比翼連理 | 2

 

 

宅の玄関へと続く正門をくぐり中へ入るチェ・ヨンに向けて、門を護る兵が素早く深くその頭を下げた。
「あの方は」
短く問うチェ・ヨンに兵が背中を振り向きながら応えた。
「お庭にいらっしゃいます」

その言葉に頷き門から庭の脇を通る径。
杉の向こうに僅かに覗く庭の縁台に座り込むウンスを、離れた場所からヨンは見た。

あの方が不機嫌だ。
こうしてその様子を見るだけで分かる。
その姿勢、縁台の縁で揺らす足。
こうして離れていても溜息が聞こえそうだと、ヨンは眉を寄せた。

そのまま庭へ足を向け縁台の後ろへ進むと、座り込むウンスへ向け静かに声を掛けた。
「イムジャ」
「なあに」
「こちらを向いてくれませんか」
「今 手が離せないの」

夏の風が木々を揺らす庭。
ウンスの逸らした顔はヨンを振り向きもしない。
風が音を立てて木々に茂る青い葉を揺らし通り抜ける。
見ればその手は縁台にかかったままだ。

何もしておらぬのに、何から手が離せぬと言うのか。
ヨンは胸裡でそう呟き、もう一度辛抱強く呼びかける。
「イムジャ」
「何よお」
「此方を」

細い肩に手をかけそっと力を込め己へ向け、その瞳の中に零れそうに溜まる涙を見て、ヨンの息も手も止まる。
「どうされました」
「・・・・・・なんでもない」
「それならば何故」
「泣いてない!」

縁台から腰を上げ宅の門へと歩き出すウンスの背後を、ヨンは足早に追いかける。
「何処へ」
庭先ですぐに追いつき肩に手をかけ引き止めて、混乱する頭で考える。
どうしたことだ。何があった。
確かに手のかかる女人だ、これ程困らせる方には逢ったことが無いと。
「おっしゃってください」
「何でもない」
「俺とて終いには怒ります」
「もう怒ってるくせに」

ウンスの臍曲がりの減らず口は今に始まったことではない。
しかしこの機嫌の悪さはどうしたことだ。
思い当たる節のないまま、ヨンの面が僅かに険しさを増す。
「イムジャ」

呼んで小さな白い両頬に手をかけ、顔を上げさせ、じっと瞳を覗き込む。
そこにまたいっぱいの涙が浮かぶのを認め、ヨンの胸はおかしな具合に撓む。

「言ってください。そうして泣いているだけでは分からぬ」
「・・・指輪が欲しいの」
突然のウンスの小さな呟きにヨンの声が咽喉で詰まった。
「指輪、ですか」

欲しいならば指輪でもなんでも、いくらで買うてくるが。
そう思いつつヨンはさらに問う。
「どのような指輪ですか」
「婚約指輪」
婚約指輪、とは。
「それは天界の則ですか」
「そうよ、永遠の愛を誓い合って男性が女性に指輪を贈るのよ、ダイアモンドの」
「だいあもんど」

聞いたこともない。恐らく天界のものであろう。
首を捻りながら声を重ねる。
「だいあもんどとは、どのような」
「光ってて、固くて、高価なの」

光って、固く、高価。
その羅列から、そして指輪と結べば。
女人の装身具に興味を持ったことのないヨンの頭に浮かぶ石などたかが知れたものだ。
「翡翠や水晶のようなものですか」
「ちょっと違うけど」
ウンスは投げやりにそう答えた。

ふむ。翡翠の指輪か。少しばかり手配に時がかかる。
ヨンは鼻で息を吐きウンスを宥めるよう、そして涙は見ぬように、ようやく話の接ぎ穂を接いだ。
「指輪が手に入れば、機嫌が直りますか」
「だから、そうじゃなくて」
「今指輪が欲しいとおっしゃったでしょう」
「違うの、あなたに買わせたいわけじゃない」

ウンスの返答を聞いて、またも混乱する。
欲しいとおっしゃるなら、如何なる手を使ってでも手に入れる。
しかし今度は欲しいわけではないという。

婚儀を控えてこの方が、これ程困らせるなど思ってもみなかった。
ただ誓いを守りたかった。この方を俺の全てで護りたかった。
だから正直にそうお伝えした。

それは一生続く誓いだ。俺は比翼連理を得たと思っていた。
天界の短い一言で総ての想いが通じると信じていたものを。
ヨンは愕然としつつ、胸裡に幾度もウンスの言葉を反芻した。

困り果てて下を向くと、ふと足元に咲く懐かしい花が目に入る。

ウンスがヨンの髪に挿した、あの懐かしい黄色い花。
これ程早くから咲いているものなのかと、ヨンは目を細めた。

離れた間も、あの天界の瓶に詰めたものが色を失い乾いても、心に咲き続けていた一輪だけの花。
離れて待つ間も殺風景な胸の中、その温かい黄色が揺れていた。

ヨンは屈むとその小菊を指先で摘む。
そしてウンスの小さな手を取ると細い指に野菊をそっと結ぶ。

永遠の誓いの花。

ウンスが野菊を結ぶヨンの指先に、じっと目を遣る。

散らさぬよう、折らぬよう。己の武骨な指ではそうする事すら難しい。
傷つけぬよう、切れぬよう。ただ細心の注意を払い出来る限り優しく。

ヨンは無骨な指先を汗で滑らせながら、ようやくウンスの指に黄色い花を結び終えた。

「翡翠が手に入るまでは、これでご辛抱を」

顎を下げたヨンを見上げ、ウンスの目から大粒の滴が零れ落ちる。

何よりウンスに泣かれるのが苦手なヨンは、慌てたように瞬いた。
泣くほど嫌か。それほど指輪が欲しいなら、何としてでも急いで探さねばならん。
汗をかいたヨンに向けウンスが背伸びをし、細い腕をその首に回し、しがみついたまま左右に大きく首を振る。
ヨンの鼻先で、花の香の髪が舞った。

「こんな素敵な指輪、見たことない」

夏の庭、夏の風。
陽射しは白く、落ちる影は短く濃い。
花々は色鮮やかに開き、木々は枝に緑を抱く。

二本の木の幹の枝葉が絡み、互いに離れては立てぬ程近く寄って伸び行くように。
天上で出逢ったヨンの連理の枝は、こうして教える。

忘れるなと。己の魂は相手なしには色を失うのだと。
離れず共にあってこそ、初めて鮮やかな色を得るのだと。

 

 

 

 

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