比翼連理 | 23

 

 

「大護軍」

立ち上がったチェ・ヨンを玉座から座って見上げ、卓の上に指を組んだままで王が静かに尋ねた。
「教えてほしい」
「は」
「医仙は、新たな天のお告げを気に病んでおられるのか」

その真っ直ぐな目、真っ直ぐな問いに、チェ・ヨンは王の眼を見た。
「・・・王様」
否とも応とも、答えられぬ。
チェ・ヨンは逡巡し、其処から眸を逸らさぬだけで精一杯だ。
どうお答えすれば良い。あの李 成桂が長じてこの先の俺を殺す。
そして新しい国を興すというなら、これ以上の預言はない。
それが遥か先だとしても、この国の根幹を揺るがす事は確実だ。

しかし、あの方から聞いたことはない。
その時王様は、そして王妃媽媽はどうなっておられるのか。
俺よりも十近くお若いお二人の事だ、お元気でおられるのならその運命が大きく変わるのは明らかだろう。

しかしあの方は何もおっしゃっていなかった。
俺のものだけだ、あの口から悲鳴のように漏れた名は。
それではソンゲは王様を手に掛ける事だけはせぬという事か。

それとも。

思い至った考えたくない最悪の結末に肚裡が凍る。
己の最期の時には、既に王様も王妃媽媽も居られぬという事か。

王は玉座に腰かけ黙ってチェ・ヨンを見つめ、返答を待っている。

こんな気分か。先をただ一人知り、それを隠すとは。
あの方は俺の為、常にこんな思いを抱いているのか。

目の前が昏くなる思いでチェ・ヨンは似合わぬ笑みを浮かべて見せる。
「いえ。婚儀の件で、気が塞いでおったようです」

嘘ではない。ただ核心に触れぬように言葉を選ぶ。
お伝えしても詮無い事を思い悩むより、己の手で運命を切り開く。
刀を振るい、正面よりぶつかり、うまくいけば善し。
うまくいかずとも、傷つくのが己だけで済むように。

己の為ではない。己の大切な方々のために、胸が痛い。
まるで刺されるよう抉られるよう、身肉の疼きを伴って。

息が切れぬように気を整え、顰めた眉を僅かに俯いて隠し、心で誓うしかない。変えてみせると。
どんな運命も、己の唯一選んだ王を、己の唯一愛する方を傷つける事だけは、決して赦さぬと。

イムジャ。 あなたはこんな気持ちだったのか。
俺は知らなかった。何も判っていなかった。
愛していると叫びながら、愚かな程に何も判ってやれなかった。

「お許しを頂ければ、典医寺の日程を調整し、明日にでも出立を」
話の流れを断ち切るように、チェ・ヨンは低く呟いた。
王は先程のチェ・ヨンの言い訳に納得したか、重ねて尋ねる事なく笑んで頷いた。
「そうせよ。鍛冶に、寡人よりも宜しく伝えてくれ」

その穏やかな声にチェ・ヨンは頷き、静かに康安殿の扉を抜けた。
王は黙ったままで、チェ・ヨンの背を見送った。

その背を静かに眺める王が浮かべていた筈の笑顔は、拭ったように消えていた。

 

******

 

診察棟への途を数日辿らぬだけで、これ程に草木が伸びるのか。

驚きながら夏の日差しの下で典医寺の門をくぐり、庭の花々の彩に眸を瞠る。

儚く薄赤い聴色、黄味がかった赤香色、陽射しの下で目を射る紅緋、
夜明けの床でこの腕の中に眠る、あの方の頬のような珊瑚色。
凛と立つ藤納戸、触れれば指先まで染まりそうな茄子紺、
月を映すあの方の瞳の、睫毛が頬に落とす影のような丁子色。
浮かび上がるような月白、控えめに佇むような風情の桑色、
陽に溶けそうな白縹、夏の明け空を映した込んだような紅碧。

そしてその彩の洪水の中、何よりも眸を惹き寄せる白い頬、 紅い唇、亜麻色の髪、鳶色の瞳。
笑いながら手に大きな竹編の籠を持ち、横のトギと共に楽し気にしきりに話す、俺のあの方。
「・・・イムジャ」

