比翼連理 | 26

 

 

「大護軍!!」

巴巽村へと続く村の門。
チェ・ヨンとウンスの二騎を寄せる前に、大斧を構えた影の太い声が、離れた馬上のチェ・ヨンへ届く。
「何してんだ!!早く来い!!」
その嬉し気な朴訥とした物言いに馬上のチェ・ヨンはふと笑むと、愛馬をその門へ寄せ鞍を飛び下りた。

続いて馬を寄せたウンスへ手を貸しながら、鞍を降りた事を確かめ顔色を判じる。
ウンスは大きく笑うと頷いて
「全然疲れてないわよ。久し振りで嬉しい」
そう言ってヨンの脇、大斧を地面に立てた男に笑いかけた。

「ウンスも一緒か!!久々だな!!」
愛馬の手綱をその場の他の村人に任せ、目の前の大男は分厚い掌で、ヨンの肩を大きく叩く。
そのまま差し出された掌に音高く己の掌を合わせ、肩をぶつけ合い、ヨンは大きく笑んで頷いた。
ウンスはそんな二人の遣り取りを、笑顔のまま黙って見ている。

「元気だったか、今回はどうした」
共に村の中へと門を踏み越え進みつつ、此方を向く男に向かいヨンは答えた。
「鍛冶に頼みがあってな」
「そうだったか」

男は機嫌良く頷き返し、ヨンの体の挟んで向こうを歩くウンスへと問い掛ける。
「ウンス、鍛冶が作った針はどうだ」
ウンスはヨン越しに、男に大きく答えた。
「最高です!すごいわ。鍛冶さんは天才」
「そうだろう、そうだろう!!」
誇らしげに空へと大声で笑う男に向けて、ウンスは幾度も頷いた。

 

*****

 

「大護軍、ようこそ」
通された庵、穏やかな声で出迎える長に、チェ・ヨンは頷き返す。
「長、元気だったか」
「勿論です」
頷き卓の椅子を手で示す長の向かい、ヨンとウンスは腰を下ろした。

「大護軍のご活躍はこんな辺鄙にも届いております。紅巾族、双城総管府の戦勝、おめでとうございます」
「ああ」
「領主に報せを飛ばしております。明日にでもお会い下さい」
「セイル殿もお変わりないか」
「お元気でいらっしゃいます」
「何よりだ」
「鍛冶は今、鉄打ちの最中です。私も呼びに行けません。そんな事をしようものなら、溶けた鉄を頭から」

長は苦笑いしながら腕を上げ、頭上で掌を反して見せた。
「かけられます」
その長の言葉にヨンは顎で頷いた。
「待つ」
「庵にご案内します。終わり次第、鍛冶に伝えます」
「頼む」
頷くヨンに、長の深い目が当たる。
「大護軍」

眸で問いかけるヨンに、その目がゆっくりと笑んだ。
「・・・運命は、変わって参ります」
「そうか」
「ご心配されますな」
「ああ」
その二人の遣り取りを、ウンスは微笑みながら眺めていた。

「鍛冶さんに、会えるかな?」
通された庵の中、木卓の上に広げた医療道具を確かめながら、ウンスは横のヨンを見上げた。

あの折雨を眺めた窓外には、今は夏の陽射しと蝉声が溢れている。
その窓から開け放した庵の扉に向け、涼しい風が吹き抜けて行く。
庵の裏を流れる渓流の音がその風に乗り、小さな室内を満たす。

「鉄打ちの最中なので、終わり次第」
ヨンの声に頷いて、ウンスは道具の確認に戻る。
「イムジャ」
ヨンは懐に納めていた薄紙を取り出すと指先で広げつつ、手術道具を広げた木卓の隅へ乗せた。

あの時酔ったウンスが書いた指輪の絵の紙を卓の上で示し
「もう少し詳しい事を伺いたいのです。鍛冶に会う前に」
「うん」
「この、金剛石を飾る部分」

ヨンは紙の上、ぐるりの外輪の中の白い丸へ指を当てる。
「ここはどのように、金剛石を飾るのですか」
「うーんとね、外側のこのわっかに台座を作るの。爪って言えば分かりやすいかな?」

ウンスは言いながら自分の掌をヨンに向けて広げ、細い指の関節を曲げて見せた。
「こんな形にして、この爪でダイアモンドを支えるの」
見えない卵を掴むよう、指の関節を曲げた掌をヨンへ示してウンスは首を傾げて見せる。
「分かりにくい?」
「いえ、判ります」

