紅蓮・勢 | 15

 

 

禁軍兵舎が落ち着かぬのは、どいつも同じか。
夜になっても鍛錬終わりの迂達赤たちは仮兵舎に戻らず、いつまでも鍛錬場やら外庭やらでうろついている。
その影が、兵舎の庭の篝火に揺れている。仮の私室の窓からその姿を眺め息を吐く。

その息に卓向うのチュンソクとアン・ジェが目を向けた。
「チュンソク」
「は」
「奴らをどうにかしろ。 暇なら体を鍛えるか休めるかしろとな」
「判りました」
チュンソクはそう言って椅子を立ち、
「すぐ戻ります」
頭を下げ俺に言うと足早に部屋を出て行った。

扉の閉まる音を背に、
「奴らの気持ちも判る」
アン・ジェがぼそりと言葉を落とす。
「正直言って俺とて落ち着かん。何しろそこらの城でなく、落とそうとしているのは双城総管府だからな」
「アン・ジェ」

奴に目を向け呼ぶと
「いや、分かってる。お前がいる。皆それが希望だ。チェ・ヨンが出れば、負ける筈はないと信じている」
「・・・そうか」

こうして背に負う。望むと望まざるとに関わらず。
「お前の姿を見て声を聴く。命を懸けてお前を護る。背負うお前はたまったものではないだろうが仕方ない。
運命だと思って、諦めるんだな」
「お前な」
「何だ」
「一つしかない命を俺に懸けさせるな。お前が止めろ。万一の時は俺を捨てて逃げろと必ず命を出せ」
「お前が言うなら、そうしよう」

アン・ジェが苦笑しながら頷き、ふと表情を改める。
「勝機はあるんだろうな」

チュンソクと同じことを聞く。上に立つ者は誰しも、下の者を無駄死にさせたくない。
必ず無事で全ての兵を還す。そう思えねば率いる事など、命を預かる事など出来ん。
「なければ出ん」
「そうだな」
「内通者とのやり取りが重要だ」
「例のイ・ジャチュンの息子か」
「ああ」

イ・ソンゲ。あの若い男と初めて共に戦に出る。
俺が百人を前に戦い勝つと言った、あの若く幼かった男。
敵が百人いたら逃げろと言った、それを覚えているだろうか。

あの折どれほど眺めても、遠い未来に俺を殺すようなそんな気配は微塵も感じなかった。
それでもあなたが言うならそうなのだろう。誰よりも先を知るあなたの言葉だからこそ。

だが明日ではない。今年でもなく次の春でもない。俺のあなたがこの腕の中を去った時。
そしてそんな日は、未来永劫訪れぬ。
心配するな、イムジャ。
この後、どんな奴と戦場に立ったとしても。
俺のあなたが横にいる限り、絶対に負けぬ。
誰であろうと俺の首級を取ることはできぬ。

絶対に。

 

******

 

「絶対に」

媽媽はいつも可愛らしいお声を厳しく抑えておっしゃった。
「なりませぬ」
面と向かって厳しいお声で言われて、その迫力に息を呑む。
「・・・媽媽」
「許すわけにはいきませぬ、医仙」

向かい合った大きな机、豪華な刺繍のされたシルクのテーブルクロスの上で、媽媽が固く拳を握る。
そして身を乗り出すように、こっちにお体を傾けた。

まさか媽媽にこんなに強く反対されるなんて思ってもみなかった。
「ま、媽媽。あの」
その大きな、澄んだ真っ直ぐな目を見て言ってみる。

「判ってほしいんです」
「医仙」
媽媽は私をじっと見て、少しお声を和らげる。
「医仙は賢いお方です。妾が誰よりも知っております。
けれど、医仙が出向こうとしておられるのは戦場です。
故に妾は、医仙を行かせる訳には参りませぬ」
「媽媽・・・」

判ってる、判ってるんです。でもだからこそ、あの人を1人にしたくないんです。
黙って安全な場所で、1人で待ってるなんて嫌なんです。護ってもらう半分でも、私も護りたいんです。
ああ、どう言ったら伝わるんだろう。

