比翼連理 | 35

 

 

「大護軍!!」
昼の大護軍を探すなら川原。
この数日で村人に知れ渡った則に従い、敢えて誰も寄らぬように遠ざかっている山道を大斧を軽々と担いで駆け下り、川原の入口で男は肩の斧を振り上げた。
既に気配を感じていたか、ウンスの小さな姿を背に回したチェ・ヨンが、男の声に手を上げて遠くから応える。

「どうした」
川音を縫い届くヨンの声に、男は声を張り上げる。
「鍛冶が呼んでるぜ、出来たらしい!早く来いよ!」
「おう」

大きなヨンの影から小さなウンスの嬉しそうな叫び声がする。
全く、仲の良いこった。結局膠で張り付けたみたいに戻りやがった。
男は笑うと最後に斧を上げ、今来た山道を駆け戻る。

 

「早く早く!」

山道を弾むように、息を切らせながら己の手を引く小さな手。
薄明るい木漏れ日の山道を駆け上がろうとするウンスを宥めるように、チェ・ヨンは敢えてゆったりと歩く。
「どうしてそんなに余裕なの?早く行こうってば!」
ヨンの変わらぬ歩調に、ウンスはその大きな手を引く。

先般のウンスの庵での、怠そうな様子が気に掛かる。
汗が出れば体が冷える。
川遊びで冷え、走って熱くなり、其処でまた汗で冷えれば夏負けしよう。
この細い体では一発だ。

「もーう、先に行っちゃうわよ?」
「二人の指輪でしょう。お一人で行くのですか」
ヨンの平然とした答にぐっと詰まり、ウンスは唇を噛んだ。
一歩ずつ、一歩ずつ。汗をかかぬよう、冷えぬよう。
横のウンスの小さな体が山道の温度に慣れるよう、風に慣れるよう、ヨンはゆったり歩き続けた。

 

*****

 

「できましただよ」

工房の二階、鍛冶は階を上がった二人の顔を見ると頷いて、卓上に並べた箱を指した。
「まずは医仙の道具ですだ。針は先日の型を使いましただよ」
大きな箱の蓋を開け、女鍛冶は並べた治療道具を見せる。
「どうですかよ」

相変わらずすごいわ。最初に見るのがメスって言うのも、あれだけど。
鍛冶さんの作ってくれた針やメス、メッツェンや筋鉤に、私は深く頷く。
原型があっての事だけど、それでもこんな風に作れるなんて。
並んだ道具を一つずつ指先で持って、肌に当てて、指先で確かめる。
刃先の鋭さも、心配してた重さも十分クリアしてる。

考えたらものすごい贅沢よね。ハンドメイドの手術道具なんて。
これから先、微調整も利く。私の癖に合わせてもらうことも出来る。
「ほんとに、いつも思います」
私の声に、鍛冶さんが首を傾げる。
「鍛冶さん、天才だって。完璧。私、ハン・・・手作りの、自分専用の手術道具なんて、今まで持った事ないです」
その声に鍛冶さんが頷く。
「いつでも言うですだよ、こうしろああしろと、言われるほどこっちは面白いですだから」

私が最後の筋鉤を確かめて箱に戻すと鍛冶さんは笑って、横の小さい箱を指さした。
「さて、お待ちかねの奴ですだよ」
その声に私はあなたを見上げる。あなたは頷いて、大好きな目でじいっと私を見て、
「開けて下さい」
大好きなその声で、短く私に言った。

緊張しながら、私はその赤く塗られた小さな箱に手を伸ばした。
左手で押さえて、右手で蓋の金の掛け金を外す。

中に張られた、柔らかそうな革。
そこに置かれた、金の小さい輪。
その横の、一回り大きな輪、そして鎖。

鍛冶さんの工房の、熱を逃がすための壁一面の窓から入って来る
夏の光にきらきら光ってる、2つのリングに嵌ったダイアモンド。

私がお願いした通り、ちゃんと埋め込み式にしてくれてる。
ダイアがころんとしてる分、地金が少し厚くなっちゃったけどいいわ。
石がどっかに引っ掛かって落としたりするよりずっといい。

「どっちのリ・・・指輪にも、金剛石を嵌めてくれたんですね」
「ああ。金剛石同士は、磨けると医仙が言っとったでしょう」
「あ、はい」
「取り付ける時まで、工房のもんらに交代で、寝ずに磨かせましただよ」
「そんな事までしてくれたんですか」
「あの美人に嵌めさせるって言ったら」

