紅蓮・勢 ｜ 1

【 紅蓮・勢】

北方最後の明け方。
兵舎の前庭に、そして門外に、並びきれぬほどの兵が溢れる。
兵たちの前、並んだ国境隊の長たちの一人一人に目を当てる。
どの顔もすでに見知ったものだ。一人一人と握手を交わし、その肩を叩き労を労う。

お前らの誰が欠けてもこの後の高麗は成り立たん。伝えるまでもない。奴らとて判っている。
ただ思う。決して死ぬな。一つしかないその命、無駄にするなと。

「大護軍」
呼んだ国境隊長に頷く。
「頼んだ」
「お任せください。命に代えても護ります」
その隊長の声に、それぞれの長が強く顎を引く。次にアン・ジェが、国境隊長と固く握手を交わす。
「護軍も、ご無事で」
「お主もな」

また会おうと言わぬ二人。
皇宮を守る禁軍と国境を守る国境隊が次に会う、それは再び国境が破られた折。
もしくは最悪、開京への進軍時。

起こって欲しくはない。
目の前の猛者二人どちらも同じ気持ちだろう。互いの心の裡でだけ知っていれば良い。

奴らに声を掛ける事なく、テマンが牽く愛馬に俺は跨る。
「鷹揚隊、騎乗！」
その声に禁軍鷹揚隊の二千が鞍馬にそれぞれ跨るのを見届け、残す五千の国境隊に向かい合う。
庭に整列し、此方を見つめるその目を出来る限り一つ、また一つ見詰める。

一つしかない命、無駄にするな。
お前らの一人一人が俺の部下だ。大切な、俺の部下だ。
「国境隊」
「はい！！」
「高麗国境は、お前らにかかっている」
「はい！！」
「護ってくれ」
「はい！！」

お前らを信じ、此処を任せ残す。次にこうして会えぬ奴もいるだろう。
冷たい躯に手を合わせ、心で詫び、話かけるしかないかもしれん。
それでも、お前らを一人も失うつもりはない。
たとえそれが果たせぬ夢だとしても。

一度だけ強く目を瞑り、そして開いて首を回し、騎乗を済ませ並んだ鷹揚隊の兵を確認する。

「鷹揚隊」
「はい！！」
「準備は良いか」
「はい！！」
一様に頷く奴らを見詰め、最後に肚から声を出す。
「出立！」

号令の声と共に、跨る愛馬の脇腹を踵で軽く蹴る。
そして愛馬を先頭に、兵の馬らがゆっくりと動き出す。

戦場の朋たちの目に残るよう、常歩で国境軍五千の前を行く。
明け方の北方兵舎。
明るさを増す空に、紅く染まる東の山の稜線が浮かび上がる。
その兵舎の前庭で顔を上げ、鎧を着けた背を伸ばす。
なるべく遠くからでもこの顔が、そして姿がその目に焼き付くように。

忘れるな、この姿、この声。この剣、この雷功。
高麗には俺が、チェ・ヨンがいる。お前らを守る。
だからお前らは何も心配せず、国境を守れ。

一人も欠ける事なく無事に、王様と、あの方のいるこの国を守れ。

押し寄せる歓喜と、別れを惜しみ上がる叫び声の中。
祈りのように幾度も小さく、そう胸内で呟きながら。

皆さまのぽちっとが励みです。
お楽しみ頂けたときは、押して頂けたら嬉しいです。

にほんブログ村
今日もクリックありがとうございます。


にほんブログ村