紅蓮・勢 | 3

 

 

「王様」
「同時に双城総管府内に残る元の官僚に、即刻元へ戻れと通達を出す。抵抗すれば、戦になると」
「受け入れませぬ」
「であろうな」
「攻めますか」
「いったん紅巾族が退いた今が千載一遇の好機。元の国力は烏合の衆を止められぬほどに落ちている。そうは思わぬか」
「断交すれば即、徳興君が担ぎ出されます。王様に代わり傀儡の王として据える為。
あの謀反の折、元へ逃がされたのはその為でしょう。今も必ず元の何処かで飼われております」
「だからこそだ。国力が落ちたからこそ、切り札を握らせておく訳にはいかん。
今引き摺りださねば、まだ尻尾を出さずに隠れておろう。出てきたところでその鼠も捉えよ。大護軍には小者過ぎるか」

王様の御声に首を振る。
「窮鼠、猫を噛むとも」
「猫ならともかく、果たして虎相手でも噛むかのう」
王様はおっしゃると、御口端を歪めた。
「とくと見せてもらおう」

相談とおっしゃりながら、もう御心は決まっている。
俺は静かに体ごと王様へと向き直る。
「此度は狩りのお許しを頂けますか」
「許す」
「殺しますが、宜しいですか」
「大護軍、知っておろう。今、寡人には世継ぎがおらぬ。
高麗王室の存続には、 徳興君は必要な血筋。殺さず、生捕って連れて参れ」
「それでは繰り返しになります」
「それでも、殺さずに生け捕ってほしい。切り札として。こちらに戻れば殺すことはいつでも出来る。
征東行省で奇轍と企てた謀反の件で、既に名分がある」
「・・・王命ですか」
「そうだ」
太く息を吐き、俺は黙って頷いた。

まただ。また繰り返しだ。
うんざりする、飽き飽きだ。
相談とおっしゃりながら、もう御心は決まっている。

その思いを振り切るよう、顔を上げ話を続ける。
同じ場所に立ち止まり、突立っている暇はない。

「今のままでは双城総管府の扉は開きませぬ。完全に奪還するならば内通者が必要です」
「そうだな。適任者は誰だ」
「千戸長イ・ジャチュンに中央の官職を。千戸のままでは双城総管府にしがみつきましょう。
それ以上の餌を与え、その執着を解くのが先決です」
「よし。今の空席の小府尹で釣ろう」
「宜しいかと」
「早速佳き日を調べさせ、宣旨を下す」
「は」
「他には」
「密偵は手裏房より出ております。金子を賜りたく」
「分かった。たっぷりと弾もう」
「相手の出方次第では長丁場となります。最初から甘やかす必要はございません」

そう言って席を立ち、頭を下げて御前を辞そうとする刹那。
王様の再度の御声が掛かる。
「大護軍」
「は」
「大護軍は何も要らぬのか。大護軍自身に欲はないのか」
「ありませぬ」

即答すると、王様の苦笑は深くなる。
「医仙の事だけか」
「は」
「相変わらずだな」
「は」

再び頭を下げ室内で踵を返し、今度こそ静かに御前を辞す。

 

*****

 

康安殿の外、皇宮に面した回廊までを足早に一息で抜ける。
康安殿から離れた回廊の隅に足を止め、真直ぐに引き結んだ唇を緩め、隙間からようやく息をした。

明るい春の陽の中で、花々の咲き誇る皇庭を目前に、その景色が後悔という薄墨で染められる。
明るい陽が昏く翳り、鮮やかな彩の花々が色を失くす。

あれ以上王様に御声を頂けば叫び出したろう。
あの鼠、陋劣な毒使いを殺す許可をと。
固く目を瞑る。
言えば良かった。頭を下げ、懇願すれば良かった。
欲はないかと尋ねられ、あそこで叫べば良かった。