チェ・ヨンはその小さな掌をしみじみ眺めて頷いた。
先の世とは凄いものだ。指輪一つにすらそこまで工夫を凝らすか。
これで鍛冶への話もしやすかろう。
何しろこの方の望む婚儀への最初の一歩だ。しくじるわけにはいかぬ。

「それにしても、いつ終わるか分からぬ」
ヨンは気分を変えるよう、目前に示されたウンスの手を握る。
「少し、村を散策しませんか」

庵を出で握った手を離さぬまま、ヨンはウンスに道を示す。
手を引かれたまま、楽し気に笑いながら、ウンスはヨンの横を弾むように歩く。

開京の市中では見られぬ程に、村の周囲を囲む木々は太くそして高く、その枝を悠々と天へ向かって伸ばしている。
そこに茂る葉も開京のものより色濃く、そして葉擦れの音も大きい。
その下を歩く二人へ降り注ぐ蝉時雨の声も、開京よりも高く響く。

まるで烈しいあの時の雨のようだとチェ・ヨンは思う。
二人離れていた頃を思い出し、言葉少なに思い出を交わし合った、あの夜の雨のように。
「あのね」

ヨンの大きな掌の中に自分の手を委ね、安心したように歩きながらウンスは首を竦めて笑った。
「はい」
「あなたと遠出して、一番嬉しいのは」
「・・・はい」

ウンスは鼻先を紅くして、横のヨンの瞳を見上げた。
「あなたが照れたり嫌がったりしないで、何も言わないで黙って手をつないでくれる事」
「・・・はい」
「キスしてくれたら、もっと嬉しいかも」
「き、す」

天界語に首を傾げるヨンを、何も言わずにウンスは見上げる。
いつもであれば天界語を繰り返す己に必ず説明を加えるウンスが、何も言わずに見上げたままなのが気に掛かる。

「きす、とは」
「分かるでしょ?」

判る筈がないだろう。
ヨンは己を見上げたままのウンスの、木漏れ陽のせいでいつもよりも薄い胡桃色に変わった瞳を覗き込む。

こうして向かい合い見詰めたままでは、歩むことも出来ぬ。
この暑さの中、せめて涼を取りに川辺へ連れて行って差し上げたい。
それなのにこうして難題を投げ、俺の足を縫い止める。
ようやく大人しく、言う事を聞いて下さるかと思えば。
完敗だと少し悔し気な呟きを、聞いたばかりだというのに。

「イムジャ」
「分かるくせに」

己の焦れる声に返る悪戯な目、からかうような声。
判る筈がないだろう。

判る筈がないのに、己の手は何故、この方の小さな白い頬に当たる。
判る筈がないのに、己のもう片方の手は何故、その細い顎に掛かる。

判る筈などないのに、何故俺の唇は、熱を求めて柔らかい唇を探す。
判らぬ。判らぬ筈が、何故この唇は、そこに深く重なっていくのだ。

判らぬのに何故か柔らかい唇が、重なったままこう動いた気がする。

正解よ。

 

 

 

 

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6 件のコメント

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    アメンバー承認ありがとうございます。
    さらんさんのお話が読めてとても嬉しいです。
    今からドキドキワクワクです(^-^)
    ありがとうございます。

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    アメンバ承認、ありがとうございました!\(^o^)/
    もちろん、信義のミノssiが一番好きですが、花男も他のドラマも大好きですので、これからまた最初から拝読させと頂きます!
    あまりプレッシャーを感じさせてしまうのは、申し訳ありませんが、楽しみにしてますので、今後も執筆頑張ってくださいね♪

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    ウンスには 敵いません。
    もう どんなに ヨンが我慢してても
    そんなことは お構いなし
    ウンスペース!
    あらららら もう ヨン大丈夫かな~
    (〃∇〃)
    でも… 二人っきり
    ウンスも しあわせでしょう♥

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    さらんさん、真夏日にぴったりの熱々な二人を見せて頂き、ありがとうございます❤︎
    思い出の地を訪れ、しばし日常を忘れて、新たな思い出を作る二人…♪(´ε` )、覗き見しているこちらも、心があたたかくなります。
    キスも口づけも接吻も、呼び方は違えども、愛する二人の間にあるべきものは、自然にあるわけですね。
    ああ、ステキな婚前旅行…❤︎
    さらんさん、アメンバー登録作業、お疲れ様です。
    暑いので、くれぐれもご自愛下さいね。

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    さらんさん、承認ありがとうございます!
    最後のチャンスに申請できてとてもうれしいです
    アメ限記事含め、今までの記事も再度読み返ししたいと思います
    またまたヨン&ウンスの世界に浸らせていただきまーす

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