紅蓮・勢 | 29

 

 

「ソンゲ」
早朝の私室を突然訪れた父上に呼ばれ、驚いて席を立つ。
「父上」
「手筈はどうだ」
目の下にくっきりと大きく隈を作った父上はお疲れのように大きく息を吐き、卓前の椅子へと腰掛けられた。

「兵のうち、五百はこちらに付くようです」
「確かか」
「連名状を書かせましたので」
「それならば良い」
「チョ総管や他の千戸は、如何ですか」
「予想通りの猛反発だ」
「そうでしたか」
「双城と心中すれば良い。甥だ身内だと面倒も見切れぬ。言うべき事を言い道も教えた。来ぬのはあちらの勝手だ」
「判りました」

父上は立ち上がり、私をじっと見た。
「明日、酉の刻だ」
「兵の夕飯と酒に、薬を混ぜるよう手配済みです」
「そうか」
「五百の味方には、飲食するなと言ってあります」
「死ぬのか」
「いえ、そこまでの薬は手に入らず。眠り薬です」
「甘くはないか」
「しかし殺せば、残る者の中に反発心が生じます」
「それもそうだな、少なくとも明日酉の刻までは同胞だ」
「はい」
「片付けるならいつでもできる」
「はい」
「明日の酉の刻には大護軍が到着される。この私室の場所はすでに皇宮で大護軍でお伝えしてある。
直接誰かを送られるかもしれん。信頼できる者を配置しておけ」
「畏まりました。念のため城外にも配置致します」

その返答に頷いて部屋を出る父上の背を、頭を下げてお見送りする。
父上は最後に扉前で、私に振り返った。

「全力でお力になれ。李家の復興のために」
厳しい表情で、そう告げる父上に
「畏まりました」
改めて頭を下げてそうお伝えする。

扉横に控えていたウヨルが、父上のためその戸を開く。そこから無言のまま、父上は出て行った。

 

******

 

五千の兵で皇宮を出で、一路馬で駆け抜ける。
これほどの兵での移動としては、今は二日が限度か。
それ以上の日が経てば、進行にばらつきが生じる。
まだ足りない。まだまだ鍛えねばならん。
五万の兵でも乱れず、緩急自在に駆けられるよう。

次に来る紅巾族との衝突に、瞬時思いを馳せる。
どれほどの時間がかかる。間に合うのか。
各軍で鍛えさせるならば指導の力量に斑はないか。確認せねばならん。

この方がいらっしゃるか否か。
それによっても布陣を考え対応していかねばならん
万一この方を敵に取られては、俺の戦など何の意味もない。

この方の両脇、テマンとトクマンを外す訳にはいかん。
チュンソクには皇宮での王様の護りの役目がある。
毎回駆り出すわけにもいかぬ。チンドンやチョモらを集中的に鍛えるか。

鞍上で背を伸ばして振り返り、後方の進み具合を見る。
それ程隊列が伸びているようには見えん。
姿勢の変化に気づいたか。
横のこの方が鞍上で振り返る俺に目を合わせる。
その瞳の色、まだ走れるか。それとも限界か。

「行けますか」
蹄の音の中僅かに大きな声で問えば、小さな顔が無言で頷く。
馬もそれほどには疲れておらん。陽もそこまで高くはない。
あと一駆け。 この方の目に、俺は頷き返した。

 

*****

 

そこからの一刻半を駆け抜けて、川沿いで一旦休憩に入る。
テマンが手綱を取る馬の鞍から下りると、この方は額に薄らと汗を浮かべ、大きく息を吐いた。
「医仙、辛いですか」
そう問うテマンの声にこの方が首を振る。
テマンは頷き、そのまま馬を川へと曳いていく。

その小さな背に寄ると、俺を見上げて笑いながら
「馬に乗るのは久々だから、足引っ張りたくないな。大丈夫?私に合わせて遅れてない?」
そう言って、髪を揺らしながら小首を傾げる。
鞍からの下り方。そして馬から離れる歩調。
「イムジャ」
「ん?」
わざとこの方から数歩離れながら、
「こちらへ」
寄って来る歩き方を見てすぐに判る。

「テマナ!」
この方をそこへ留めて声を張る。
「はい大護軍」
声を聞きつけたテマンが、河原から一目散に駆けてくる。
「この方の馬の鞍前に毛皮を敷け。厚く柔らかいものを」
「はい!」

畜生。気付くのが遅かった。進み方も無茶だったか。
「いつから痛んでいたのですか」
問うた低い声に
「え?」
この方が瞳を丸く見開いた。

「鞍擦れでしょう」
そう小声で伝えると、この方が顔を紅くする。
男ならばすぐに判るが、女人の鞍擦れとなると厄介だ。
「トクマニ!」
その声に奴が慌てて駆け寄った。
「はい大護軍!」
「兵站に声をかけて、一番柔らかい布を持って来い」
「判りました!」