慾ならばある、俺は慾だらけだ。
あの男を殺させて欲しいと。
それが此度の雷功への報償だと。戦勝への褒美だと。
そして繰り返す、殺させろ、いや殺すなと。

飽き飽きするほど繰り返してきた。
そして最後に、王命だと言われれば終いだ。
王様への忠心に、またしこりを残したままで。

そうでなくともこれから先、王様からもあの方からも遠く離れて戦う日が増える。
横にいたとしても、毒から守ることは至難の業だ。
まして離れて、あの方を一体どのように護るのか。
王様の御力が絶対に必要だ。あの方を護るために。

目を開けばもう一度見える、華鮮やかに咲き誇る皇庭の庭の花々の、匂い立つようなその美しさ。
春の日差しは先ほどと同じく、長閑にこの頭上、皇庭の隅々にまで、眩しい色で降り注いでいる。

それでも。
たとえ此度は繰り返しとしても必ず。
殺すのは何時でも出来る、身柄を取り戻せば。
名分は既にある、征東行省での謀反の件が。
護符のような、その王様の言葉を信じるしかない。
今でなくとも必ず、この手で殺す。あの男だけは。
奇轍のような楽な死に目になど、絶対に遭わせん。

余りに殺伐とした言葉だけが、いくつも心を過る。
ましてや此度は、あの徳興君だけのことでは済まぬ。
王様が元との断交の勅旨発布を、そして双城総管府攻撃の決意を定められた以上、一気呵成に動き出す。

ウンス。
この世の誰よりも愛おしい名を胸に呼ぶ。
ウンス、ウンス、本当に済まぬ。

事がこれほど急転直下するとは予想だにしなかった。
出立前にあれほど約束したものを。

俺は唇を結び、回廊を足早に歩き始めた。
ようやく戻ってもまだ会いにすら行けぬ。片付けるべき厄介事は増えるばかりだ。

胸の中の募る苛立ちに、急き立てられるよう走りだす。

 

 

 

 

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6 件のコメント

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    会いたいよね…
    一番に会いに行きたいのに。
    ウンスにも ヨンの帰還は伝わってるはずよね
    でも、 待ってるのよね… 健気だわぁ~。
    はやく 人目でも会わせてあげたいね。24544

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    いつも楽しく拝見させて頂いていますm(__)m
    気の聞いたコメント出来なく読むばかりで…
    でも、あの鼠が話しに出てきて、やっとやっつける事が出来るのかとワクワクしてしまい、ついつい応援をしていることを伝えたくて、書き書きしちゃいました♪
    これからの話しも楽しみにしてます~(*^^*)

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    さらんさん、もやもやしたヨンの思いを切れ味鋭く、素敵な文章に現わして頂き、ありがとうございます。
    すぐにでも斬殺してしまいたい徳興君を、またしても生かしたまま捕えろと言う王…。
    それでもヨンは従うのですよね。
    王様とて、大事な王妃の命を狙われ、事実、宿った命を奪われているのですから、ヨンの深い傷も理解しているはずですから。
    ああ、辛く切ないお話です。
    でも、これがまたたまらないのです❤
    さらんさん、仕事に忙殺されていたら、とんでも無い時間に拝読することになりましたが、このひとときが至極なのです。
    ありがとうございます❤

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    >muuさん
    こんばんは❤超遅コメ返になり、申し訳ありません…
    この【勢】は、ここでした。今だから言えますが、この「徳興君どうするか」
    殺したい、生かしたい、さあどうする、というのが
    お話の柱の一本。
    そして命を扱うものが許せない命にどう向き合う、が一本。
    そして最後の一本が、司令官とは、人を動かすとは何ぞや。
    王様→ヨン、ヨン→部下、ソンゲ→部下、
    こんな書いてたら、そりゃ終わりません・・・(;´▽`A“
    ぱぼやー!

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    >ヒデミさん
    こんばんは❤超遅コメ返になり、申し訳ありません…
    超長編の末、ようやくあの形です。
    これから暫し、皇宮の片隅で飼い殺す所存(爆
    ヨンで頂き、ありがとうございました❤

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    >くるくるしなもんさん
    こんばんは❤超遅コメ返になり、申し訳ありません…
    待ってたというよりは、きっと仕事が忙しかったかとw
    逢えた途端、泣いてはいましたが(〃∇〃)
    ヨンで頂き、ありがとうございました❤

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