比翼連理 | 34

 

 

ばん!!

派手な音を立て卓上に置かれたチェ・ヨンの左掌に、横のウンスと卓向かいの鍛冶が驚いた目を当てた。
「・・・何の真似ですかよ、大護軍」
「計ってくれ、薬指を」
「ちょ、ちょっとヨンア、もういいから」
「但し」

チェ・ヨンは横のウンスを見、次に目の前の鍛冶を見て言った。

「鎖を共に、作って欲しい」
「鎖、ですだか」
「指輪を、首に下げる為に使いたい」
「指輪を首、に、ですかよ」
「ああそうだ。戦場にいる間、身に着けるとすれば其処しかない。
皮や紐で万一切れては困る。精々頑丈な鎖を作ってくれ」

チェ・ヨンは不得要領な鍛冶の顔に頷いた。
己の心の臓に繋がる指輪、それを戦場では首に掛ける。絶対に敵に獲られる事のないこの首に。
温かい指が脈を確かめて下さるこの首に。
首から下げた指輪をこの心の臓の真上に置き、護る。
それしか考えられぬと、チェ・ヨンは今一度、肚裡で計じる。

チェ・ヨンの横、ウンスがチェ・ヨンの袖を引く。
「ヨンア、ペンダントトップにするって事?」
「ぺんだ、んと」

袖を引くウンスの指と明るく驚いた声に、チェ・ヨンは横を振り返る。
「あるのよ、先の世界に。確かに首にかけてる人いるわ。私の病院でもいた。
手術中は指輪できないから、失くさないようにネックレスに通して首にかけてる人!」

ウンスは何やら嬉し気にぺらぺらと天界語を並べ立てながら、卓のチェ・ヨンの左手を小さな両の手で握りしめた。
「ほんとに、無理してない?」
「おりません」
「ほんとにほんとに、いいの?」
「戦場に居らぬ時には指につける。それで良いですか」
「ありがとう!!」

女鍛冶は目前の二人の遣り取りに、息を吐いて苦く笑んだ。
思った通りだ。結局この女人は大護軍につけた。それも指輪と首輪の両方を。

「計れよ、俺の気の変わらぬうちに」
目の前の鍛冶に向かってチェ・ヨンの飛ばした声に、此度はウンスが早々と懐から縫合用の糸を取り出した。

そうして取り出した糸を鍛冶へと渡しながら、輝いた目で鍛冶を覗き込み
「鍛冶さん、チェ・・・鎖の、留め金の事なんですけど!」
嬉々として叫ぶウンスに、鍛冶の丸い目が当たる。
「カニカンと、引き輪っていうのがあって。あと、鎖の作り方で」

卓上の紙を引き寄せ筆を握り熱心に話し始めたウンスに、ヨンは首を振り、左手を女鍛冶に預け天上を仰いだ。
頼むから、この指を計り終えてからに。
そんな事とは露知らず、鍛冶に向けてウンスの声は止めどなく溢れ出る。

 

*****

 

「大護軍は、まだ御帰りではないのか」
「まだです。手裏房にも連絡はなくて」
迂達赤の兵舎でようやく捕まえたテマンの声に、チュンソクは頷く。
「しかしもう五日だろう。そろそろだろうが」
「毎日お屋敷に寄ってますが、コムもなにも」
「コム」

チュンソクの不審げな声に、テマンはこくんと頷いた。
「大護軍のお屋敷の、衛です」
「ああ、新しく来たという」
「は、はい」

テマンが嬉しそうに頷くところを見ると、良い者なのだろう。
万一にも怪しい気配あらば、この大護軍命の男が見逃すわけがない。
「ほんとに、熊みたいにでっかいです」
でっかい、と両手をぐるりと頭上まで掲げるテマンの仕草に、 チュンソクは噴出した。
「・・・それでコムなのか」

チュンソクの問い掛けに、テマンは首を捻る。
「知りません。大護軍がそう呼んでました。だから」
ああ。こいつに聞いた俺が愚かだったと、チュンソクは首を振る。
大護軍に右を向けと言われれば、首の骨が折れても右を向き続ける。
烏は白い、陽は西から上がると大護軍が言えば、迷いなく頷く男だ。