トクマンの駆けて行くのを確かめ
「イムジャ、少しだけ移動します」
この方は黙って頷いた。 しかしこれでは歩く度に痛むだろう。仕方がない。
「失礼」
身を屈めるとその膝に手を差し込み、横抱きに腕へと抱え上げる。

「ちょ!!ヨンア何して」
抱き上げたこの方が驚いたように腕の中で細い手足を振り回す。
「暴れず」

そのまま河原まで下り、河原の石にこの方を座らせる。
そして懐から手拭いを出し、川の流れに浸しきつく絞る。

座るこの方の下へ戻り、
「持って下さい。物陰で傷口を拭いて頂きます」
その手拭いを持たせもう一度腕に横抱きにし、河原を上がる。

野営ならば天幕を張るが、休憩ではそんな処もない。
「本当に申し訳ないが、叢で傷の手当を。俺が護りに立ちます」
「大丈夫なのに」
そう言い募る腕の中のこの方に向かい、黙って首を振る。
「無理をすれば後に響く。夜は天幕内で確りと手当が出来ます。
今は応急処置を」

努めて冷静にそう言いながら、気が変になりそうだ。
五千の男に囲まれこの方が叢で、足の付け根を手当など。
周囲を俺が護るとしても、それにしても。

また一つ覚えた。
この方はどれほど痛くとも絶対口にせぬことを。
今の行軍速度であればこの方の鞍には、必ず厚く毛織物を敷くことも。

 

 

 

 

皆さまのぽちっとが励みです。
お楽しみ頂けたときは、押して頂けたら嬉しいです。

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ
にほんブログ村
今日もクリックありがとうございます。

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ
にほんブログ村

6 件のコメント

  • SECRET: 0
    PASS:
    さらんさん、今宵も素敵なお話をありがとうございます。
    さすがヨンですね(#^.^#)
    少し遅かったとはいえ、ウンスのちょっとした体調の変化に気付くなんて。
    強がって、我慢しているウンスも可愛いです。
    ああ、この辺りのさらんさんの描写も、本当に見事で、惚れ惚れしちゃいます。
    さらんさん、明日もまた楽しみにしていますね。

  • SECRET: 0
    PASS:
    うわぁ~~痛そぅ~~
    ウンス、チェヨンのお荷物にならないようにって、その一心なのね。
    無償の愛って、痛いのですね(ToT)(ToT)

  • SECRET: 0
    PASS:
    「鞍ずれ」なんて痛そうですね(>_<)
    お尻なんかも皮が剥けたりするんですよね。
    軍医はウンスだけなのかな。
    1人じゃ大変だから他にいるとしても,女性はウンスだけ。
    これは結構大変かも。
    ヨンは気が気じゃないですね。
    夜は天幕で束の間の休息が出来ると良いけど,ヨンは忙しいだろうし,ウンスと一緒に過ごせるのかな。
    次話楽しみにしています♪

  • SECRET: 0
    PASS:
    >すんすんさん
    こんばんは❤超遅コメ返になり、申し訳ありませんでした…
    そうですね、軍医は複数人いる筈です(え、曖昧ですが)
    もちろん薬員さんも。
    でも、そもそも典医寺にも女性の医官はウンスだけなので、
    当然、軍医も女性はウンスだけですね…
    医女制度自体、完成したのは李氏朝鮮時代なので
    このころは、どうだったんだろうな・・・
    と、改めて設定見直ししてみます❤
    ヨンで頂き、ありがとうございました❤

  • SECRET: 0
    PASS:
    >kumiさん
    こんばんは❤超遅コメ返になり、申し訳ありませんでした…
    正に、無償の愛は…痛いのですよ…
    私は無償の愛じゃなく、友情ですが、友人の乗馬に付き合って
    思いっきり喰らったことがあります…鞍ずれ…
    無茶!素人が乗馬とか、無茶!と痛感しましたo(TωT )
    ヨンで頂き、ありがとうございました❤

  • SECRET: 0
    PASS:
    >muuさん
    こんばんは❤超遅コメ返になり、申し訳ありませんでした…
    我が家のヨンは、気配りは素晴らしいのですが…
    素振りの音で怪我に気づくとか(@或日、迂達赤)
    ただ、口下手なのが珠に瑕。もうちょいはっきり言えば?とw
    そんな隠れ気配りな感じですが、惚れ惚れして頂ければ嬉しいですw
    ヨンで頂き、ありがとうございました❤

  • コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です