紅蓮・勢 | 46

 

 

最後の一人の手首に緑の糸を巻き、
「う~~~ん終了!!みんなはどう?」
この方が立ち上がり、大きく伸びをしながら言った。
その声に周囲の迂達赤たちが駆けよる。

「水は飲ませ終わりました」
「いつでも飲ませられるよう、動ける者の横に水桶と柄杓を置いてあります」
「起こせる者は、皆起こしました」
頭を撫で褒めてでも欲しいのか。まるで犬ころのようにこの方にじゃれつきおって。

「こちらも終わりました」
人垣の向こうで鷹揚隊の隊医や薬員、それに加勢した鷹揚隊の隊員たちがそう言って腰を上げた。
「皆ご苦労。もう休め」
俺の声に、全員が
「はい!!」
「は!」
それぞれ口々に答えて、その顔に安堵の笑みが広がる。

「大護軍、お疲れ様でした」
チュンソクがごった返す兵の中を此方へ歩いて来る。
「お前もな」
「此度は戦にならずに済みましたから、敵の人助けに此処へ来たようなものです」
奴はそう言って、周囲を見渡し肩を竦めた。
その声に苦く笑って頷く。

「手伝うほど楽な戦だった」
「は」
「常にこうならな」
「ならば俺たちは不要です。食い扶持を失います」
話しながら庭の石垣の上に奴と並んで腰を下ろす。
その俺の横にこの方が、共にちょこりと腰掛けた。

空を見上げれば月は既に中空高くまで上がっている。
いつの間にか刻が経っていた。
「疲れたでしょう。お休みください」

眸を戻して横のこの方に言うと首を振り
「またあなたに手を貸してもらった。今回ついてきたのはやっぱり突然すぎた。
帰ったらキム先生にも相談して、医療チームを組むわ」
「ちーむ」
「えっとね、次から戦に同行する典医寺の薬員を、きちんと決めておくってこと。
あなたや他のみんなの仕事を増やさないように」
「判りました」

この二つ身の間に置いた掌の指先が、温かく細い指で握られる。
握られたままで煌煌と照る篝火の中に眸を投げる。
並ぶ兵の中、周囲を見回しつつ此方へ進む影を見つける。

目を眇めて見遣るとやがて顔が見える。
先程の軍議に参列していた、双城総管府の兵の一人だ。
その男も同時に俺を見つけたか、迷いなく此処へ進む。
石垣から腰を上げ、一歩この方の前へ出る。
気付いたチュンソクがこの方の横へ進んで守る。
「大護軍。御休みの処、申し訳ありません」

その男は俺の許まで来ると、そう言って頭を下げた。
「どうした」
「大護軍に、お礼をお伝えしたかったのです。
斬られても捨て置かれても当然の兵を、庇って下さり治療して下さった事を」
「・・・高麗の財産と言ったろう」
その男は、ゆっくりと頷いた。
「それでも、お伝えしたかったのです」
「判った」
顎で頷いても男は立ち去ろうとはしない。

「何だ」
重ねて問う声に、男は初めて真直ぐにこの眸を見た。
「兵たちはどうなりますか」
「さあな」
そう正直に答えると、男の表情が不安げに曇る。
「此方に刃を向けたわけではなく、ただ眠らされた。
それに関しては斟酌されるだろう。それ以上は判らん」

俺の方が問いたい。
今縛られ転がされている奴らには本当に高麗に対し、逆心が有るのか無いのか。
無いならば使い道もある。斬らずに済めば越したことはない。
「大護軍の下に、置いて頂くわけにはいきませんか」
男がようやく尋ねて頭を下げた。

「今の事情が、加えて治療の事が伝われば、兵たちの気持ちはより大きく強くなりましょう。
何れ元に戻れず高麗へ仕えるならば、大護軍にお仕えしたいのです」
「俺が決める事ではない」
これ以上の厄介は御免だ。そう思いながら首を振る。
そんな俺を斜め後ろで見つつ苦笑するチュソクの息遣いが伝わってくる。
肩越しに振り返り睨むと慌てて真面目くさった顔を作る、そんな処も気に喰わん。
第一お前の役目だろう、こうした面倒な折衝は。

「判りました」
目前の男は再び頭を下げた。
「今は考えず休め」
最後に伝えた声に頷くと踵を返し、男は立ち去った。
「大護軍」
チュンソクがこの方の横を離れ、俺を挟んだ石垣へ戻る。
「何だよ」
「・・・いえ」

ただそれだけ言って首を振る奴に顔を向け
「途中で止めるな、気味が悪い」
「何でもありません」
月に照らされたその横顔、チュンソクは目だけ俺を見ながら愉快そうに笑んだ。

「牢車の見張の順は決まったか」
「は」
「ならばもう休め、明日も早い」
そう伝えると奴は石垣から腰を上げ、此方へ頭を下げた。
「判りました。失礼します」
「おう」

チュンソクの鎧の背が兵の中へ紛れるのを眺めつつ、
「申し訳ないが、今宵は室内では寝んで頂けません。
敷物を用意するので、今宵は此処にて」
そう告げて地を指差すと、この方は笑いながら頷いた。
「わかった」
「テマナ」
俺の呼び声に
「はい、大護軍」
石垣の脇の樹上から声が返る。
「この方の馬に乗せてある毛敷物を持って来い」
「はい!」

その声と共に、樹上から気配が消える。
そうだ、奴にも話がある。
ヒドに何処まで教えられたか、奴の息が整っている。

先刻、塀を上ったあの折にはっきりした。
今までよりも早く、確実に上がって来た。
息を整え、力を加減しているはずだ。
そうでなくば軽功を開いた俺の横、あれ程早く上がって来られるわけがない。

馬鹿で不器用な兄と弟だと思ってはいたが、相手の兵まで頭を下げに来るとは思わなかった。
おまけに迂達赤は戦以外の突然の号令にも、文句ひとつ言わず黙って従いやがって。
全く、どいつもこいつも。

言えば良い、恩を売れば良い。ここまでしてやったのだと。
時間をかけ身を粉にして働いたと、俺に向かいふんぞり返り手柄を自慢すれば良い。
高麗の財産となった兵たちの面倒を見るのは当然だと、偉そうに構えていれば良い。
そうされれば此方も役目だけを淡々とこなせるものを。

言葉を呑んで月を見る。馬鹿どもの相手は、これだから疲れる。

 

 

 

 

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1 個のコメント

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    テホグン!
    チェヨン君の命令一下、慣れない事をさせられても、不満も出ない。
    慕われてますね!
    でも、分かります!捕虜の兵も高麗の財産。活かすことを考える。
    こんな大将なら、どこまでも付いて行きますよね。
    めんどくさいんでしょうね。チェヨン君としては。(^^)
    体調はいかがですか?
    無理ないように、でも、続きが読みたい。わがままな読者で、すみません。
    (๑• •๑)♡

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