それにしても五日。
予想よりも長いと、チュンソクは首を捻る。
巴巽村まで、朝立てば宵には戻れる距離だ。
まして真夏に差し掛かろうとするこの時期、陽はいつよりも長い。
大護軍が医仙に無理強いをすることは在り得ずとも、帰路にそれ程手間取るとは思えん。
医仙を連れた大護軍に何か有りようもないが、少し長すぎはしないか。

「ところでテマナ」
「は、はい」
チュンソクの呼び声に、テマンは頷いてその顔を見る。
「お前は、このところずっとどこに行ってる」
「え、そそれは」
「それは」
「え、っと、す、手裏房の酒楼に」

手裏房の酒楼。思いもよらなかった答だ。
先の紅巾族との戦から戻り、双城総管府へ行く前から、度々兵舎を空けておるとは思ったが。

テマンは迂達赤の兵ではない、あくまで大護軍の私兵。
迂達赤にどれだけ馴染んでおっても、最優先すべきは大護軍の声だ。
しかし今やテマンでなくば熟せぬ役目が、迂達赤内に多い事は事実。
迂達赤全員が、こいつを末弟として構い、頼っているのも事実。
居場所だけは確りと知っておきたいとの一心で、チュンソクは訊く。

「大護軍の命か」
「大護軍の、ってわけじゃ」
「そうなのか」
「はい、俺が、勝手に」
「大護軍は御存知だよな」
「もちろんです!内緒になんか!」

むきになって声を張るテマンに、チュンソクは苦く笑んで首を振る。
「いや、お前に頼みたい迂達赤の役目も多いからな。居場所だけは常に、知っておきたいのだ」
「は、はい」
「手裏房の酒楼で、何をしてるんだ」
「息、を」
「・・・テマナ」
「ほ、ほんとに」
「分かった。分かった」

テマンがそう言えば、本当にそうなのだろう。
顔を僅かに赤くして 言い募るテマンに、チュンソクは頷いた。
「まずは大護軍に何かあるとは思えんが。
もしも万一手裏房か、さもなくばそのコムという留守衛から何か聞けば、すぐに教えてくれ」
「はい!」
チュンソクの声に、テマンは大きく頷いた。

 

*****

 

「大護軍よりの連絡は、頂いておりません」
「先は巴巽村と言っていた。あの村なら安心だが・・・」

チェ尚宮は明るい夏の庭先で腕を組み、ウンスの愛で育てる薬木の緑の葉を眺めた。
あの折コムが怪力で植えた柿の木も根付き、青葉を伸ばしている。
横のタウンが静かに頷く。
「お出掛の時も、特にご様子は変わられず」
「まあ、医仙を連れているあ奴は、心配はない」

思い当たる節があるか、タウンは目許を綻ばせた。
「本当に、お側で見るほどに鴛鴦のようです」
「鴛鴦どころではない。あれは比翼連理だ」
「・・・風流ですね、隊長」
「お前らもだ、タウナ」
「私は」
タウンは眉を顰め、首を振った。
「最初に、斬りかけております」
「・・・今でも考えるのか」

チェ尚宮の問い掛けにタウンは黙って頷いた。
「いくら押し込みの賊と勘違いしたとはいえ」
「仕方なかろう、夫君のあの大きさだ。押し入られた屋敷の前に偶然とはいえ、ぬうと立っておれば」
「言い訳にもなりません。兵としても、今は妻としても」
「良い事を教えてやる」
「は」
「医仙はな」

チェ尚宮は、そこで腕を組んだまま肩をゆすった。
「ヨンアを、刺したそうだぞ」
「え」
「天界に戻る医仙を、王命で寸前で止め、怒った医仙が鬼剣であ奴の腹を貫いたそうな」
「そうだったのですか」
「見てはおらんがな。斬りかけたお前など可愛いものだ」

チェ尚宮の声に、タウンは首を振った。
「では、大護軍はわざと刺されたのです」
「・・・」
「あの大護軍が天医とはいえ、素人に刺される訳はありません」
「・・・さて、どうだかな」

死に場所を求めておったと、チェ尚宮は往時を想う。
そうかもしれん。そうでないかもしれん。
そして刺したからこそ医仙は此処へ残り、あ奴と縁が出来たのかもしれん。
死に場所を求めて彷徨い続けたあ奴の、生きる理由になったのかもしれん。
答など誰にも判らぬ。ただ、今があるだけだ。
その今の積み重ねだけが、この先を作るのだ。

