比翼連理 | 32

 

 

「ねーえ、ヨンア?」

その呼び方。碌な事ではない。
チェ・ヨンは眉を顰め、横で川原の涼風に吹かれるウンスを振り向いた。
「・・・はい」
「昨日の事」
「はい」

昨日の事。そう言われチェ・ヨンは首を捻る。
昨日の出来事を胸裡で一つずつ思い返しても、ウンスがこのように企むような呼び方をする理由は思い当たらぬ。
「何ですか」
「昨日の事、悪かったなあって思ってる?」
「悪かった、と」
「鍛冶さんのところで、私を1人にしたこと」
「・・・ああ」

だからお伝えしたではないか。回看倖涙相和流だと。
あなたを振り返るこの眸から、幸せの涙が溢れ出る。
その意味をお判り頂いたのではないのか。
だから己の膝に掛け、この目許を拭うて下さったのではないのか。

「悪かったって思ったら、1つだけ聞いてほしい事があるの」
ウンスのその瞳から、チェ・ヨンは己の眸を逸らす。
「何ですか」
「あのね、あのね。ほら、2人の指輪って、昨日言ったでしょ」

心の臓に繋がる指に飾る、割れず、欠けず、曇らぬ石。
チェ・ヨンはその言葉を思い出しウンスの声に頷いた。
「はい」
「ヨンアも、どうかなあって」
「・・・・・・は」
「ここ、この指にね?」

ウンスはチェ・ヨンの左手を両手で握り、その節立った薬指を指す。
「先の世界では、男性もするのよ。結婚指輪」
手を握ったままそう言って、ウンスはじっとチェ・ヨンを見詰めた。

「浮気、したく、ない人はね」
「・・・・・・・・・は?」
「結婚してる人、大切な、奥さんが、いる人はね」
「イムジャ」

 

先の世界の則はともかく、此処は高麗だ。
あの光る箱が並び、馬なしの馬車が行きかう天の世とは違う。
何のために。何のために兵が指輪などするのだ。
気を抜けば寝首を掻かれかねぬ俺が、一体何の理由で。

「指輪をして、剣は振れませぬ」
チェ・ヨンは低く抗議の声を上げた。
剣の鞘柄で傷つけば。もしも戦場で失えば。どれもこれも縁起でもない。

心の臓に繋がる指に飾る、割れず、欠けず、曇らぬ石の指輪。
二人の指輪とウンスが言えば言うほどに、チェ・ヨンにはそれがこれから共に過ごす互いの存在、その徴のように感じるのだ。
その徴がもしも傷ついて割れれば。もしも戦場で見失えば。
冗談にもならぬと、チェ・ヨンは大きく首を振る。

「絶対に、指輪だけは出来ませぬ」
返る声が判っていながら、チェ・ヨンは断言した。
「もしも傷ついて割れれば。もしも戦場で失えば」
「外さなきゃいいじゃない」
「つけては剣が振れぬと」
「だって!」
「イムジャ」

チェ・ヨンは辛抱に堪えかねて、ウンスに向けて声を掛けた。
「イムジャがつけたいならば、指輪でも腕輪でも、お好きなだけ買うて差し上げる。
元からでも取り寄せる。鍛冶にも頭を下げる。しかし俺には不要です」
「じゃあ、浮気したいわけ?」
「はあ?」
「周りに既婚者だって言いたくないわけね?」
「……ウンスヤ」

いよいよ低くなったチェ・ヨンの声に、さすがのウンスも黙り込む。
「答が判るなら、お黙りに。判らぬならば困りものだ」

そう言ってウンスの握る掌から己の掌を抜き、チェ・ヨンは立ち上がる。
この方を一人きり残して、一歩でも動くのは初めてかもしれぬ。
そう思いつつ、チェ・ヨンはまだ川原の石に座るウンスへ背を向けた。

肚の内功を開き、周囲の気配を探る。危険な気配は感じぬ。
村の入口の正門は、あの男たちにしっかりと守られている。
鍛冶の鉄打ちの技法を守る村。衛の堅さはよく知っている。

チェ・ヨンは試しに川石を鳴らし、ウンスから一歩離れる。
周囲の長閑な気配は変わらぬ。蝉時雨も、川音も。
二歩目を踏み出すその刹那、背後のウンスの声がした。
「だって」
其処でチェ・ヨンは足を止めた。
ウンスの震える声が後ろ髪を引く。
それでも振り向かずどうにか堪える。

「だって、一緒につけたいの。あなたは私のものだって、みんなに知らせたいの。知ってほしいの」
「イムジャ」

どうにか振り向かず言うチェ・ヨンに、ウンスが口を閉ざす。
これだけは言わずにおこうと思っていたものを。

「俺が死んでも、構いませんか」
「ヨンア」
「戦場で剣を振るうのは、お考えになる程甘くない」
「・・・それは」
「指輪は大切だろう、判ります。あなたの指に飾って下さると知った時。
心の臓に繋がる指に、割れず、欠けず、曇らぬ石を飾って下さると 知った時には」