「媽媽、媽媽なら待てますか。安全な場所を用意されて、王様がお1人で矢面に立つ後ろで、黙って待てますか」
「医仙」
「私は待てないんです。今回待ってみて思いました。
みんなに護られて、あの人が手配した安全な場所で、1人だけのうのうと待ってるなんて嫌なんです」
「医仙、それが大護軍のお望みなのです。医仙の為に大護軍は、必ず戻っていらっしゃいます」
「判ってます」
媽媽の言葉に、私はにっこり笑う。

「あの人は、私が待ってる限りいつだって戻ってくる。でも、じゃあ私は?私はあの人に何ができますか?
大人しく待ってるだけですか?帰って来るまで?そんなの私らしくないです。
帰って来るんなら、一緒に戦場に行きます。必ず帰って来るなら毎日そこで、あの人の帰りを待ちたいんです」

私の言葉に、媽媽は大きな溜息をついた。
「医仙。皇宮でお戻りを待つのと、戦場で待つのでは意味が全く違います」
「皇宮で待っても、結局は誰かの手を煩わせます。迂達赤の誰か、禁軍の誰か、武閣氏の誰か。
戦場で待てば、私に割く人員は少なくて済みますよね?皇宮に残る兵は、王様と媽媽の警護に集中できますよね?
出兵すれば、どっちにしても従軍医が必要です。私がついて行けば、そこもクリ・・・あ、解決するんです。
どう考えても合理的だと思いませんか、その方が」
「それは男性の医官の役目です。医仙はされることでは」
「媽媽」

テーブルの上で、媽媽の握った拳を両手で包む。
その手をゆっくり揺らして、媽媽の目をじっと見る。

「媽媽も前に、奇轍の処にお出かけになったでしょ?王様にはご内密で」
いたずらな声で言うと、媽媽の頬がその指摘に少し赤らむ。
「王様が征東行省に行かれた時、大臣たちに進退を迫ったんですよね?王様をお守りするために」
「それとこれとは」
「愛しているから護りたい、無茶でも動かずにいられない。その気持ち、媽媽が一番分かって下さるって知ってます。
だからお願いしたいんです。背中を押して頂きたいんです。
媽媽に反対されたまま、悲しく、申し訳なく思いながら出掛けるのは、嫌なんです」
「医仙」
「媽媽、大丈夫です。あの人が皇宮にいる時は、必ず媽媽のお体のことには、私が全ての責任を持ちます。
私が留守の間は、キム先生がいます。媽媽のために、チェ尚宮の叔母様も、武閣氏の皆も。
もちろん誰よりも、王様が」
「今は妾の事ではありません、医仙」

媽媽が頭を振る。
「ただ心配なのです。天界は、戦のない世だと伺いました。誰も命を狙ったり、狙われたりなどないと。
その天界からいらした医仙が戦場に立つのが、心配で」
大きな目でじっとこちらを見ておっしゃる、本当にそうなんだと思う。媽媽は心配して下さってる。

「媽媽」
私がそう笑って首を傾げると、媽媽は少し俯いた。
「媽媽のお気持ち、よく分かります。嬉しいです。でも自分の力で、あの人に出来る事をしたいんです。
私には、医術しかないから。ううん、医術があるから。
これから先、きっと一緒に行けなくなる時もあります。媽媽がご懐妊されれば、何があっても絶対に傍にいます。
万一、王様や媽媽がご体調を崩されたら、必ず戻ります。
もしかしたら私だって、いつか妊娠するかもしれません。そうなれば、さすがに乳飲み子を連れて戦場は無理です。
でもそれまでは、いられる時は、一緒にいたいんです。私もあの人を護りたいんです。護られるだけじゃなく」
「医仙」

媽媽が諦めたように俯いたまま、大きく静かに息を吐いた。
「もうお決めになったのですね」
「はい!」
私が明るい声で大きく返事すると媽媽は苦笑いをして、お顔をようやく上げて下さった。

「判りました。王様には、妾よりお願いしてみます」
「ありがとうございます!」
「妾の天のお姉さまは、強情で困ります」
まだ少し恨めし気にそう言って私を見る媽媽に向かい
「妹君に似たんです」

笑ってお伝えするとそのお顔が、心からの笑顔に変わった。

 

 

 

 

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