「兵ならば」
タウンの小さな囁きに、チェ尚宮が横へ眼を流す。
「誰かのために生きると思えねば、戦場を勝ち抜けません。己一人なら、最後に粘り負けます」
「お前も、骨の髄まで兵だな」
「・・・畏れ入ります」
「だから護ってやってくれ」
「命に代えましても」

離れから出て来たコムが庭先に立つチェ尚宮を見つけ、大きな体を折って深く礼をする。
そしてそのまま小さなタウンへあっという間に寄ると、心配げに体を曲げて、その顔を覗き込む。
無言で笑んで首を振るタウンに、安堵するように髭面の中の眼が綻びる。
改めて頭を下げ其処を去って門へ向かうコムを、タウンは見詰めていた。

私の、粘り。この世に残りたいと願う、ただひとつの理由。

「まあ良い。あ奴らが戻ったら、美味いものを食わせてやってくれ」
「腕に縒りをかけます」
「お前の腕前なら、心配はない」

そこでチェ尚宮はタウンへ向き直った。
「実は、王妃媽媽から直接お声を頂いて来た」
「王妃媽媽から」
「ああ」
チェ尚宮の顔に全く思い当たる節のないタウンは、首を傾げる。

「お前とコムを皇宮で雇うと。その上で正式に役職を与え、大護軍付として此処へ置くのはどうかと」
「隊長」
「給金が出る。立場も定まろう」
「縛られます」
「タウナ」
「隊長以外の方の下で、任に就きたくはありません」
「それは」

さすがのチェ尚宮をも口籠らせて、タウンは頭を下げる。
「隊長の甥御様ゆえ、そして誰よりこの国を思い愛される大護軍ゆえ。
私たちが出来る限り、恩返しをしたいのです。それだけです。
勝手な事を申し上げているのは承知です。どうかお許しください」
「お前が力を貸してくれれば、武閣氏も心強いが」
「隊長」

タウンは真っ直ぐにチェ尚宮を見て、ゆっくりと頷いた。
「兵でいようと民でいようと、隊長が必要として下さる時には、必ずお側に参ります。私も、コムも」

だからこそ、安定を与えたい母心は判ってもらえぬようだ。
全く、母とは心配ばかり。頑固な子らに気を揉むばかりだ。

「嫌と言われても離れませんから、お覚悟を」

ヨンもウンスもタウンまで、此方の白髪を増やす事ばかり言いおる。
にこりと笑うタウンに、チェ尚宮は息を吐いた。

 

 

 

 

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4 件のコメント

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    さらんさん、朝から素敵なお話を拝読させて頂き、幸せな気分です!
    ありがとうございます❤︎
    さすが、さらんさん!
    ヨンに指輪を…、それどころか首輪まで!
    しかも、その描写が素晴らしく、身震いするほどです(#^.^#)。
    私、昨日から出張で、ずっと会議室に缶詰め状態なのですが、さらんさんのお話を拝読させて頂きながら、頑張ります(´・_・`)

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    やった~ ウンスの寄り切り~!!
    うんうん そうね ウンスと一緒に
    過ごせるときぐらいは 指にしててあげて~
    指輪と首輪か… あははは
    うんうん もう ウンスにすっかりです。
    鍛冶さんの言うとおり。
    コム~ 熊でしたね あははは。
    ぽっぽも ヨンの顏 5日も見ないと 
    心配なのね ( ´艸`) 
    さすが 髭女房!

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    初めてコメントします。
    作文は苦手で恥ずかしいのでコメントできないでいました。
    でも、今日は心が折れて泣きそうだったから、
    ヨンとウンスの仲良しの話にスーと心のつかえが取れて楽になり、笑顔になりました。
    33話の二人の気持ちに強く心を捕まれ、
    34話でやっぱり絶対に優しいヨンと最後までちょっと困らせてしまうウンスの可愛らしさにホッと優しい気持ちになりました。
    ありがとう!ヨンとウンス、書き続けて下さいね。
    コメントは苦手ですが応援してます。

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    ペンダントにするんですね♪
    私も戦場ならそれが良いと思っていたけど、ヨンの言う様に、皮紐等では切れるかもと思っていたんです。
    でも鎖が出来るなら大丈夫ですね^^
    流石高麗一の鍛冶屋さんです!
    戦の無い時は身に着けてくれるみたいだし、ウンス良かったですね~
    この2人がすれば、薬指にペアリングが高麗で流行るかも!?
    とにかく素敵な指輪が出来そうで良かったです(o^-')b

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