知った時には涙が出た。それだけは嘘ではない。

「しかし俺は兵です。戦の度ごと指輪に気を取られ、失くさぬよう傷つけぬよう毎回考えるわけには参りませぬ」

夜襲、急襲、地上、海上。今迄立った戦場がチェ・ヨンの頭に巡る。
山中、平原、森林、館内、船上、市中、何処であれ戦場に成り得る。

「壊したくないと手間取れば。慌てて外し失くしたら。
一瞬の判断の狂いが俺の、俺の兵の命を危険に晒す」
この方の為にこそ、必ず生きて帰らねばならぬのに。
その徴が己の足枷になり兼ねぬ、チェ・ヨンは心を奮って言葉を続ける。

「二人の徴だからこそ、傷つけたくない。失いたくない。
そうなるならば最初からつけぬ。それは判って頂けぬか」
「ヨンア」
「指輪がなければ不安ですか。俺はあなたのものだと、指輪一つでどう周りが知るのですか」
「でも」
「他の女を抱く男は抱く。その指に輪があろうとなかろうと。違いますか」
「だけど、でもそれは」
「イムジャ」

振り向いたチェ・ヨンに目を見詰められ、ウンスは口を閉ざす。
「あなたは先の世界からいらした方だ。出来る事は何でもしたい。
先の世界の婚儀が良いなら、出来る限りそのお気持ちに添いたい。
その気持ちに一片の嘘偽りもない」

真っ直ぐなチェ・ヨンの眸を、ウンスは射られたように見つめ返す。

「けれど俺は高麗の武者です。曲げられぬもの譲れぬものもある。
それだけは判って欲しい」

最後に頭を下げ川原を去るチェ・ヨンの背に、ウンスは付いては来なかった。

 

 

 

 

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6 件のコメント

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    ヨンの言ってることも わかるのだけど…
    ウンスの気持ちもわかる
    ちょっと 意見があわず さみしいな
    さあ どうするの?
    はやく 仲直りしてほしいな
    せっかく 二人きりなのに…

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    さらんさん、おはようございます。
    今日も素敵なお話をありがとうございます。
    はあ~~(´・_・`)。
    ヨンの言うことが最もで、ウンスと一緒にウキウキしてい自分を反省しています。
    ウンスのことが好きなら、きっと指輪をしてくれるだろう、などと安易に考えてました。
    なんて呑気で平和ボケした、馬鹿な私。
    こりゃあ、ウンスがヨンに内緒で、戦場に付いて行ってしまった時と同じ轍を踏んじまったな、という感じです。
    愛するがゆえに、大事だからこそ、指輪はできないというヨンに、私も何も言い返せません…。が、ウンスの気持ちを大事にするヨンでもありますし、どんでん返しもお得意で巧みなお話作りをされるさらんさんですから、きっとどこかに素敵な収まりどころが待っているのではと、期待してやみません(#^.^#)
    さらんさん、今日もすこやかにお過ごしくださいね❤︎

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    それぞれの想いに朝から、キュンキュンさせて頂きました(*^^*)
    ヨンの絶対に生きてウンスも元に帰りたいからこそ、譲れない気持ちがヒシヒシと伝わってきました(。>ω<。)
    ウンスはヨンの想いを受け入れられるのか?
    今後のお話しの展開も、とっても気になります!

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    この感じです!
    この、続きが気になってどうしょうもない、いろいろ試して時には一回我慢して二回分続けてみたり、まさにその状況に陥っています。
    う~ん、これって読者冥利につきるんですが、ついつい もう! って思う欲張りな自分です。

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    ヨンは武士だし、指輪の件は素直にウンスの言う通りにはしないかもと思っていました。
    確かに戦場で、傷ついたり無くすかもとかと思ったら、集中出来ないですよね。
    それだけ大切な指輪なら。
    ここは譲歩して、戦以外の時に身に付けるか、ウンスと出かける時のみにするとか・・・もしくはペンダントにするとか・・・かなぁ。
    ちなみに、うちの主人は新婚の時からほとんど付けた事ないので、今でもケースにピカピカ状態で入ってます。
    時計もしない人ですしね。(結納品なのに(^^;))
    腕や指に身に付けるのが違和感あって嫌みたいです。
    慣れると思うんですけどねぇ。
    あっ、脱線コメ失礼しました(。-人-。)
    ウンスはどうやってヨンを説得するのか楽しみにしています♪

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    いつも楽しく読ませて頂いてます。
    いつもながら、さらんさんの描くヨンカッコイイ~~~(≧ω≦)
    ヨンの気持ち分かります!
    でも現代子のウンスの気持ちも分かります
    さて一体どうなるんでしょうか?
    楽しみ~~~
    しかもブログ村のポチッとするところの写真が、イメージドンピシャで笑えます!
    笑うところじゃ無いか(⊙ꇴ⊙)

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