比翼連理 | 24

 

 

夏の典医寺の庭、咲き誇る花々と薬木の葉影を抜け、診察棟へと二人で歩く。
途中ふと足を止めたチェ・ヨンは、華奢な茎を立てたまま群れ咲く薄撫子色の花へと何気なく手を伸ばす。

ヨンの横のウンスが気付き、大きな声で叫ぶ。
「ヨンア、駄目!!」
そう言ってヨンの大きな掌を、花弁の寸前で握って奪う。
「触った?触っちゃった?!」

そう言いながら己の指を確かめるウンスの慌てぶりに驚いたヨンは、ただ無言で首を振る。
「毒草なのよ。猛毒があるのは球根だけど。花を活けた水を間違えて飲んだだけで、子供だったら中毒になるの」

ヨンの奪った掌を己の着物の胸に当てて言い募るウンスの焦ったような声に、ヨンは勢いに呑まれて頷いた。
「申し訳ない、ただ美しく」
「綺麗な花には毒があるって言うじゃない!」
「・・・棘ではないですか」
「そんなのどっちでもいいのよ!!」

真剣な顔でそう言うウンスに、堪えろ、堪えろとチェ・ヨンは肚の内、己に言い聞かせる。
今吹き出せば、この方はきっと烈火の如く怒るであろう。

「触れておりません。次からは見知らぬ花に触れる前に伺います」
機嫌を取るよう、斜めからその顔を覗き込んだヨンが言うと、ようやくウンスの瞳が和んだ。
そして花弁の先から奪ったヨンの掌を離さぬままで、己の指を絡め合わせると、ウンスは診察棟へゆっくり歩き出す。

「イムジャ」
ヨンの声を聞こえぬ振りで、ウンスは診察棟へ向かう。
鼻歌まで何やら口ずさみ、大層に上機嫌なその小さな横顔に、ヨンは低く抗議の声を掛ける。

「イムジャ、手を」
「駄目」
「もう触れませぬ故」
「駄目」
「さすがにこれは」
「誰も見てない」

手を繋ぎたくなろうか。何処にも行かせぬと。
確かめたくなるのだろうか。此処に居る事を。

同じ立場なら、俺も必ずそうするだろう。この方の先を知っているのなら。
どれほど大丈夫と言おうと、此処に居ると誓おうと、それでも不安で、何処にも行かせたくないだろう。

俺がしたのはそういう事だ。ただ信じろと押し付けただけだ。
あの時俺はそうしたはずだ。
徳興君の毒にやられたこの方が、熱が出れば終いと知った時。

熱が上がるのがただ恐ろしく、触れるたびに神経が指に集まった。
剥き出しの神経でこの方の細い指を握り、今日も出ておらぬと、明日は判らぬと、灼けつくような思いで確かめた。

あの庭でこの方の熱を知った時。俺は人目も憚らず、この方の指を握った。
典医寺の木の影ではない、目と鼻の先、王様と王妃媽媽が、そして守りの迂達赤の奴らが囲む、衆人環視の人前で。

王様に御声を掛けられるまで、考えもしなかった。
一人だけ先を知ることが、どれ程恐ろしいかなど。
圧倒的な淋しさだ。愛する者、信じる者、護りたい者の先を知るのは。

少なからず、皆が思っていた。先を知るのは良い事だと。
だからこそ、皆がこの方を手に入れようとした。
ある者は手に入れて利用し、ある者は手に入れて弑そうとした。

先を知っているからこそ、出来る事があるだろう。
ただ知らないからこそ、捨て身で出来る事もある。

あの時言った。この方が俺の為に徳興君との婚儀を決めた時。
この方が、俺を護ろうとした時に。

あの天の手紙の事などどうでも良いと。
俺の先を知るためだけならば、そんな事はするなと。
そしてこの方は答えた。守れるなら何でもすると。
己が逆の立場ならば、同じことをするだろうと。
ただ見殺しにする事など出来ないと。

俺は先を知りたくはない。今も変わらぬ。ただ刀を振るい、正面から挑むだけだ。
その正面突破で護りきれれば最善。護れなくとも、傷つくのが己だけならば善し。

先は変えられる。
この方が幾度も俺の許に戻って来て下さったのが何よりの証。

こうして毒草から護って下さる。
体面を重んじる男の手を握り、平然と歩く。
それに微笑み、黙り従う、己のこの姿が何よりの証。

一つ一つの思い出が、重ねた時の流れが、そこで選んできた道が。
まるで張り巡らされた運命の糸を辿るよう、一つの答を導き出す。

過ぎた時間は変えられぬ。どれ程に渇し希おうとも。
流させた涙も、傷つけた痛みも、遠回りした時間も。
二度と詫び、この手で癒し、巻き戻せることはない。

先は、変えられる。俺が、変えてやる。

闘い方すら判らぬ。
まるで腹を空かせた虎の前に裸で飛び出すようなものだ。
余りに巨きく余りに強く、どう攻めるか考えすらつかぬ。
それでも頭を上げ、周りを見、その肚裡を読み、どうにか道を探す。

唯一選んだ王、唯一愛するこの方を傷つける事だけは、高麗武者である我が名に懸け決して赦すことはない。

比翼の鳥、連理の枝の為に。俺が必ず、変えてやる。

 

 

 

 

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1 個のコメント

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    さらんさん、今朝も素敵なお話をありがとうございます。
    婚儀を前にしても、ウンスへ敬語が崩れないヨンに、ときめきが止まりません。
    願わくば、婚儀後もある程度の敬語使いを続けて頂ければ、もどかしさと共にむしろドキドキしちゃうと思います。
    さらんさん、私も予想はしていましたが、すごい数のアメンバー数ですね!
    さらんさんのお話を拝読する程に、当然といえば当然なのですが、承認作業も本当にお疲れ様です。
    そして、ありがとうございます。
    心からお礼申し上げます。
    仕事が、メチャ速いさらんさんだとは存じていますが、こまめに水分補給とゴロゴロ休みをお入れ下さいね(T ^ T)

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