思わず動いたこの唇のどんな囁きすらも逃さずに、ふと瞳を上げ何かを探すように、白い陽射しの中を漂う視線。
そして此処に立つ俺を認め、優しく笑み崩れる三日月の目許。
竹籠を其処に置き、真直ぐ駆けてくる小さな体。

判っているから腕は抱き留めるために広がり、心が先に走りだす。
此処にいると、心が己の足を動かす。

走った勢いのまま胸に飛び込む小さな体を、鎧が傷つけぬように寸前で僅かだけ、己の背が丸くなる。
その胸と腕で受け止めたこの方の、大きな目が俺を見上げる。

また逢えた。こうして逢えたといつでも想う。
朝、目が合うたびに。昼、典医寺を訪れるたびに。夕、帰宅のたびに。
夕餉の卓に差し向かうたびに。晩の縁側での夕涼みのたびに。
眠っている間に消えたらと思うと、夢の中ですら心は揺れる。
あなたの閉じた瞳が開いた時、何時でも最初に映る者でいたい。
そんな欲を張るから、あなたを知ってからの俺の眠りは浅いのだ。

この俺の眠りを奪ったのはあなただと幸せな気分で愚痴を吐く。
「どうしたの、まだこんなに早いのに。何かあったの?」
この倖せな愚痴など聞こえぬこの方は、そう言って首を傾げる。

ウンスの問いにチェ・ヨンは首を振り、静かに告げる。
「巴巽村への旅を、王様にお許し頂きました。
イムジャの体が空き次第、出立しましょう」

急なチェ・ヨンのその提案に、ウンスの目が一層丸くなる。
「もう行ってもいいの?」
もうも何も、一刻も早く着かねばならん。チェ・ヨンは大きく頷いた。

武器防具の件がある。自ら鍛冶と確約を結びたい。
しかし何より己を焦らせるのは、どう頼んで良いかすら判らぬ金剛石の指輪の件だ。
それでも此度、必ず作ってもらうよう、あの鍛冶に頭を下げねばならぬ。
あの鍛冶が作れぬなら高麗広しとはいえ、他の鍛冶が作れるとは思えぬ。

「一刻も早く」
珍しく焦りの滲むチェ・ヨンの声に、ウンスはくすくすと笑う。
笑うウンスに機嫌を損ねたヨンの耳先が赤らんだ。
そんなヨンの腕の中で、ウンスの手が頬に当たる。

頬を撫で、目を覗き込み、頸に、手首に細い指を当て、最後に頷くと
「ちょっと脈が速いわね?」
誰のせいだと思っている。
からかうような悪戯な声に、ヨンは咽喉を反らし顎を上げる。
上げた途端の眩しい陽射しに眸を眇め、その夏空へ大きく息を吐いた。

 

 

 

 

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5 件のコメント

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    さらんさん、こんばんは♪
    お忙しい中、アメンバー承認していただき、ありがとうございました。今日、早速読ませてもらいました。
    キュンキュン、ドキドキ、切なかったり、さらんワールド最高ですっ!
    比翼連理も毎日楽しみにしています。お互いを想い合う二人がとても素敵です。ちょっと焦れったくもあり、でも、それがヨンとウンスなんですよね……。
    これからますます暑い日が続くので、体調に気を付けて、また素敵なお話を よろしくお願いします。

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    さらんさま。
    アメンバー申請受理ありがとうございます
    少しずつ過去のアメンバー限定のお話を読み進めています。やはり、さらんさまのお話は泣きそうになるくらい、きゅんきゅんします。今まで読んだお話も新たに読み直したりしています。幸せな時間を下さってありがとうございます。これからもたのしみにしています。

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    ウンスの思いを少しかもしれないけど
    味わって ウンスの辛さを知りましたね~
    それでも 頑張る ウンスを
    やっぱり ヨンは手放せないし
    守らなくてはって 思うのね~
    う~ん 何度目の婚前旅行カナ?
    うふふ 2人きりね ♥

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    とっても甘いお話、嬉しいやら照れるやら。
    気になるのが、王様。笑みが消えていたとはわかってしまったのか、婚儀にでたかったのかなんでしょう。
    気になります。
    続き、楽しみにしています!

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    朝早くから、すみません(^_^;)
    早速の承認ありがとうございます(*^^*)
    とってもとっても、嬉しいです♪
    ドキドキするような、せつない、心暖まるお話等々、楽しみにしています。

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