頷いた鍛冶さんは、ふざけるみたいに言った。
「仕事ん時より、よっぽど懸命に擦り合わせてましただよ」
「・・・どいつだ」
途端に険しくなったあなたの声に、鍛冶さんが吹き出す。
「鬼剣でやられちゃ堪りませんから、内緒ですだよ」
「男衆全員か」
「全員斬ったら、例の弓と鎧はどうしますだよ」
「そんな事はせん」

むくれたみたいに目を逸らして、そのまま階段の方を睨んだあなた。
「二度と近づけぬだけだ」
「短気ですだなあ」
鍛冶さんは呆れたみたいに笑うと、ゆっくり言った。

「大切な大護軍の、大切な嫁御だからこそ、最高のもんを」
そう言って自分の言葉に何度も頷いて、鍛冶さんは指輪を指した。
「皆、そう言ってましただよ」
それを聞きながらあなたは箱の中の指輪を、大きな右手の指でそおっと摘まみ上げた。
「確かに、最高だ」

そしてそれを静かに箱に戻して、鍛冶さんに頷いた。
「今、着けないんですだかよ」
鍛冶さんの不思議そうな声に、首を振るあなた。
せっかく作ってもらったのに、気に入らないのかと思われるでしょ。

私は吹き出すのをこらえながら、鍛冶さんに伝える。
「照れてるんですよ」
「イムジャ」
「恥ずかしいから2人の時にこっそりつける気なんです、きっと」
「お静かに」
「何よ。ほんとの事でしょ?作ってもらったのよ、気に入ってるのに鍛冶さんに失礼じゃない!
いいじゃないのこのく」

大声を上げる私の口を片手でふさいで黙らせて、あなたは机の上の箱を重ねて逆の手に持って、鍛冶さんに頭を下げた。
そしてようやく黙った私の口から手を離して、そのまま私の片手をあなたの大きな手が握る。
「心より、礼を」
「何よりですだよ」
「代金を言ってくれ」
「寝言は寝て言うですだ」
「鍛冶、良いか」
あなたは少し厳しい目をして、鍛冶さんをじっと見た。
「己の腕に誇りを持つなら金を取れ。取らねばその天下無双の鍛冶の腕まで軽く見られる」
「聞き捨てならんですだな、大護軍」

鍛冶さんはその目に負ける事もなく、あなたへずいっと一歩寄って、その鼻先に立てた指をぐっと近づける。
「取るべき客からこの腕の分、存分に搾り取ってますだよ。鉄釜も持たねえ貧乏大護軍から頂く程、困っとらんですだ」
「俺はな!」
「使いどころも判らん金剛石の、使い方を教わった。だから御礼に、医仙に道具を作った。
大護軍の出る幕じゃないですだ。すっこんどれば良いですだよ」
「すっこ・・・」
あなたが鍛冶さんの言葉に目を丸くする。

「そのかわり」
鍛冶さんはにこっと笑って、私とあなたを見詰めた。
「この村に何かあれば、頼みますだよ」
「鍛冶」
「自分みたいな者がとんかんとんかんやっとると、でっかい戦んときは、まぁず村に迷惑かけますだよ」
鍛冶さんは諦めたみたいに、少し寂しそうに笑ってふうっと息を吐いた。
「・・・鍛冶」
「良い鎧や強い刀は誰だって欲しいですからな。奪って己のもんに、してやりたくなりますわな。
敵だけ持ってりゃ、技を知るもんを殺したくもなりますわな」
「・・・案ずるな」

あなたは小さく頷いた。
「セイル殿がいる。奴らもな。そして無論」
少し首を傾げて、あなたはゆっくりと言う。
「俺がいる」
「私だっていますよ?忘れないでね、鍛冶さん?」

私は慌ててあなたに片腕を取られたまんま、逆の手でどんと自分の胸を叩いて見せた。
「天才の鍛冶さんに作ってもらった道具で、天界の医官が腕を振るうんですから。
どーんと、大船に乗ったつもりで!」
「こりゃあ、頼もしいですだな」
「はい!任せて下さい!!」

私たちの大笑いは、鍛冶屋の下のガンガン鉄を打つ音より、ずっと響いた。

 

 

 

 

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