入れてるうちに擦りあって 光ってきたのかもしれません。
あとは例えば刃物の先に付けて、 何かを切ったりするにもぴったりです。
たいていの石くらいなら、コツを掴めば切れると思います」
「ふん、ふん、ふん」
「ちょっと見せて頂いていいですか」

ウンスの声に革袋を振り回す手を止めた鍛冶は、頷いて袋をウンスの差し出した手に乗せた。
重さに緊張した顔で、ウンスがそっと巾着袋の口紐を解いて開く。
そして中を覗き込み、隣のヨンの肩を指でつつく。
「ヨンア、手を出して」

その声にヨンは、両掌を碗のように丸めて差し出した。
其処へウンスは、中から摘まみだした金剛石を乗せる。
掌の中に積まれていく金剛石を確かめ、ヨンは頷いた。
「確かに、以前見た時より白いな」
「そうですだろ」
「これ程光ってはいなかった」
「そうなんですだよ」

二人が交わす言葉も聞かぬまま、ウンスは中の金剛石を、一つ一つ丁寧に、チェ・ヨンの掌へ乗せて行く。
「ダ・・・金剛石は、珍しい石なんです」
その場の誰も聞いていないというのに、ウンスは一人で話し続ける。

「結晶構造自体が八面体、稀に十二面体や六面体もあるそうです。
決まった形で産出されるわけでもないから、先の世界では、いろんな形にカットしたり、研磨したりします。
輝きが増す分、サイズは小さくなりますけど」

どうしよう、どうしよう、どうしよう。どうする?

やたらと話し続けるのは、焦ってるから。だってダイア原石なんて。
確かに3Cは期待してなかった。この時代に研磨やカット技術があるわけないって判ってた。
でもそこから出てくる原石は、予想よりずっと透明で、光ってて、原石でもこんなにきれいなんだって驚いたけど。
ダイアの原石って言葉があるけど、原石も十分綺麗だわ。綺麗だけど。

ヨンア、あなたが不思議そうな顔をした理由が分かったわよ。
聞いたわよね、天界では本当に、金剛石で指輪を作るのかって。

いい?天界でダイヤって言うのはね、吹いたら飛んでっちゃうような小っちゃい小っちゃいものなのよ。
こんな風に指でつまむなんてとんでもない、取扱い注意、ルーペとピンセット必須、息も吹きかけないためにマスク着用って感じなの。
こんな指の先くらいのころんとしたダイア、考えもしなかったのよ!

ダイアよ?ころん、なんて形容詞が付くこと自体が変じゃない!
なんで?原石だから?ダイアって元はこんなに大きいの?
それをあーんな小っちゃくカットして、何千万ウォンとかで売るの?
ちょっとやだ、宝石商はぼろ儲けじゃない?

一番小っちゃいダイアの原石を摘まんで、試しに鍛冶さんに見せてみる。
小さいせいかよく研磨されたのかな、一番ぴかぴかに光ってる。
小さいって言っても、小指の先半分くらいよ。十分大きいけど。
もちろんブリリアントカットなんかじゃないけど、可愛い丸い形。
片端が少し尖ってて、見ようによってはハート形に見えなくもない。

「これくらいの大きさが、指輪としては限度かと思います」
鍛冶さんは無造作に私の選んだ指先のダイアを摘まむと、私の手、人差し指に当てて、じっくりと見てる。
「か、鍛冶さん」
「なーんですだか」

もう既に意識が半分仕事に飛んでるのか、鍛冶さんはそう言いながら、私の人差し指からその眼も手も放してくれない。
「ち、違うんです、鍛冶さん!」
「何がですだか、医仙」

私の声に煩げに首を振る鍛冶さんに向かって、私は叫んだ。
「指が!指が違うんです!」

原石を掌のお椀に乗せたままのあなたと、人差し指を握ったままの鍛冶さんが、仰天するように私をじっと見る。
「イムジャ、指輪をお作りになるのでしょう」
「そうよ」
あなたは訝し気な声で、首を傾げて教えてくれた。
「指輪と言えば、人差し指です」
「ええええ?!」

私が仰天する番よ。誰が決めたの?誰が決めたのよ勝手にそんなこと!
「違うのヨンア、結婚指輪は、左手の薬指なの!!」
「・・・薬指に」
「決まってるの!理由は長いんだけどね、心臓に繋がってるってそう信じられてるの、左手の薬指が!
英語でring finger 指輪の指、わざわざ左手薬指を特別にそう呼ぶくらいなの!」
「イムジャ」

掌が塞がっているせいか、じれったそうにあなたが私に顔を寄せる。
「落ち着いて下さい」
「だって駄目なの、人差し指じゃ駄目」
「分かりましたから、袋を」

革袋を渡すと掌のお椀の原石をざらりとそこへ戻し入れて、ようやくはあ、と息を吐いたあなたは、鍛冶さんに向けて首を振る。
「鍛冶」
その声に、鍛冶さんがぶっと吹き出した。
「大護軍」
「何だ」
「弱いんですなあ」
「・・・黙ってろよ」
「親方、糸です!やぁっと見つかった!!」

その時聞こえた階段を駆け昇る騒がしい足音と叫び声に、顔をしかめて鍛冶さんが立ち上がった。

結局言い出せなかったわ。糸なら手術用の縫合糸を持ってます、って。

 

 

 

 

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6 件のコメント

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    今日も素敵なお話、ありがとうございます(^人^)
    そして、さらんさんのポチは、いつも私のツボです♪
    今日の、イラッとするヒソン姉さんと爆笑するミノ(*^^*)
    可愛すぎる♪
    三連休明けで忙しくなりそうですが、今日も一日頑張れます!

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    えぇ!私も思ってはいました、最近まで。
    でも、さらんちゃん昨日の・・いや今朝だね?
    あの私を奈落の底へ落とすのか?とも言える
    お知らせから(笑)納得しました。
    ヨンアは弱い!!ウンスには。
    笑えるほど( ´艸`)
    恋する乙女ではなく武士は迷いに迷うし
    周りを気遣う心がより深くより大きく。
    まだまだ気持ちの立て直しには
    時間かかりますが許します(まぁた上からだよ)
    価値のわかっていないものって
    ある意味ゴミなんだよね?(大笑)
    鍛冶オンニとお友達になりたい・・です(〃∇〃)
    「あぁいいよ!いくらでも持っていきなぁ~」
    なんちゃって・・・・
    私の好きな作家さんちのヨンアに
    最近大笑いしたとこで、さらんちゃんちとは
    対照的だなって・・いつも思ってたのになぁ。
    まだまだ暑くて、ついこないだまで
    入院していたってことを忘れないで!
    若いからって無理はダメですよ^0^

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    ウンス 譲れない!
    そこは 譲れない!! 
    そうよね せっかく 作ってもらうんだもん
    しかも 金剛石。
    まだ 周りの人は その価値も、興味もないから
    ウンスにとっては もう ビックリ
    でもでも ほどほどサイズで ( ´艸`)
    うふふ。 可愛いわ やっぱり。
    鍛冶さんにも ばれちゃった。
    ヨン ウンスにメロメロ~なの。
    前記事を読み 
    ちょっとばかり 
    さみしくもあり 喜ばしくもあり~ …
    毎日 楽しく拝読させていただいてる
    私としては あ~ そうなの (゚ーÅ)
    抽選当たって!! 今から叫びたい!
    幸せの 髭ぽっぽ 来て頂戴。
    さらんの幸せを願い 頑張ってっと
    エールを 送ります~♥

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    指輪って高麗時代は人差指だったんだ。
    左手薬指っていうのは欧米から伝わった文化かなとは思っていたけど。
    なろほどね~また勉強になりました^^
    このウンスの指輪は結婚指輪も兼ねているのかな~
    ヨンは武士だし結婚指輪するって訳にはいかないよね。
    立て爪にはブリリアントカットが似合うかもしれないけど、ハート型っぽい楕円なら埋込み型でも良いかも。
    爪が無い分、普段使い出来るし。
    もしくは背の低い爪にして、4点止め位にするとか・・・
    な~んて、勝手にデザインの事まで考えてしまいました(笑)( ´艸`)

  • SECRET: 0
    PASS:
    去らんさんこんばんは♪
    チェ尚宮とおんなじ顔が浮かびます(* ̄∇ ̄*)
    そしてこのセリフ
    「たのしくて寝てられない!」
    さらんさんみたい(* ̄∇ ̄)ノ
    生ミノくんを見て
    書きたくなり書きまくりを思いだし
    笑っちゃいました。
    ウンスとヨンのアマアマが
    もうキュンキュンします。
    彼氏とのラブラブが
    よかったのかな?♡( ´艸`)
    ヨンのオロオロぶりも笑えます。
    いつも素敵なお話を
    ありがとうございます(*^^*)
    楽しみにしてますので
    ご自愛しつつ続きを
    よろしくお願いします<(_ _*)>

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    指輪の話を、だんだん色んな角度から面白いエピソードがでてきて、特に今日の下りはヨンも大切にする鍛治さんとのやりとりに引き込まれていました。カッコイイとか、ラブラブとかでなく引き込んでしまうストーリー、読めて嬉しいです。

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